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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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この時期には珍しく、澄み渡る青が広がる空を教室の窓から眺めている私は、どんよりとした気分で放課後を迎えた。


席を立たずにジッとしている私に声を掛けたのはベリックだった。


「あれ?キティ嬢は研究室へ行かないの?」


「はい。今日は、家でやりたい事があったので、研究室には行かない予定だったんです」


「へぇ、そうなんだ。

じゃあ何で帰らないの?」


私はその言葉に奥歯をギリッと噛んだ。


「昼休憩で終わらなかったので、続きです」


「えー!キティ嬢も頑張るね!

けど、無理は禁物だよ。やっぱり、気分転換も必要だからね」


「ありがとうございます、ベリック様。

では、研究を頑張って下さい」


『じゃあねー』と手を振り、楽しそうに去って行くベリックを見送っていると、唐突に閃いた。


(そうだわ!さっきの理屈なら、彼にもナナフシを探して貰えばいいんじゃない!)


すると、扉から彼が顔を覗かせた。


「待たせたな。じゃあ場所はカフェテラスでいいか?」


「いいえ!家です!」


「は?何処のだ!?」


「もちろん、私の家に決まってます!

さぁ、行きましょう!」


彼は目を白黒させながら『なんで家なんだ?そんなに込み入った話なのか?』と言いながらも、スタスタと歩く私について来てくれた。


「じゃあ、私の家で待ち合わせしましょう」


私が自分の馬車に乗り込もうとしたら手首を掴まれた。


「おい!待て!」


(毎度毎度、面倒臭い)

私は振り返り、彼をキッと睨みつけた。


「・・・何ですか?」


「君の家を知らない」


「では、追って来て下さい」


「は?無茶言うな!ピタリと付いていける保証はないだろう?

だから僕も同乗する」


「それじゃあ、ご自分の馬車はどうするおつもりですか?」


彼はそれには答えずに、私の馬車へ勝手に乗り込んだ。


(な!?何なんだいったい!)


私は使用人にエスコートをしてもらい乗り込むと、彼は普通に座っていた。


「で、お答え頂けますか?」


すると、渋々口を開いた。


「放課後、君と話すと言ったろう?

それを踏まえて御者には、迎えにくる時間を遅くする様に伝えたんだ。

だから現時点で、僕の馬車は此処にない」


「だったら先に言って下さいよ」


「話そうにも、君はすぐに馬車に乗り込もうとしたじゃないか。そんな時間があったとは、とても思えないんだが?」


すると、馬車は自宅へと出発した。

私は気を取り直して、先程閃いた事を話し始めた。


「分かりました。

では、早速本題です。

今日の夕方からナナフシの探索を始めますので、アーベンスロット公爵令息様にもお手伝い頂きます。

まず、ナナフシはーーー「ちょっと待て!」」


折角これから生態の話をしようと思ったのに、面倒臭い。


「・・・何ですか?」


「本題がナナフシって、どういう事だ!?

レゼラブル嬢の事がなければ、僕は昼からナナフシの探索をさせられていたのか?」


「違います。昼の時は結婚の話をしようと思っていたんですが、状況が変わりました。

まず第一がナナフシ、そして、ついでに結婚の話をしようと思っております」


すると彼は、自身の眉間をグリグリと押さえている。


「君さ、優先順位が逆だろう?それに、何で僕がナナフシを探さなきゃならないんだ!」


「さっき言ったじゃないですか。

私達は運命共同体だと。

であれば、私の問題にも協力するのが筋。

時間はあまり無いんです。今日中に見つけ出す心づもりでいて下さい」


私は、相手からは見えないメガネの奥で、ほくそ笑んだ。


「・・・なぁ、今笑ったか?」


「・・・いいえ、そんな事はありません。

ほら!もうそろそろ家ですよ!」


エントランスに横付けした馬車から降りた私達は、時間が早い為、客室へ向かった。

すると、前から父が歩いて来たのだ。


「キティ、おかえり!

・・・あれ?サイラス君じゃないか!

来てくれたんだね!是非夕食を共にしよう」


「あ、はい。お邪魔しております」


「おっと、いけない。早くエリザに伝えないと!

