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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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医者の見送りが終わり、戻って来た彼の母から夕食を誘われた私は、準備が出来るまで虫の観察をする事にした。


虫をひっくり返しながら見ていると、さっき彼に言われた言葉が引っ掛かる。


「・・・やっぱり私は、虫を弄んでいるのでしょうか?」


すると、彼は首を振った。


「・・・いいや。

さっきは、君が酷いと言うから、売り言葉に買い言葉となってしまった。

本当は、そんな事を思ってはいない。

大人気(おとなげ)なかったな」


そう言って、私の考察日記に目を落とした。


「いえ、こちらこそ言い過ぎました」


私は虫を虫籠へと戻す。


互いにその後の会話が続かない事に、何となく居心地の悪さを感じた。


(あっ。そうだ)


「来月の舞踏会の仮縫いの件ですが、今からって可能なんでしょうか?」


「・・・そうだな。

折角だし、今終わらせた方が良いだろう。

確認してくるので、待っていてくれ」


部屋から出て行く彼の背を目で追っていると、さっきの居心地の悪さが何か分かった。


(・・・なんか、妙に素直なのよね)


それに、レゼラブルさんへの対応もそう。

あんなに怒るとは思わなかったし、心配されるなんて端(はな)から想像もしていなかった。


だって私達は、条件で選んだだけの婚約者。

協力はしても、想いを寄せる事はないはずだ。


(・・・そうよね?)


考察日記を開いて纏め始めると、頭の片隅で考えていた疑問が徐々に小さくなっていくのだった。


*    *    *    *    *


(へぇ、すごい。こうやって外敵から身を守るのね)


虫を軽くつついていたら、前から声がした。


「キティ、聞こえているか?」


それに顔を上げると、目の前に彼の顔があっのだ。


「・・・あれ?サイラス様ですか?」


周りを見回すと、家ではなかった。


(そうだった。彼の家だったんだ)


「君の集中力は凄いな。

普通に話しかけても聞こえないのか?」


「・・・そうですね。

通常は興味の対象を取り上げるか、身体を揺すらない限り気付かないので、今の段階で気付いたのは稀かもしれません」


「・・・そうか。しっかりと心に留めておこう。

それと、ドレスの準備が整ったのでついて来てくれ」


私は彼について隣の客室に入ると、仮縫いが終わったドレスが飾られていた。


エンパイアラインのレースが幾重にも重ねられたティアードスカートのドレスは、一目で値が張るものだと分かる。


深い深い夜空の様な色合いは、裾に行くほどに夕暮れ時の青紫へと変化していく。


落ち着いた、けれど決して地味ではないドレスは、きっと人目を惹くだろう。


「・・・素敵なドレスですね」


「君からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。

あまり、興味はないんだろう?」


「確かに、興味はありません。

ですが、良いものを良いと思う心は持ち合わせています」


すると、彼からクスッと笑う声が聞こえた。


「そうか。

気に入ってもらえて良かったよ」


私がドレスを眺めていると、外から声がした。


「失礼致します。

早速、始めさせて頂いても大丈夫でしょうか?」


そう言って、ゾロゾロとメイド達が入って来た。


「ああ、頼む」


彼の一言で、前回と同様に衝立の後ろへ私を誘導したメイド達は、またしても素早い動きでダボつく部分を詰めていく。


(・・・相変わらず凄すぎて目が回る)


「サイラス様、完了致しました」


「ああ、ありがとう。手間をかけたな」


私は元通りに制服を着せてもらい、姿見鏡の前に立った。


(・・・あれ?制服が綺麗になってない?)


転んでスカートに汚れが付いていたのが無くなっている。


(まさか、新品!?)


