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「ではキティ、また明日な」
「はい、サイラス様。また明日」
馬車停で別れるまで恋人のフリを続けた私達は、それぞれの馬車へと乗り込んだ。
後ろの小窓から覗くと、彼が言っていたように、彼女がこちらを静かに見つめていた。
(・・・同情は禁物。
さぁ、小説に目を通さないと)
私は視線を恋愛小説へと向けたのであった。
ーーー屋敷に着いた馬車から降りた私は、自室へと急いだ。
(ナナフシちゃんは元気にしているかな?)
籠の中を覗くと、ちゃんと枝と同化していた。
(元気そうで良かった)
私は新鮮な葉を入れてやり、ナナフシを観察しながら、恋愛小説の続きを読む事にした。
(・・・それにしても、さっきから同じ内容を繰り返している様に感じるのは、私だけかしら?)
シチュエーションは違えど、結果は同じなのだ。
毎回見せつけられて傷付くの繰り返し・・・。
(こんな適当な男なんて、さっさと見切りをつければいいのに・・・)
完全に時間の無駄である。
そして読み進めていくと、ラブラブのバリエーションの多さには感服した。
(すごいわね。私の知らない事だらけだわ)
取り敢えず、頭に叩き込んだ私は本を鞄にしまい、動き始めたナナフシの観察に注力したのであった。
ーーーその後の夕食の席で、私はマッシュポテトを口に入れた。
すると、ステーキを切り分けている母と目が合った。
「キティちゃん?
来月の舞踏会で着るドレスの仮縫いが終わったそうよ!
本縫いに入る前に一度来て欲しいって、あちらから連絡があったわ」
「それは、私じゃなきゃダメでしょうか?
お母様なら、私のサイズをバッチリ把握しているので伝えて頂けませんか?」
母が切り分けたステーキをフォークに刺した。
「そんなのダメに決まっているでしょ?
あちらが整えて下さるのだから、要望に応えなくてはいけないわ。だから、明日行ってらっしゃい」
私はスプーンでオニオングラタンスープを食べていると、またしてもズズッと音が鳴ってしまった。
「あ、明日ですか?また急すぎて予定が・・・」
「キティちゃんの予定って、何かしら?
内容によっては、別日に変更してもらえる様にお手紙を書くわ」
そのニンマリとした顔には『どうせ虫でしょ?』と書いてある。
(・・・く、悔しい)
明日の昼は彼の用件で潰れるから、放課後は研究室に行こうと思っていたのだ。
(放課後も潰れたら、何の楽しみも無いじゃない)
オニオングラタンスープを見つめながら考えていると父の声がした。
「キティ?何もないならママの言う通り、サイラス君のお家へ行っておいで?」
(・・・なんか、ないかな。大事な用事・・・)
とその時、またしても閃いてしまった。
私の頭に過ったのは、先程の恋愛小説だったのだ。
「お母様、お父様。
明日は、サイラス様とデートの約束をしているのです。だから、難しいですわ」
すると、ステーキを飲み込んだ母がナプキンで口を拭った。
「あら!そうなのね!
そうなら、もっと早く言って頂戴。
じゃあ明日の件は、デートがあるので難しいって書いておくわね」
(・・・あれ?なんかマズったかもしれない)
デートと書いてしまったら、一人早く家に帰って来た彼を見たご両親は変に思うはず、するとうちの両親にも連絡が来るのは必至。
それ即ち、バレて怒られる。
今更、やっぱり違いますとは言えない私は、どうすればいいのかを模索する羽目に陥ったのであった。
* * * * *
(やっぱり、デートに誘わないとマズイかな?)
結局何も代替え案が思い付かなかった私は、お昼休憩になったので彼のクラスへやって来た。
覗くと、やはり彼女がピタリと張り付き、一人で話しかけている。
だから私は、本に書いてあった通りに彼を呼んだ。
「サイラス様、お待たせしました」
そして彼は振り向き、私に笑顔を向ける。
「キティ、待っていたよ」
本当はここで彼が愛を囁くのだが、難しい為に省略だ。
すると言わずもがな、クラスの騒めきが増した。
「な、名前を呼び合っているわ・・・」
「アーベンスロット様!そんな虫女を名前で呼ばないでー!汚れてしまうわ」
(・・・人聞きの悪い事を大声で言わないでほしい。
何に汚れると言うのだ)
私は彼に視線を戻すと、にこやかにやって来る彼の後ろには、彼女が映っていた。
その瞳は確実に私を見つめている。
(・・・これって私、殺されないよね?)
