第25話 最下層
ダンジョンは暗い。カルロは光石をぶら下げて先頭を歩いていく。他の冒険者達も連日ダンジョンに潜っているために、浅い階層ではすでに鉱石が取れなかった。
「全然とれねぇじゃねえかよ!」
ジェドはヴァネッサの一件から機嫌が悪い。カルロの背中を蹴飛ばして鬱憤を晴らしていた。
取り巻きの女たちはおどおどしている。それでもなおジェドの腕にしがみついているが。
「おい、最下層に行くぞ」その言葉に女たちはジェドの顔を見る。
「危なくないですか?」女はジェドに尋ねる。
「大丈夫だって。俺たちは安全だよ。もしもの時は俺が助けてやるから」ジェドは女たちに微笑みかけた。彼女たちは安堵のため息を吐く。
「ちょっと待ってください」カルロは振り返り反対した。ジェドが睨みつける。
「てめぇに指図する権利はねぇんだよ。とっとと降りろ、カス!」
ジェドは怒鳴り、カルロに蹴りを入れた。
最下層にどんな魔物がいるかわからない。しかもダンジョンマスターが新たに生まれている可能性が高い。上層であれば強い魔物は探知して何とか逃げ切れたが、最下層ともなると探知する魔物すべてが強力な魔物だろう。
光石が階段を照らす。ゆっくりとカルロたちは階段を下りて行った。
ジェドの顔に笑みが浮かぶのをカルロは見ていなかった。
最下層についた。光石を壁に向けると反射する場所が多い。
「すげぇ! 宝の山じゃねぇか! おい、早く掘れクソオーク!」
ジェドは大声で命令する。探知すると近くに太刀打ちできない魔物がいるのがわかる。
カルロはびくびくしながらつるはしを振り下ろした。金属音が響く。つるはしの先が欠ける。持ち直して振り下ろす。
女たちがジェドにしがみついて震えている。
「ねえ、何か音がしませんか?」弓使いの女がジェドにささやいた。
カルロはすでに気づいていた。ものすごい速度でせまる魔物がいる。
カルロは必死につるはしを振り下ろす。ごろり。鉱石が一つ零れ落ちた。
急いで袋に入れるとジェドのもとに走った。
「逃げましょう、ここは危険です」
「だめだ。なに泣き言いってんだ、カス。女かお前は。早く掘れよ」
「ですが……」
「俺の命令に従ってればいいんだよ。オークの分際で意見すんじゃねぇ」
ジェドはカルロの肩を押した。カルロはよろめいて後ろに下がる。下唇を噛みながら、もといた場所に戻ろうとした。
目の前を影が横切る。
悲鳴が上がる。
「おいなんだありゃあ!」ジェドのわめく声が聞こえる。
カルロは光石を持ち上げ、影のほうへ向けた。
狼に似ている魔物だった。全身毛でおおわれているくせに、顔だけは毛が無く目もない。代わりに鱗がびっしりと生えていて、豚のような大きな鼻がその先端についている。鱗に亀裂が入り口が開く。よだれが糸を引いて落ちた。
魔物が地面を蹴る。こちらに向かってくる。
背後にいるジェドたちが階段のほうへ逃げていく。カルロは剣を引き抜いて防御の構えをとった。魔物が突進してくる。剣の腹で魔物の鼻を受けとめる。
鈍い音。
剣が折れてしまった。突進は続く。カルロは衝撃で飛ばされ、地面に倒れこんだ。
咳き込み、柄だけ残った剣を捨てるとジェドたちを追う。
上層へ続く階段に足をかけた。
瞬間、目の前にジェドが現れた。手には剣を持っている。
ジェドの口角が上がる。今日、ヴァネッサの前で頭の布を取り払った時と同じ顔だ。
カルロは恐怖した。
「おいオーク。お前、囮になれ。最期ぐらい役に立てよ」
剣が鎧の隙間から侵入し、左脚に突き刺さった。
カルロは叫び、その場に倒れこむ。光石に照らされた地面に真っ赤な血が広がっていく。
「この剣は餞別だ。なるべく長くあがいてくれよな」
ジェドの笑い声が階段を上っていく。
痛みが全身を駆け巡る。左脚が燃えるように熱い。太ももに力が入らない。筋肉が断ち切られている。カルロは腕だけで階段を上る。
と、背後に魔物が迫る音を聞いた。まずい。あの速度では背中から食われる。
どうする。カルロは左脚に刺さる剣を見下ろした。
やるしかない。
剣の柄を握り、何度も深呼吸する。歯を食いしばる。
「ぐ、ぐあああああぁぁ」叫び声をあげ、剣を引き抜いた。おびただしい血があふれる。涙が自然と頬を伝う。呼吸を荒げて喘ぎながら、カルロは上体を起こし、地面に座ったまま血に濡れた剣を構えた。
光石で前方を照らす。
影が横切る。
――かかってこい。
顔を鱗におおわれた狼もどきが光のなかに現れる。突進してくる。
カルロは叫び、剣を突き出した。
魔物の口が開く。並んだ歯が光る。
カルロは剣を魔物の喉奥に突っ込んだ。魔物は悲鳴を上げて口を閉じる。両腕に歯が食い込む。
「ああああああぁぁぁぁぁ」
ものすごい力で挟み込まれ、腕がきしむ。引き抜こうとするが、できない。魔物は死の淵にいるが、まだ生にしがみついている。腕を挟む力がさらに増す。魔物は首を振る。
鈍い音がする。
カルロは絶叫した。
両腕が鎧とともに折れた。歯はさらに食い込み、肘から先が持っていかれる。狼もどきは最後に一振り首を大きく振って、カルロの両腕を完全に噛み千切る。
一瞬、意識が飛ぶ。痛みが消え、痛みが襲う。
目の前が真っ赤になる。魔物は最後の力を出し切ったのか、口からカルロの両腕を見せながら死んでいる。階段を滑り落ちていく。
――腕が……腕が、ちくしょう。
痛みに襲われ、何度も気を失う。ヴァネッサの顔が浮かぶ。
生きなければ。
カルロは肘を地面について階段を上り始めた。右足で地面を蹴り、両肘で登っていく。地面につくたびに吐き気が襲う。痛みが体を貫く。
何度も嘔吐しながら、階段を上っていく。
それも、長くは続かなかった。
目の前が真っ暗になっていく。はじめは光石を落としたのだと思ったが違う。
何も見えない。
痛みがだんだん遠ざかっていく。
ヴァネッサ……。
抱きしめたときの温もりを思い出す。髪の感触。笑った時の声。
カルロは最期に微笑んだ。