そう思いタグを見るが、そんな事はなかった。


(という事は、この短時間で何かをしてくれたのだ)


その凄すぎる神業に感嘆していると、彼の声が聞こえた。


「準備は出来たか?」


「はい。今すぐに行きます」


そして彼の父が帰って来たので、みんなで晩餐を始めたのだ。


やっぱりうちとは違い、広く煌びやかな部屋には、大きなテーブルと数多い椅子が並べられている。

もちろん、出てくる料理の品数も全く違った。


最初は緊張したのだが、彼の両親が私に話し掛けてくれたので、徐々に慣れたのだった。


そして最後には、私の好きなアーモンドフロランタンをお土産にくれたのである。


「キティさん、是非また遊びに来てね」


「やっぱり、女の子がいると違うもんだな。

また、いつでも来なさい」


笑顔で送り出してくれた両親に、私も別れの挨拶をする。


「今日は本当にありがとうございました。

とても楽しく過ごせました」


すると彼の母が、彼に目をやった。


「サイラス、キティさんを馬車まで送りなさい。

キティさん、気を付けて帰るのよ」


それに頷いた私達は、歩き出したのだ。


廊下の窓から見える景色は既に暗く、時間の速さを感じさせる。


「今日はありがとうございました。

とても気さくなご両親ですね」


「ありがとう、そう言ってくれて助かる。

それに、礼を言うのは僕の方だ。

今日はありがとう。そして、すまなかった」


「もう大丈夫ですから、この話は終わりにしましょう。

それに、明日もラブラブ作戦を続けて、早期解決を図りますよ」


すると、彼の眉が下がった。


「・・・君は本当に懲りないな。

だが、今日の様な事は二度とさせはしない」


最後の言葉には力が入っていた。


エントランスを出ると、夜風が吹き抜けた。

私は忘れ物がないかを再度確認する。


(鞄、虫籠・・・考察日記。うん、大丈夫ね)


「じゃあサイラス様、また明日」


「ああ、帰り道気を付けて。

また明日な、キティ」


こうして、夜の道を馬車が走り出したのであった。


私は、外から聞こえる虫の音色に耳を傾ける。


(明日も虫探しを手伝ってくれないかな?)


そんな希望を持ちながら、自宅へと帰ったのであった。



ーーー明くる日、朝食の席で母が呟いた。


「昨日、怪我をしたって聞いた時は驚いたわ。

けど、大した事無くて本当に良かった」


「ご心配をおかけしました」


私はウインナーを口に入れた。


「本当よ。パパなんて、ぶっ倒れそうになったんだから。ねぇ?」


すると、マカロニサラダを食べていた父が顔を向けた。


「もう、生きた心地がしなかったよ。

御者から聞いた時は、意識が遠のいてしまった。

けど、あちらからすぐに手紙が来たので倒れずに済んだんだよ」


確かに、一人娘に何かあれば気が気ではないだろう。

とその時、疑問が生まれた。


(私も彼も一人っ子。

私が嫁に行ってしまうと、この家は誰が継ぐのだろうか?)


「お父様?私が結婚して家を出たら、誰がメリーウェザー家を継ぐのですか?」


すると、父はパンに手を伸ばしていた。


「それはもちろん、キティとサイラス君の子供に継いで欲しいと考えているよ」


(・・・こ、子供?)


すると、卵焼きを食べていた母の視線を感じる。


「そうね!

キティちゃんには、アーベンスロット家とメリーウェザー家の跡取りを産んで貰わないといけないわ」


その言葉に、気が遠くなりそうだ。


(結婚するって事は、つまりそういう事だ)


恋愛小説にもそれっぽい事が書いてあったけど、自分がするとは思いもしない。


黙ったまま一点を見つめる私に、母が再度声を掛けた。


「キティちゃん?どうしたの?

そう言えば、昨日のサイラスさんとのデートは楽しかったみたいね!

聞いたわよ?熱く見つめ合い、二人の世界だったって」


その言葉に、とうとう私の頭は爆発した。


ガタン!と椅子を引く音と共に立ち上がった私に驚く二人。


「とりあえず、行ってきます」


すると、食事室を出て行く私の背に母の声が響く。


「キティちゃん!

