12
この時期には珍しく、澄み渡る青が広がる空を教室の窓から眺めている私は、どんよりとした気分で放課後を迎えた。
席を立たずにジッとしている私に声を掛けたのはベリックだった。
「あれ?キティ嬢は研究室へ行かないの?」
「はい。今日は、家でやりたい事があったので、研究室には行かない予定だったんです」
「へぇ、そうなんだ。
じゃあ何で帰らないの?」
私はその言葉に奥歯をギリッと噛んだ。
「昼休憩で終わらなかったので、続きです」
「えー!キティ嬢も頑張るね!
けど、無理は禁物だよ。やっぱり、気分転換も必要だからね」
「ありがとうございます、ベリック様。
では、研究を頑張って下さい」
『じゃあねー』と手を振り、楽しそうに去って行くベリックを見送っていると、唐突に閃いた。
(そうだわ!さっきの理屈なら、彼にもナナフシを探して貰えばいいんじゃない!)
すると、扉から彼が顔を覗かせた。
「待たせたな。じゃあ場所はカフェテラスでいいか?」
「いいえ!家です!」
「は?何処のだ!?」
「もちろん、私の家に決まってます!
さぁ、行きましょう!」
彼は目を白黒させながら『なんで家なんだ?そんなに込み入った話なのか?』と言いながらも、スタスタと歩く私について来てくれた。
「じゃあ、私の家で待ち合わせしましょう」
私が自分の馬車に乗り込もうとしたら手首を掴まれた。
「おい!待て!」
(毎度毎度、面倒臭い)
私は振り返り、彼をキッと睨みつけた。
「・・・何ですか?」
「君の家を知らない」
「では、追って来て下さい」
「は?無茶言うな!ピタリと付いていける保証はないだろう?
だから僕も同乗する」
「それじゃあ、ご自分の馬車はどうするおつもりですか?」
彼はそれには答えずに、私の馬車へ勝手に乗り込んだ。
(な!?何なんだいったい!)
私は使用人にエスコートをしてもらい乗り込むと、彼は普通に座っていた。
「で、お答え頂けますか?」
すると、渋々口を開いた。
「放課後、君と話すと言ったろう?
それを踏まえて御者には、迎えにくる時間を遅くする様に伝えたんだ。
だから現時点で、僕の馬車は此処にない」
「だったら先に言って下さいよ」
「話そうにも、君はすぐに馬車に乗り込もうとしたじゃないか。そんな時間があったとは、とても思えないんだが?」
すると、馬車は自宅へと出発した。
私は気を取り直して、先程閃いた事を話し始めた。
「分かりました。
では、早速本題です。
今日の夕方からナナフシの探索を始めますので、アーベンスロット公爵令息様にもお手伝い頂きます。
まず、ナナフシはーーー「ちょっと待て!」」
折角これから生態の話をしようと思ったのに、面倒臭い。
「・・・何ですか?」
「本題がナナフシって、どういう事だ!?
レゼラブル嬢の事がなければ、僕は昼からナナフシの探索をさせられていたのか?」
「違います。昼の時は結婚の話をしようと思っていたんですが、状況が変わりました。
まず第一がナナフシ、そして、ついでに結婚の話をしようと思っております」
すると彼は、自身の眉間をグリグリと押さえている。
「君さ、優先順位が逆だろう?それに、何で僕がナナフシを探さなきゃならないんだ!」
「さっき言ったじゃないですか。
私達は運命共同体だと。
であれば、私の問題にも協力するのが筋。
時間はあまり無いんです。今日中に見つけ出す心づもりでいて下さい」
私は、相手からは見えないメガネの奥で、ほくそ笑んだ。
「・・・なぁ、今笑ったか?」
「・・・いいえ、そんな事はありません。
ほら!もうそろそろ家ですよ!」
エントランスに横付けした馬車から降りた私達は、時間が早い為、客室へ向かった。
すると、前から父が歩いて来たのだ。
「キティ、おかえり!
・・・あれ?サイラス君じゃないか!
来てくれたんだね!是非夕食を共にしよう」
「あ、はい。お邪魔しております」
「おっと、いけない。早くエリザに伝えないと!
