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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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そして我が家ではいつも通りの夕食が終わり、彼の馬車がエントランスの前へ到着した。

外はすっかり日も落ちて、キリギリスの奏でる音が聞こえてくる。


「今日はありがとうございました。

ナナフシもそうですが、母の事も。

大変助かりました」


「いいや、こちらこそ世話になってしまった。

とてもアットホームな食事会で楽しかったよ。

では、また休み明け学園で」


そう話終えた彼は、馬車に乗り帰って行った。


私は馬車が門をくぐるのを見届けると、部屋へと歩き出したのだ。


そして早速、大事な大事なナナフシの飼育小屋の作成に取り掛かる。


ナナフシは、何らかの原因で取れた足が、脱皮する事により再生する力を持つという。


まずは、脱皮した皮を少し拝借出来ればと考えているのだ。


新鮮な葉を入れた背の高いカゴに、枝ごと切り取ったナナフシをそっと入れた。


私は、新しい葉に移動するナナフシを見つめながら、夕食会の事を思い返す。


母に食事室へと案内されて入った彼は、一瞬動きが止まったのを私は見逃さなかった。


きっと(狭くないか?)と思ったのだろう。


そして、出てきたワンプレート料理には何の反応も示さなかったが、絶対に何かを思ったはずだ。


けど、そんな質素な晩餐を『アットホームな』と表現する彼を私は尊敬した。


だから私も、虫探しを協力してくれた彼の為に、彼女の事を何とかしなければいけない。


(けど、具体的にはどうすればいいんだろう?)


するとナナフシが前後左右に揺れ動いたので、私はいつも付けている考察日記をカバンから取り出したのだ。


(・・・まあ今度、彼に聞けばいいか)


そう考えをまとめた私の長い長い一日は、やっと幕を閉じたのであった。


*    *    *    *    *


そして先日も話していた通り、試験の結果発表の日だ。


私は馬車を降りると、校舎のエントランスには人がひしめき合っている。


(すごいわね。なんで今回はこんなに人が多いの?)


押し入って進む事も憚られる為、私は人が少なくなるのを待った。

すると、風に乗って声が聞こえてきたのだ。


「すごいわね!アーベンスロット様が一位じゃない!

ふふっ!これで虫女も良い気にはなれないわね」


「だって、毎日真剣に取り組んでいらしたもの。

虫ばかり追いかけている様な人が一位だったのがおかしいのよ」


(ーーーま、負けた)


私の中では、過去最高に頑張ったつもりなのに・・・。


すると背後から声を掛けられた。


「メリーウェザー嬢、おはよう。

結果は見たのか?」


「おはようございます、アーベンスロット公爵令息様。まだ見てはいませんが、皆さんが話しているのを聞きました」


「じゃあ見に行くぞ」


そう言って、私の手を掴んで前へ進む彼の背中を見つめる。


悔いは無いなんて言葉では言えたが、実際はそんな事なかった。


(・・・やっぱり、悔しい)


私は彼に掴まれている手をギュッと握った。

すると、彼も握り返してきたのだ。


順位表まで辿り着いた私達は、上へと目をやる。


【一位 サイラス・アーベンスロット】


そして私の名は、彼の次に書かれていた。


「おめでとうございます、アーベンスロット公爵令息様。

私の完敗です」


すると、私の手を握る彼の力が強くなった。


「いや、そうじゃない。良く見てみろ」


再度順位表を見つめて目を凝らす。


【一位 サイラス・アーベンスロット】

【一位 キティ・メリーウェザー】


(・・・あれ?二人とも一位?)


「メリーウェザー嬢、今回のテストは引き分けだな」


「はい、そのようです。

では、賭けは次回に繰り越しという事になりますね」


「いいや。同率一位なんだから、互いに三つ出せる事にしよう」


「え?私は必要ないのですが?」


すると彼は私の手を離し、真剣に見つめてきた。


「昨日思ったんだが、君はこれから先も虫探しを僕に手伝わせようとしているのだろう?」


「そうですね!運命共同体ですから」


それに彼は首を振った。


「やっぱり、僕の言い方が悪かった様だ。

君の虫探しは言わば限りが無い。

だが僕の用件は、例の彼女の件のみ。

これは、不公平じゃないか?」


(不公平なのだろうか?

