第24話 ヴァネッサは目を治す
数日が経った。カルロは露店に出向くことがなくなった。きっともうあそこに露店を出してはいないだろうという気持ちもあったが、多くはもう目を治してもらっているのではないかという不安からだった。
見られたくない。怪物だと思われたくない。
さよならを言えないのが心苦しいが、さよならを言ってしまったら理由まで言わなければならなくなる。これでいいんだ。カルロはまた、多くのことをあきらめていた。
ギルドでは今日のダンジョンについてジェドが無駄に大きな声で演説していた。パーティメンバーの女たち(この前とは違う)はほとんど体を預けるように彼に密着してその話を聞いていた。カルロはと言えば、テーブルの向かいに座り彼の話を聞くともなしに聞いていた。
両手を広げ、鉱石を売り払った後の散財方法を叫んでいたジェドがいきなり黙り込んだ。彼の視線はカルロの後方に向けられている。
「あんな可愛い娘、このギルドにいたっけ? クエストを頼みに来たのかな?」
ジェドは立ち上がると、両脇の女の肩をさすり、カルロの後方へと歩いて行った。カルロはぼーっとテーブルの木目を眺めている。ヴァネッサはどうしているだろうか。
「何かお困りですかな」ジェドの気取った声が聞こえる。
「あの、カルロさんという方はいらっしゃいますか?」
カルロはびくっと体を震わせた。振り返りそうになるが我慢する。
その声はヴァネッサのものだった。
どうしてここにいるんだ。
カルロはいつか、自分の所属するギルドについて話したことを思い出す。しまった。あの頃は目が治るなんて思っていなかった。こんなことになるなら話さなければよかった。
カルロはうなだれた。どうにか気付かれずに済みたかった。
「カルロ? カルロ……カルロ……」
ジェドはその名前の主を思い出そうとしている。
やめろ、話さないでくれ。カルロの思いは届かない。
「ああ、オークのことか」
思い出したように彼はつぶやいた。
「今なんと?」
ヴァネッサの訝しげな声が聞こえる。
「こいつですよ、こいつ。おい! オークこいよ」
カルロは黙ってうつむいたまま動かなかった。前に座ったままのパーティの女たちがくすくすと笑っている。ギルド内の人間全員から視線が向けられているのではないか、そう感じた。まわりの人間も忍び笑いを浮かべている。
しびれを切らしたのかジェドは近づいてきて、カルロの肩をつかみ立ち上がらせた。
「早く来いって言ってんだろ!」
その顔は状況を面白がっているように笑っていた。カルロは立ち上がると、ヴァネッサのもとに連れていかれた。
「ああ、カルロさんですか。そうですよね」
「……はい」
カルロは視線をそらしてつぶやいた。
できることなら会いたくなかった。あの日、彼女を抱きしめたあの日別れたまま、あのままでいたかった。
「見てください。目が治ったんですよ。やっとあなたの姿を見ることができました」
ヴァネッサが嬉しそうに話す。
ジェドの口角がひん曲がった。
「やあ、それはおめでとうございます。よかったですねぇ」
ジェドはそういうとカルロの頭にかぶせられた布をつかんだ。
「じゃあちゃんと顔を見てやらないと!」
カルロが気づいたときにはすでに遅い。ジェドは布を取り去った。素顔があらわになってしまう。
小さな悲鳴。忍び笑いが聞こえる。
「気持ち悪い」
「やっぱりオークとのハーフだろあれは」
ギルドメンバーの心無い声が聞こえる。ジェドは腹を抱えて笑い、
「醜いですよねぇ。こんなのに会いに来たんですかぁ?」
そうヴァネッサに尋ねた。
カルロはため息をついてヴァネッサを見た。ヴァネッサは目を見開いて、カルロの顔を見ている。
今にその口が悲鳴を上げる。今までこんな人間と話していたのか、抱きしめあってしまったのか、ヴァネッサはそう考えるだろう。
しかし、カルロの予想は外れた。
「何がそんなに面白いんですか! 私の恩人を侮辱しないでください!」
ヴァネッサは叫んだ。その目には涙を浮かべていた。カルロは驚き、口を開けた。
心に絡みついていた毒々しい思いがほぐれていく。朝が来る。太陽の暖かさが心を癒していく。
予想外だったのはジェドも同じようだ。いかにも興がさめたような顔をして、それから、カルロを睨み舌打ちをした。
「カルロさん後日また会いましょう」
そういうとヴァネッサはジェドたちを睨みギルドを出ていった。
カルロは布を拾い頭に巻いた。自分が恥ずかしくなった。ヴァネッサがギルドにいる人間とおなじ人種だと考えていたことを心の中で深くわびた。
ジェドはカルロを睨み、それから、「行くぞ」と言って女たちを連れギルドをでた。




