第23話 最後の訪問
翌日も、カルロたちはダンジョンに潜っていた。ジェドは昨日とは違う女を両手に抱えて、敵が近くにいるにもかかわらず、ぺちゃくちゃと自慢話をして笑っていた。
カルロは集中できていなかった。昨日の一件から立ち直れていない。あと何日あの店に行けるだろう。もう行かないほうがいいのだろうか。いや、今日で最後にしよう。
そんなことを考えていたために一匹のゴブリンを後逸してしまった。
「まずい!」カルロが慌てて振り返る。
向かってきたゴブリンに驚いた女どもが悲鳴を上げた。ジェドは舌打ちをすると剣を抜いた。が、ゴブリンはするりとジェドの攻撃をかわし、剣を胸に突き立てる。ジェドと女たちは衝撃で後ろに倒れこんだ。
ゴブリンは何度も剣をふりおろす。
「うわぁぁぁあぁ」ジェドは情けない声を上げる。
しかし、彼の鎧はアイアンプレート。ゴブリンのなまくら刀など簡単にはじき返した。
カルロはあわてて彼らのもとに走る。ゴブリンをつかみ上げると壁に投げつけ、首をはねた。
「オーク! てめぇ何のつもりだ!」
ジェドは立ち上がるとカルロの背中を思いきり蹴り飛ばした。カルロは地面に倒れこむ。ジェドは容赦なく蹴りを入れた。
「何取り逃がしてんだよ! 俺の鎧に傷がついただろうが! いくらすると思ってんだ! くそ! 使えねぇオークが!」
カルロは頭を抱えて蹴りをしのいでいる。
「申し訳ありません。申し訳ありません」
最後に蹴りを腹に入れられ、カルロはうめいた。
「早く先に進みやがれクソが!」
ジェドが女のもとに戻ると、女たちは縋りつき、救ってくれた勇者のごとく彼を賞賛した。
ギルドに戻り、ジェドから分け前をもらおうとすると、彼は首を振って笑った。
「てめぇの分はねぇよ。当たり前だろ、仕事できねぇんだからよ」
拳が飛んでくる。カルロの布が赤く染まっていく。
「うぇ、気持ち悪い。とっとと失せろよクズ」ジェドは女たちのもとへ向かった。
怒りが火花のように散ったが、燃料はずぶ濡れで火がつく様子はない。ずぶ濡れなのは昨日のせいなのか、あきらめのせいなのか判別がつかない。
カルロはため息をつくとギルドを立ち去った。
昨日のことがあったとはいえ店員の目を気にせずポーションを買える場所はあそこしかない。今日で最後にしよう。そう思いながら路地裏に向かう。
悲鳴が聞こえる。ヴァネッサだ。カルロは走り出した。
「やめてください!」
「大人しくついて来いって。前から気になってたんだよ」
見えた。男3人がヴァネッサを連れ去ろうとしている。カルロは怒号を上げた。
「おい! やめろ! その人を放せ!」
声に気づいたヴァネッサは叫ぶ。
「カルロさん! 助けてください!」
男たちは露店を囲っている。一人の男がヴァネッサの腕をつかんでいる。豚みたいに鼻が上がっていて頬が垂れているくせに体は細い。
男たちが振り返る。カルロは豚とは別の男の肩をつかんだ。
「なんだ気色悪い! 向こう行けよおっさん」
肩をつかまれた男が小刀を抜いた。歯がかけているネズミみたいな顔をした男だった。奴は小刀をカルロではなくヴァネッサに向けた。
「へへ。知り合いなんだろ? どっか行けよ。殺されたいのか」
キューキューと笑い方までネズミみたいだ。ヴァネッサは小刀の感触を首に感じたのか硬直している。目を隠す布が濡れていく。小刀は切っ先が刺さっていた。血が流れ落ちる。
ジェドに対して散った火花とは比べ物にならない炎が心臓を焼いた。燃料が乾き、炎を増進させる。進行する炎は脳まで届き思考を焼き尽くす。
「放せと言っているんだ」
低い声でカルロは言った。
ゆっくりと頭の布を取り払う。歪み、ピンク色の皮膚がてかてかとした醜い顔があらわになる。眉のない目は奇妙に吊り上がり、呪いの顔は悪魔のように見えた。
男たちは悲鳴を上げた。ネズミは小刀を落とし、豚は腰が抜けて倒れこんだ。
「化物!」
豚を引きずるようにして彼らは逃げ去った。
ヴァネッサはうつむいてすすり泣いている。怒りの炎が消える。カルロはヴァネッサに駆け寄った。しゃがみ込んで首を見る。傷はそれほど深くないようだ。安堵のため息を吐く。
「大丈夫ですか? 首のほかにけがはありませんか?」
「ええ。大丈夫です。あの、ありがとうございました」
ヴァネッサは何度か鼻をすするとそういって頭を下げた。
「あのどうして彼らは逃げて行ったのですか」
「いえ、何でもないんですよ」
カルロはそういって、頭に布を巻きつけた。ヴァネッサはその音を聞いていたが、カルロは気にも留めなかった。
「商品が台無しになってしまいましたね」
カルロは割れたポーション瓶を片付けていく。
突然、ヴァネッサはカルロの胸に手を伸ばし、触れた。ペタペタと探るようにしてその手を背に回すと、体を近づけて抱擁した。カルロは驚いて身を硬くする。
「ヴァネッサさん?」
「怖くて……どうしていいかわかりませんでした。やっぱり見えないって怖いです。カルロさん。助けてくれてありがとうございました。ほんとに……ありがとうございました」
ヴァネッサは頬を濡らしてそういった。体が震えている。よほど怖かったのだろう。カルロは彼女の頭に手をのせて髪を滑らせ背までもっていくと、抱擁を返した。
「カルロさん体大きいですね」
ヴァネッサは涙声でそういうと笑った。
「これでもタンクですから」
「そうでしたね」
ヴァネッサが上を向いて背伸びをすると手を顔に伸ばした。カルロは驚いたが何もせずに見ている。ヴァネッサがのばした手は顔に触れる前に止まる。彼女はうつむいた。ヴァネッサは名残惜しそうに体を放した。
「すみませんいきなり」
「いえ……」
カルロは何と言っていいかわからなかった。顔が焼けるように火照っている。彼女も両手を頬に当ててうつむいていた。
「あの、……商品片付けるの手伝います」
「はい、……お願いします」
カルロはそのあと荒らされた露店の品物を整理して、いくつかポーションを買うと、店を後にした。
幸福が心を満たしたがそれは沈む瞬間に輝く太陽のようなもの。ヴァネッサは目が治ってしまう。きっともう二度と抱擁を交わすことも会話をするすらもできないだろう。
心に夜が訪れる。二度と明けない夜が。
もう二度と、あの露店にはいかない。そう心に決めてしまったのだ。