じゃあまた夕食でね」


そう言って、嵐の様に去って行った。


父が去った後の静けさが妙に居た堪れない。

すると、彼が静かに口を開いた。


「ーーー君と良く似ているんだな」


「え!?全く似ていませんが?」


驚く私に、彼が憐れみの視線を向けた。


「一方的に話すところなんか、ソックリだと思うが」


その言葉に、何だか納得がいかない私は、メガネのフレームを押し上げたのであった。


ーーーそして、客室へ入ると彼が呟いた。


「さすが、国一番の製薬会社を営むメリーウェザー家の客室だな。

細部にわたり、格式高い調度品で揃えてある」


そう言って、感心しながら辺りを見回している。


(ふふっ。だがきっと、うちの夕食を見たらビックリするんだろうな。・・・場所も料理も質素過ぎて)


そう思うと、笑いが込み上げて来そうになった。


そんな私は咳払いをして、笑いを押し込めてから彼に声を掛けた。


「どうぞ、席にお掛け下さい」


「ああ。それと紙とペンを、使用人を一人借りたいのだが、大丈夫だろうか?」


「ええ、すぐに用意させます」


私はメイドにお茶と彼から言われた物を準備させた。


紙に書き込んでいる彼を眺めながら、ナナフシの説明順序を組み立てていると、彼が使用人に話し掛けた。


「悪いが、これをアーベンスロット家まで届けて欲しい。よろしく頼む」


すると使用人は、すぐに退出して行った。


「すまないな、時間を取らせた。

では、早速本題に入ろう」


「はい。

ではまず、ナナフシは夜行性ーーー「だから違うだろう!」」


・・・・・・。


彼は私を見つめてため息を吐いた。


「ナナフシの事は分かった。

ちゃんと協力すると約束する。

だがその前に、結婚の話から片付けるのが先だ」


(ーーー出鼻を挫かれてしまった)


意気消沈した私は、既に用意されているお茶を一口飲んだ。


「・・・実は、試験日初日に母から言われたのです。

結婚はいつするのかと。そして、学生結婚を勧められました」


「なに?」


彼の眉が上がった。


「もちろん、断りましたよ!

でも、式場は押さえないといけないから、日取りを決めろと言われたのです。

で、その事を忘れていた私は今日の朝、催促されて今に至る、という流れでしょうか」


「・・・なるほどな。

それで、君はどうしたい?」


「そうですね。

出来れば長引かせたいのが本音ですが、普通どれほどの期間を設けるものなんでしょうか?」


すると、彼もお茶に手を掛けた。


「ーーー僕も詳しくは知らないが、学生中の婚約なら、卒業の1年後というのが妥当じゃないか?」


「そうなんですね。では、それで行きましょう。

じゃあ話も纏まったので、早速ナナフシですね!」


「・・・提案した僕が言うのもなんだが、君は、自分の将来をそんな適当に決めても良いのか?」


(・・・適当?そんな事はない)

私の将来のビジョンは明確に描かれている。


「お言葉ですが、私は夢の為に目的を持って、日々行動しています。

その事を適当にした覚えはありません。

ですが、婚約や結婚は私にとっては瑣末な事。

だから条件で選んだのですが、間違っていますか?」


「ーーー確かに、そうだったな。

変な事を言ってしまった。

・・・すまない」


そう言って謝る彼の顔が、またしても少し寂しそうに見えた。


「アーベンスロット公爵令息様。

私達は運命共同体。

何かあれば、いつでも相談して下さい。

私も遠慮なくさせてもらいます」


すると、顔を上げた彼が呟いた。


「・・・それは、虫探しか?」


意外と鋭い彼に、私は微笑んだ。


「私の事を理解してくれて、ありがとうございます。

では早速、ナナフシの説明ですね」


意気込みを新たにした私に、彼は手を振った。


「ナナフシの説明はいらない。

以前聞いたし本も読んだので、ちゃんと理解している」


その言葉で彼が朝、勉学以外の本を読んでいた事を思い出した。


「流石、アーベンスロット公爵令息様ですね!

私は、貴方様のそういうところに好感を持ちます」


すると、彼の頬が緩んだ。


「ああ、ありがとう。

僕もこれで、心置き無くレゼラブル嬢の件を頼めるよ」


(えーっと、レゼラブルって確か・・・!?)


「え?面倒臭いレベルが全く違うのですが」


彼は足を組んでお茶に手を伸ばした。


「そうかな?

ナナフシも相当に面倒臭いと思うが」


「そんな事はありません!