じゃあまた夕食でね」
そう言って、嵐の様に去って行った。
父が去った後の静けさが妙に居た堪れない。
すると、彼が静かに口を開いた。
「ーーー君と良く似ているんだな」
「え!?全く似ていませんが?」
驚く私に、彼が憐れみの視線を向けた。
「一方的に話すところなんか、ソックリだと思うが」
その言葉に、何だか納得がいかない私は、メガネのフレームを押し上げたのであった。
ーーーそして、客室へ入ると彼が呟いた。
「さすが、国一番の製薬会社を営むメリーウェザー家の客室だな。
細部にわたり、格式高い調度品で揃えてある」
そう言って、感心しながら辺りを見回している。
(ふふっ。だがきっと、うちの夕食を見たらビックリするんだろうな。・・・場所も料理も質素過ぎて)
そう思うと、笑いが込み上げて来そうになった。
そんな私は咳払いをして、笑いを押し込めてから彼に声を掛けた。
「どうぞ、席にお掛け下さい」
「ああ。それと紙とペンを、使用人を一人借りたいのだが、大丈夫だろうか?」
「ええ、すぐに用意させます」
私はメイドにお茶と彼から言われた物を準備させた。
紙に書き込んでいる彼を眺めながら、ナナフシの説明順序を組み立てていると、彼が使用人に話し掛けた。
「悪いが、これをアーベンスロット家まで届けて欲しい。よろしく頼む」
すると使用人は、すぐに退出して行った。
「すまないな、時間を取らせた。
では、早速本題に入ろう」
「はい。
ではまず、ナナフシは夜行性ーーー「だから違うだろう!」」
・・・・・・。
彼は私を見つめてため息を吐いた。
「ナナフシの事は分かった。
ちゃんと協力すると約束する。
だがその前に、結婚の話から片付けるのが先だ」
(ーーー出鼻を挫かれてしまった)
意気消沈した私は、既に用意されているお茶を一口飲んだ。
「・・・実は、試験日初日に母から言われたのです。
結婚はいつするのかと。そして、学生結婚を勧められました」
「なに?」
彼の眉が上がった。
「もちろん、断りましたよ!
でも、式場は押さえないといけないから、日取りを決めろと言われたのです。
で、その事を忘れていた私は今日の朝、催促されて今に至る、という流れでしょうか」
「・・・なるほどな。
それで、君はどうしたい?」
「そうですね。
出来れば長引かせたいのが本音ですが、普通どれほどの期間を設けるものなんでしょうか?」
すると、彼もお茶に手を掛けた。
「ーーー僕も詳しくは知らないが、学生中の婚約なら、卒業の1年後というのが妥当じゃないか?」
「そうなんですね。では、それで行きましょう。
じゃあ話も纏まったので、早速ナナフシですね!」
「・・・提案した僕が言うのもなんだが、君は、自分の将来をそんな適当に決めても良いのか?」
(・・・適当?そんな事はない)
私の将来のビジョンは明確に描かれている。
「お言葉ですが、私は夢の為に目的を持って、日々行動しています。
その事を適当にした覚えはありません。
ですが、婚約や結婚は私にとっては瑣末な事。
だから条件で選んだのですが、間違っていますか?」
「ーーー確かに、そうだったな。
変な事を言ってしまった。
・・・すまない」
そう言って謝る彼の顔が、またしても少し寂しそうに見えた。
「アーベンスロット公爵令息様。
私達は運命共同体。
何かあれば、いつでも相談して下さい。
私も遠慮なくさせてもらいます」
すると、顔を上げた彼が呟いた。
「・・・それは、虫探しか?」
意外と鋭い彼に、私は微笑んだ。
「私の事を理解してくれて、ありがとうございます。
では早速、ナナフシの説明ですね」
意気込みを新たにした私に、彼は手を振った。
「ナナフシの説明はいらない。
以前聞いたし本も読んだので、ちゃんと理解している」
その言葉で彼が朝、勉学以外の本を読んでいた事を思い出した。
「流石、アーベンスロット公爵令息様ですね!
私は、貴方様のそういうところに好感を持ちます」
すると、彼の頬が緩んだ。
「ああ、ありがとう。
僕もこれで、心置き無くレゼラブル嬢の件を頼めるよ」
(えーっと、レゼラブルって確か・・・!?)
「え?面倒臭いレベルが全く違うのですが」
彼は足を組んでお茶に手を伸ばした。
「そうかな?
ナナフシも相当に面倒臭いと思うが」
「そんな事はありません!