その目には、傷付いたような色はない。
それとは逆に、敵意むき出しだ。
私のもとへ来た彼は、手を差し出した。
「さぁ、行こうか」
私は彼の手に自分の手を重ねて歩き出した。
そうして寄り添い歩いていると、彼が耳元で囁く。
「結構いいんじゃないか?」
「そうですね、雰囲気は見せられていると思います。
ですが、彼女の顔は傷付いた様には見えませんでした。
それよりも、私に憎悪を感じている様です。
・・・それに私、身体戦は不得意なので、向かって来られたらすぐに倒されてしまうんですが・・・」
「いや、流石に暴力はないだろう。
そんな事になれば、学園に居られなくなってしまうからな」
私達は、階段を降りて食堂へ向かう角を曲がった。
「でも、昨日読んだ小説もそうですが、愛や恋の前では、モラルなんて吹けば飛ぶような物に成り下がるのです。
それに彼女の顔には【怨】という文字が見えました」
その言葉に彼は眉を寄せた。
「・・・分かった。
そんな事にはならぬ様に細心の注意を払う」
それに頷いた私は、食堂の入り口をくぐったのであった。
ーーー食べたい物をトレーに乗せて席に着くと、少し離れた所に彼女を見つけた。
やはり、私をジッと見つめている。
私はそれに気付かぬフリをして、彼を見つめながら食事を開始した。
すると彼は、周りを軽く見渡した。
「・・・本当に君を見ているな」
私はチキンのトマト煮をフォークに刺した。
「はい。余程、頭に来ているのだと思います」
「だが、君に危害は加えさせないから安心してくれ」
その言葉を不思議に思った。
「それって、どう対処するんですか?」
彼は白身魚のソテーを切り分けている。
「もちろん、君から目を離すつもりはない」
(え?それはそれで嫌なんだけど・・・)
「そこまでしなくても大丈夫ですよ。
それに私、放課後は虫取りとかしますし、サイラス様の勉学が疎かになってしまいます」
すると彼は人差し指をピッと上げた。
「この任務中は勉強どころでは無い。
だから、君に付き合おう」
その言葉に、昨日言ってしまったデートの件の解決策を見出した。
「話は変わりますが、先日のドレスの仮縫いの件で、何か聞いていますか?」
「そう言えば、昨日母が言っていたな。
それがどうした?」
「本当は今日、本縫いの為に伺う筈だったのですが、どうしても研究室に行きたかった私は、両親に嘘をついてしまったのです」
彼はホタテのマリネに手を伸ばしていた。
(・・・魚介類が好きなのかな?)
「で、どんな嘘なんだ?」
私は、アスパラのチーズ焼きに目を付けた。
「はい。サイラス様とデートするって言ったんです」
すると、彼のフォークに刺さっていたホタテが皿の上に転がった。
「・・・だからか」
「何ですか?」
再度ホタテを刺した彼が告げた。
「朝、母から言われたんだ。
『今日は楽しい一日になるわね』って。
何の事か分からない僕は、適当に相槌を打って出て来たんだ」
母達の伝達網の速さが恐ろしい。
「なのでサイラス様。今日は、虫取りのデートをしましょう」
「・・・ナナフシをつい先日取ったろう?」
私は人差し指をピッと上げて振った。
「ナナフシは脱皮するまでの経過待ちです。
ですから次は、まだ発見に至っていない虫を探そうと思います」
「・・・そういう新種の虫は、熱帯雨林とかにいるんじゃないのか?」
「すごい!よくご存知ですね!
私もいつかは行ってみたいと思っているのです。
あっ、話を戻しますね。
確かに、新種は人の未開の地に生息している事が多いと言われています。
ですが私は、稀に現れる突然変異や雑種を見つけられたらと考えているのです」
すると彼は、コーヒーに手をかけた。
「虫の知識がない僕に、見分けがつくとは思わないんだが?」
それに私はニンマリとして彼を見つめた。
「大丈夫です!貴方様はきっと、虫を見つけるのがお上手。
ですので、目についた虫を網で捕まえてください。
判別は私がします」
「・・・なんだか、全く嬉しくないんだが。
まぁ、約束したし、今日の放課後は付き合うよ」
その言葉に嬉しくなった私は、すっかり彼女の事を忘れてしまったのだった。
ーーーそして授業も終わり、ルンルン気分で研究室を目指す。
中へ入るとナタリア先輩がいた。
「こんにちは先輩」
「あら、キティちゃん。何だか久しぶりね。
それに、後ろの方は誰かしら?」
私は彼を紹介した。
「一緒に虫取りをしてくれるサイラス様です。
では、早速行ってきます」
私は自分と彼の鞄を置いて網とカゴ、手袋を持ってから研究室を後にした。
すると、横を歩く彼が問い掛けてきた。
「さっきの綺麗な人も虫の研究をしているのか?」
「いいえ。
ナタリア先輩は、両生類の研究をしています。
そして、ベリック様は鳥の研究です」
「ベリック?・・・ああ、前にいた男か。
けど、あんな美人が両生類の研究とは・・・。
想像が出来ないな」
うーんと唸る彼が何を考えているのかは、私には分からなかった。
外へ出ると、初夏の風が吹き抜け、草花の揺れる音が耳に届いた。
(さぁ、楽しい楽しい、虫取りの時間よ)
「サイラス様は、この網で捕まえて下さい。
捕まえたら私を呼んでくださいね」
彼は網と手袋を受け取りながら問い掛けた。
「飛んでいる虫と地面にいる虫、どちらを探せばいい?」
「では、サイラス様は背が高いので、高い場所にいる虫をお願いします」
こうして虫取りが始まった。
そして、夢中になると周りが見えなくなる私は、しゃがみ込んでいると肩に手を置かれて揺すられたのだ。
「おい!聞こえているか?
取れたんだが、どうすればいい?」
その声に顔を上げると、網の中は宝箱の様だった。
(わぁ、すごい!やっぱり、虫取り名人だわ)
それからも、沢山の虫を取ってもらった私は、日も傾いてきた時間になった為、終了を告げたのだった。
「サイラス様のお陰で、研究対象が増えました」
新種や雑種、突然変異の虫は居なかったが、今までに調べた事のない虫を捕まえる事が出来た。
私はカゴに入っている虫を眺める。
「そうか、それは良かった。
じゃあ、そろそろ帰ろうか」
二人で研究室まで帰る途中に、ナタリア先輩が池で泥だらけになっていた。
(相変わらず、戯れる相手がカエルなのが勿体無い)
すると、横から声がした。
「ま、まさか、さっきの美女か?」
驚いている彼の顔は唖然としていた。
「ええ、そうですが、どうしたんですか?」
「・・・いや、何でもない」
そう言い置き、スタスタと歩いて行ってしまった。
私もカゴを大事に抱え直してから、彼の後に続いたのであった。