ナナフシは見つけたら終わりですが、彼女はそうじゃないです」


「いいや、見つけるのが困難なナナフシだ。

まぁ、いい勝負、互角だな。

・・・それより、時間はいいのか?」


私はその言葉で時計に目をやった。

見ると、5時を回っている。


「良くないです!

では、行きますよ!」


そして二人で庭園へと向かったのであった。

私は彼に手袋と手持ちランプを渡す。


「では、見つけたら教えて下さいね」


私は彼の隣にある低木を隈なく探して行った。


(そろそろエサを食べる時間だから、動き出すと思うんだけど・・・)


すると、周りを見回していた彼が口を開いた。


「なんか、草がいっぱい生えているんだな?

・・・花は無いのか?」


「草は草でも薬草です。

父の研究で使うんですよ。

それより、ちゃんと目を動かして探して下さい」


「分かっている。

そう言えば、休み明けは結果発表だな」


私は枝を退けたり、葉の裏を見たりした。


「そうですね。

そう言えば、何で私に勝ちたいんですか?」


彼はランプを木に近付けて目を凝らしていた。


「・・・まぁ、なんだ。

声に出して言うのは恥ずかしいんだが、僕は今まで、誰かに劣る事はなかったんだ。

だから君に初めて負けた時、とても悔しかったのを覚えている。

そして、次こそはと頑張った一年間、結局君には勝てなかった。

そんな僕は、君に会いに行ったんだ。

そうしたら君は、学園の庭で網を振り回し、蝶を追いかけ回していた。

それを見た時の衝撃が、君には分からないだろう?」


(時系列的に、今年の4月頃だろう・・・)


確かに、蝶の鱗粉の研究をしていた。


「あれは遊んでいた訳ではありません。

研究で必要だったからです」


「・・・だがその時の僕は理由を知らないし、例え知っていたとしても、結局は同じ事を思っただろう。

暇さえあれば毎日勉学に向き合っている自分と、暇さえあれば網を振り回している君。

真剣に向き合ってきたからこそ、納得出来ないんだよ。

それに君は、僕の事を認識すらしていなかったろう?」


確かに、彼を知ったのはここ最近だ。

そしてあの頃の私の中では、いちいち絡んでくる面倒臭い人として存在していた。


「確かにそうかもしれません。

ですが、今は違います。

貴方様の努力も頑張りも、そして人柄も、私の中では、毎日上書きされています」


「ーーーそうか。

もしかしたら僕は、君に知って欲しかったのかもしれない。

君を負かそうと頑張る自分の事をね」


「では、今の私は貴方様を知っています。

賭けは必要ないですね」


「いいや、それとこれとでは話が別だ。

僕が勝ったら、三つ言う事を聞くんだぞ。

ーーーあっ。・・・いた」


「今思うと、三つって多くないーーー」


『ですか?』と言い終わる前に、彼は何の前触れもなく私の手を引いて耳元で囁いた。


「ナナフシがいた」


「え!?どこですか!?」


私は目を凝らして見つめた。


「これだ」


彼の指差した場所には、緑色の枝がぶら下がっている。

すると、動いたのだ。


「やった!見つけた!ありがとうございます!」


彼に礼を伝えた私は、剪定バサミで木の枝を切って、ナナフシを傷つけない様に箱へと入れた。


箱を両手で大事に抱えて屋敷へ戻ると、鬼の形相の母が待っていたのだ。


「キティちゃん?

貴女まさか、サイラスさんを虫取りに付き合わせたの?」


怒っている母になんて返して良いか分からない私は、箱をギュッと握りしめた。


すると、後ろにいた彼が話し始めたのだ。


「お久しぶりです。

本日は晩餐にご招待して頂き、ありがとうございます」


「サイラスさん、ようこそおいでくださって、嬉しい限りですわ。

それより、ごめんなさいね。

娘が虫取りに付き合わせちゃった様で」


「いいえ、僕が一緒に連れて行って欲しいと頼んだのですよ。

大変、楽しい時を過ごさせて貰いました」


『あら!そうだったの?』と私を見つめる母に、私はコクコクと頷いたのだ。


すると機嫌が直った母は、そのまま私達を食事室まで案内したのだった。


(・・・ふぅ、助かった。後で彼にお礼を言わなければ)


そんな私の中で、また彼の良いところを上書きしたのであった。


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