虫探しは娯楽だと思うんだけど・・・)


そう考え込む私に、彼は言葉を重ねてきた。


「だから君は、今回獲得した権利を使い、三回僕に虫探しをさせる事が出来る。

もちろん、昨日のナナフシと彼女の件は相殺しよう。

その方が、次のテストにも全力を尽くせるだろう?」


(・・・なるほど)

昨日ナナフシを見つけた彼は、きっと虫探しが上手いに違いない。

きっとこの先、頼りになるはずだ。


「分かりました。その条件を飲みます」


「では今日は、例の彼女の件で作戦を立てたい。

放課後、図書室で待ち合わせできるか?」


「大丈夫です。

さっさと解決に導き、研究時間を確保しなくてはなりませんからね」


すると、彼はニヤリと笑い『良い心構えだ。じゃあ行こう』と歩き出したのだ。


私は自分のクラスに着くとベリックが席に座っていた。


「おはようございます、ベリック様」


「おはよう、キティ嬢。

試験一位、おめでとう!」


「ありがとうございます、ベリック様はどうでしたか?」


「俺はまぁまぁだったよ。

取り敢えず、親に文句を言われない成績を収めないと研究時間を減らされるからね」


ベリックは窓に目をやり、木に止まっている小さな鳥を見つめていた。


「良かったです。

私も今日は、お昼に研究室に行けるので、一緒に行きましょう」


それにニコリと笑ったベリックの顔は、了承の合図だった。


ーーーそして迎えた放課後の時間。


私は図書室へと急いだ。


(早く終われば、研究室へ行けるかもしれない)


それに希望を託した私は、気合い十分で図書室が見える角を曲がった。


すると前を歩く彼に、例の彼女がピッタリと張り付いていたのだ。


だが、彼が図書室の扉をくぐると、彼女はそこで二の足を踏んでいる。


(・・・本当に入れないんだ・・・何故?)


私は彼女が引き返して行くのを見守り、見えなくなったと同時に図書室へ急いだ。


辺りを見回すと、彼は以前座っていた窓際のカウンター席に腰掛けていた。


「アーベンスロット公爵令息様、遅くなりました」


「僕も今来たところだ。じゃあ早速、どうするのかを一緒に考えて欲しい」


「実はその前に一つ、彼女が図書室に入れない理由はなんですか?」


すると彼は私を見つめて『何だ、知っていたのか』と呟いてから続けた。


「彼女はいつも煩いだろう?

だから、図書室を出入り禁止になったんだ」


まさかの理由に開いた口が塞がらない。


「だから此処は、唯一落ち着ける場所なんだよ」


「そうなんですね。教えて頂きありがとうございます。

早速ですが、私、恋など専門外でして、恋に浮かれた方の対処法を心得ていません。

なので、案など思い浮かぶ術がないのでお役に立てるかどうか」


すると彼はスクッと立ち上がった。


「大丈夫だ。

そういう時の為の図書室だろう?分からない事は調べればいい」


そう言って、私達は恋愛の指南書を片っ端から集めたのだ。


「取り敢えず、こんなものだろうか」


「はい。後は読むだけですね!読むのは得意なので、任せて下さい」


そう言って、手に取り開いたまではよかった。


(ーーーえっと、真実の愛とは、与えられるより与えたいと思える事・・・即ち無償の愛?

・・・あれ?なんか趣旨が違くない?)


次から次へと手にする本は【愛される女性の条件】とか【これで貴女も男心が分かる!彼の本音】など、読む本読む本、自身の自己肯定感を高める本ばかりなのだ。


(ーーーこれ、知りたい事が全然見つからないんだけど・・・)


私達が知りたいのは、好きではない人から好意を向けられた時の対処法であり、これでは完全に真逆である。


「アーベンスロット公爵令息様?

