第22話 露店のヴァネッサ
ギルドを出た後、カルロは街の隅にある魔術用品店にむかった。用品店と言っても露店である。路地裏と言ってもいい薄暗い場所にあるこの店を知るものは少ない。閉店間近のこの時間ならなおさらだった。
近づくと店主の女性が顔を上げた。
「いらっしゃい。その足音はカルロさんですね」
「ええ。今日もポーションを買いに来ました」
店主の女性はヴァネッサといった。彼女は元冒険者で魔法医師として活躍し、ランクも高かったようだ。当時は多くの男性に言い寄られたであろう美貌の持ち主で、おっとりとして大人しい印象を受ける。
様々なパーティから引く手あまただった彼女は、しかし、冒険者を辞めざるを得なかった。
理由はその目にあった。
彼女は目が見えない。あるクエストで起きた事故による負傷が原因だった。今では目に布を巻いて傷跡を隠している。
「今日のクエストはどうでした?」
「鉱石採取ですよ。いつもと同じです。ヴァネッサさんは今日どうでした」
彼女は微笑んでポーションを置いた。
「私もいつもと同じですよ。閑古鳥の鳴き声も聞き飽きました」
「よく効くポーションなんですけどね」
「あら、ありがとうございます。こんな身なりだから気味悪がって誰も店に入ってこないのかもしれませんね。いっそおばあちゃんのふりをすればいいのかしら。気味の悪さも極まれば魔術用品に信ぴょう性が出てくるかもしれませんしね」
そういうと彼女は笑った。
こんな他愛のない会話がカルロにとって日々の癒しになっていた。ヴァネッサだけは自分を怪物扱いしない。それは目が見えていないゆえのことではあったが、先入観なく会話のできる相手がいるという事実が彼にとって救いだった。
これほど楽しい時間はない。
カルロは頬を赤らめていた。ヴァネッサは特別な存在だ。想い慕う存在だ。いつか一緒になれたらと何度も考える。
しかしこの顔だ。
彼は自分の顔がこんな状態だとヴァネッサに告げたことはない。もし知られてしまったら、そう考えるだけで心臓がきつく絞られるように痛む。拒絶されるに違いない。
それゆえに、自分の想いを伝えることもできなかった。このような顔だと告げずに想いを伝えることなど道理に反すると思っていたからだ。
彼は本当のことを告げず、自分の想いすら告げずにこの貴重な時間を壊さないようにしてきた。
「そういえばライトナムに新しいギルドができたという話は聞きましたか?」
思い出したようにヴァネッサは言った。
「いえ、知りませんでした」
「なんでも、どんな冒険者も歓迎するギルドだとか。腕がなくても脚がなくても、それに、目が見えなくても」
ヴァネッサは布の上から目に触れるとつづけた。
「ギルド長が魔王を倒した伝説のパーティの方で、彼の回復魔法は人の四肢まで再生できるほど強力だという話です。それで、廃業者たちを治して冒険者として雇っているんですって」
カルロはポーションをしまいながらうなった。
「それは……本当なんでしょうか。どこか怪しい匂いがするのですが」
「ええ。私もはじめはそう思っていました。でも廃業者になった古い友人が右腕を取り戻してそのギルドに入ったと今日報告に来たんです。握手をすると確かに右腕は暖かく脈がありました」
誰かほかの人間を呼んで触れさせたのではないかと勘繰ったが、ヴァネッサは足音で人を判断できる。ほかの人間がいれば気づいたはずだ。
カルロは信じ始めていた。同時に危惧していた。
「私も、目を治してもらおうと思っています。友人が紹介してくれると、また冒険者をやろうとさそってくれたんですよ。数日後には治してくれるそうです」
この言葉を。
カルロはそのあと何を言ったのか覚えていない。
「そ………そうですか」
「おめでとうございます」
「それはよかった」
そんなことを言ったような気がする。気が付けば店を離れ、宿への道を歩いていた。
――ヴァネッサの望んでいたことだ。いいことじゃないか。
カルロは宿に戻ると布を外して顔に触れた。つるつるとした目の周り、つぶれた鼻、髪も頭頂部あたりまで焼けてなくなっている。
――俺だって治してもらいたい。
ヴァネッサは言っていた。ギルド長は四肢や目を治せると。やけどくらい簡単に治してもらえるだろう。
だが、しかし。
逆に考えれば、やけどごときで治してもらおうとするのは厚かましいにもほどがある。カルロは冒険者として生きていける。剣を振ることができる、荷物を持つことができる。
――俺は冒険者だ、廃業者じゃない。
呪われている。呪いのせいでこんな顔になっている。
カルロは涙をこぼして、ヴァネッサのことを想った。