ナナフシは見つけたら終わりですが、彼女はそうじゃないです」
「いいや、見つけるのが困難なナナフシだ。
まぁ、いい勝負、互角だな。
・・・それより、時間はいいのか?」
私はその言葉で時計に目をやった。
見ると、5時を回っている。
「良くないです!
では、行きますよ!」
そして二人で庭園へと向かったのであった。
私は彼に手袋と手持ちランプを渡す。
「では、見つけたら教えて下さいね」
私は彼の隣にある低木を隈なく探して行った。
(そろそろエサを食べる時間だから、動き出すと思うんだけど・・・)
すると、周りを見回していた彼が口を開いた。
「なんか、草がいっぱい生えているんだな?
・・・花は無いのか?」
「草は草でも薬草です。
父の研究で使うんですよ。
それより、ちゃんと目を動かして探して下さい」
「分かっている。
そう言えば、休み明けは結果発表だな」
私は枝を退けたり、葉の裏を見たりした。
「そうですね。
そう言えば、何で私に勝ちたいんですか?」
彼はランプを木に近付けて目を凝らしていた。
「・・・まぁ、なんだ。
声に出して言うのは恥ずかしいんだが、僕は今まで、誰かに劣る事はなかったんだ。
だから君に初めて負けた時、とても悔しかったのを覚えている。
そして、次こそはと頑張った一年間、結局君には勝てなかった。
そんな僕は、君に会いに行ったんだ。
そうしたら君は、学園の庭で網を振り回し、蝶を追いかけ回していた。
それを見た時の衝撃が、君には分からないだろう?」
(時系列的に、今年の4月頃だろう・・・)
確かに、蝶の鱗粉の研究をしていた。
「あれは遊んでいた訳ではありません。
研究で必要だったからです」
「・・・だがその時の僕は理由を知らないし、例え知っていたとしても、結局は同じ事を思っただろう。
暇さえあれば毎日勉学に向き合っている自分と、暇さえあれば網を振り回している君。
真剣に向き合ってきたからこそ、納得出来ないんだよ。
それに君は、僕の事を認識すらしていなかったろう?」
確かに、彼を知ったのはここ最近だ。
そしてあの頃の私の中では、いちいち絡んでくる面倒臭い人として存在していた。
「確かにそうかもしれません。
ですが、今は違います。
貴方様の努力も頑張りも、そして人柄も、私の中では、毎日上書きされています」
「ーーーそうか。
もしかしたら僕は、君に知って欲しかったのかもしれない。
君を負かそうと頑張る自分の事をね」
「では、今の私は貴方様を知っています。
賭けは必要ないですね」
「いいや、それとこれとでは話が別だ。
僕が勝ったら、三つ言う事を聞くんだぞ。
ーーーあっ。・・・いた」
「今思うと、三つって多くないーーー」
『ですか?』と言い終わる前に、彼は何の前触れもなく私の手を引いて耳元で囁いた。
「ナナフシがいた」
「え!?どこですか!?」
私は目を凝らして見つめた。
「これだ」
彼の指差した場所には、緑色の枝がぶら下がっている。
すると、動いたのだ。
「やった!見つけた!ありがとうございます!」
彼に礼を伝えた私は、剪定バサミで木の枝を切って、ナナフシを傷つけない様に箱へと入れた。
箱を両手で大事に抱えて屋敷へ戻ると、鬼の形相の母が待っていたのだ。
「キティちゃん?
貴女まさか、サイラスさんを虫取りに付き合わせたの?」
怒っている母になんて返して良いか分からない私は、箱をギュッと握りしめた。
すると、後ろにいた彼が話し始めたのだ。
「お久しぶりです。
本日は晩餐にご招待して頂き、ありがとうございます」
「サイラスさん、ようこそおいでくださって、嬉しい限りですわ。
それより、ごめんなさいね。
娘が虫取りに付き合わせちゃった様で」
「いいえ、僕が一緒に連れて行って欲しいと頼んだのですよ。
大変、楽しい時を過ごさせて貰いました」
『あら!そうだったの?』と私を見つめる母に、私はコクコクと頷いたのだ。
すると機嫌が直った母は、そのまま私達を食事室まで案内したのだった。
(・・・ふぅ、助かった。後で彼にお礼を言わなければ)
そんな私の中で、また彼の良いところを上書きしたのであった。