まだ、マカロニサラダと卵焼きが残っているわよ!」


だが私は振り返らない。

ズンズンと廊下を歩く私は、初めてご飯を残すという行為をしてしまったのだった。


ーーー早く着いた教室には、まだ誰もいない。

それがまた、昨日の事を思い起こさせる。

けれど頭が爆発していた私には、そんな事は瑣末な事だった。


(・・・今更だけど、全く考えていなかったわ)


一人席に着いて項垂れていると、頭の上から声がした。


「おはよう、キティ嬢。

・・・おや?元気ないね?何か悩み事?」


(いつも思うけど、ベリック様って意外と鋭いのよね)


顔を上げた私は彼を見上げた。


「・・・ベリック様は、子孫を残す事をどう思いますか?」


「ーーーうん?

そうだね。それはとても重要な事じゃないかな?

鳥が子孫を残す為にする求愛は、とても多彩なんだ。

ダンスを踊ったり、巣を作ったりと色々あるけど、彼達が試行錯誤しながら頑張って命を繋げてきたからこそ、今も外では当たり前の様に鳥が羽ばたき、囀りが聞こえるんだろうね!」

 

(・・・巡る命か)


確かに、以前の私なら虫の繁殖に何の疑問もなかった。


(そう、それは自然の摂理だからだ)


きっと恋愛小説の読みすぎで、頭がおかしくなっていたのだろう。


そんな私は、過剰反応しない様に頭を切り替えた。


「ベリック様、ありがとうございます。

何とか解決出来そうです」


すると彼は『力になれたのなら良かった』とニッコリ微笑んだのだ。


ーーー授業も終わり昼休み、私は彼の教室へと向かう。


入り口に着き、中を見回すとレゼラブルさんは見当たらない。


(・・・あれ?休みかな?)


すると、そんな私に気付いた彼がこちらへとやって来た。


「話したい事がある。ランチへ行こうか」


そう言い切りスタスタと歩いて行く彼に小声で話しかけた。


「彼女は休みですか?」


「その件は、後で話すよ」


ーーーそして料理を選んで席へ座った私は、早速切り出した。


「それで、何があったんですか?」


すると、彼は手を組んで話し始めた。


「それなんだが、彼女は転校したらしい」


「え!?昨日の今日ですよね?」


「そうだ。

聞いたら、元々転校する事が決まっていたようだ」


「・・・それって、私が協力しなくても、時が解決してくれた問題って事ですか?」


その言葉に、彼は気まずそうに視線を下げた。


「・・・そういう事になるな。 

無駄に怖い思いをさせてしまった」


私は目の前にあるパンを千切った。


「じゃあ解決したって事でいいんですね?」


「そうだな。なんとなく釈然とはしないが、もう彼女が目の前に現れる事はないだろう。

協力してくれてありがとう」


「いいえ、早期解決出来て良かったです。

それと、今日もデートしませんか?」


その言葉に目を丸くしている。


(誘うなら、気持ちが緩んだ今だろう)


「・・・それって、虫取りか?」


「もちろんです!

昨日の子達は今日解放するので、新しい子を迎え入れようと思っております!」


私が嬉々として話していると、彼の呆れ顔が映った。


「君さ?デートの意味が違うの、分からない?」


「そんな事はありません!私だって、ちゃんと知っています。

恋愛本に書いてありましたから。

いいですか?デートとは、異性が二人でいる事だそうです」


「その理屈だと、確か・・・一緒に研究しているベリックだったか?

彼と二人で研究室にいる君は、いつも彼とデートしているって事になるな」


「え?ベリック様は研究仲間ですけど・・・」


「じゃあ違うだろう?

今日、虫取りを手伝って欲しいのなら、君の持つ一回分を消費するんだな」


(な!?なんて事だろうか・・・)


それだと、今日入れて三回しかない。

使い所を間違えると大変な事になってしまう。

私は彼を見つめた。


「ーーー分かりました。

今日はよろしくお願いします。

そして、次のテストも全力で勝ちにいきますから、そのつもりでいてください」


そして私は、数を増やすことを選んだのだ。


「ああ、望むところだ。

じゃあ今日の放課後は付き合ってやる」


その言葉に私は、メガネのフレームを指で押し上げたのであった。


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