何か分かりましたか?」


「・・・いいや、全くだ。

何故この場面でドキドキとするのかが理解不能だ」


そう言ってパタンと閉じた本は、恋愛小説だった。


「持ってくる本を間違えたのかもしれませんね。

選び直しますか?」


「・・・そうだな」


眉間を指でグリグリと押した彼は、既に疲れ気味になっていた。

そして、選び直した本に再び目を通す。


(えーっと、彼を諦める方法・・・彼に会わない、趣味を見つける、時間が解決するのをひたすらに待つ。

・・・これは、彼女に実行して貰いたい内容よね)


『うーん』と唸る私を他所に、彼はなんの前触れもなく立ち上がった。


「これだ!これしかない!」


初めて見せる喜び様に驚いた私は、彼を見上げた。


「何があったんですか!?」


「これを見てくれ!」


そう言って手渡されたのは【貴方に執着していた私でしたが、真実の愛なんてバカな事を言い出した貴方はもういりません!こちらから願い下げです】という、凄いタイトルの小説だった。


そして内容をザッと見ると、大好きな彼に悉(ことごと)く別の女とのラブラブを見せつけられて、心折れた彼女は、違う男に支えられて幸せになるというストーリーだった。


「えーっと、まさかとは思いますが、このラブラブを私達がすると?」


すると彼はニヤリと笑った。


「そのまさかだ!」


解決策を見出した彼は、気分がハイになっていて事の重大さに気付いていない。


「あの、一ついいですか?

恋愛を知らない私達には、厳しい戦いだと思いますが?」


その一言で彼は正気に戻ったようで、席にストンと座った。


「・・・確かにそうだ。

僕達にはハードルが高すぎる。

ーーークソッ!」


そう言って、頭を抱えてしまった。

あまりのガックリな様子に、私は代替案を出したのだ。


「その小説の様な、見つめ合い愛を囁くとかは無理ですが、恋愛初心者本で出来るものであれば、なんとかなりませんかね?」


すると彼は、ゆっくりと顔を上げて私を見つめた。


「・・・そうか。そういう事か!

確かにそれも有りだが、君が言った見つめ合い、愛を囁く場面ーーー」


そう言って彼は本を捲って私に見せた。


「ーーーここだな。

同じ再現をしようとするからダメなんだ。

だから、どちらかだけにする。

つまりは見つめ合い、勉学の話でも虫の話でもいい。

それっぽく見せられるかの問題だ」


(確かにそうだ。本当に愛を囁く必要はない)


「・・・出来ますかね?」


不安そうな私に、彼は人差し指をピッと立てた。


「ーーーいいや。

出来る、出来ないの問題じゃない。

それはただ一つ、やるか、やらないかだけだ。

そうと決まればメリーウェザー嬢?

僕の事はサイラスと呼んでくれ。

君の事もキティと呼ばせてもらう」


「はい、分かりました。

では、何から始めますか?」


すると彼は、本を片手に取って表紙を私に見せた。


「まずは、この本の熟読から始めよう。

何日で読み終わる?」


「今日一日あれば大丈夫です」


「流石、学年トップは話が早い。

悪いが、解決するまで君の時間を貰いたい。

明日のランチは一緒に取ろう」


こうして作戦会議は終了したのだった。


二人で図書室を出ると、空は既に茜色に染まっていた。

これからだと研究室に行ってもトンボ返りになる。


私は、家でナナフシの観察をする事にしたのだった。


そして帰り道、馬車停まで一緒に歩いている時にふと思ったのだ。


「えーっと、サイラス様?

私のナナフシってすぐに見つかりましたが、そちらの案件は長期戦です。

これで相殺って、不公平じゃないですか?」


すると彼は、急に私の手を握ったのだ。


(毎度思うけど、この人、手を握る癖があるんだろうな・・・)


そんな私の思いとは違い、耳元で囁いてきた。


「彼女が見ている」


(え!?)


「キョロキョロするな。取り敢えず、このまま行くぞ」


私も同じく彼の耳元で囁いた。


「さっきの話ですが、今も、やっぱり不公平ですよ?」


「ーーー分かったよ。

この任務遂行中は、虫取りに協力する。その方が、彼女にも目撃させる回数が増えるからな」


その言葉に、私は心の中でガッツポーズをしたのであった。



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