幕間:追々試
教室の扉が開いた。
白真ライトは、肩を落としたまま中へ入ってきた。
足取りは重い。
右手に抱えた小型端末には、試験結果を示す画面が開かれたままになっている。
中央に表示された判定は、合格。
ただし、その下に並ぶ数字は、合格基準をわずかに上回っただけだった。
「よぉ、ライト。追々試お疲れさん」
教室の奥から、蒼弐オズが片手を上げた。
労うような声ではない。
口元には、明らかに笑いを堪えている気配があった。
「うるせぇ」
ライトは鞄を自分の机へ放り出した。
空木サユが、手元の端末から顔を上げる。
「成績順位ではトウヤの方が下だったのに、先に抜けられてんじゃん」
「お前ら、戻ってきた奴に追い打ちかけんなよ!」
ライトの声が教室に響く。
少し離れた席では、瀬良トウヤが机に突っ伏していた。
すでに追試を終えている。
それも、一度目で。
「瀬良は追試で満点だったらしい」
塩井ノアが感心したように言った。
「頑張ったんだな」
トウヤは顔を上げない。
「……追々試とか、面倒だろ」
「はぁー?」
ライトの眉が跳ね上がった。
「普段の順位、俺の方が上だろ! なんで追試になった途端、満点取ってんだよ!」
「一回で終わらせたかったから」
「だったら最初からやれよ!」
「それは面倒だろ」
「どっちにしろ面倒じゃねぇか!」
サユが吹き出した。
オズも耐えきれなくなったらしく、椅子の背にもたれたまま肩を揺らしている。
ノアだけは、ライトがなぜ怒っているのか分からないように瞬きをした。
「結果的に二人とも合格したんだ。問題ないだろう」
「差があるんだよ! 満点突破とギリギリ突破じゃ、気持ちの上で!」
『その差が嫌なら、次は最初から勉強しようね』
教室前方のモニターから、明るい声が飛んできた。
機律イドが頬杖をつき、こちらを見ている。
いつから聞いていたのかは分からない。
だが、シンギュラリ・シティでは気にするだけ無駄だった。
『テスト期間だって何度も伝えたのに、毎日遊んでたからでしょ? 自業自得だよ』
「オズも一緒に遊んでたろ!」
『オズは全科目満点だよ』
「はぁ? ずるじゃん!」
ライトがオズを指さす。
オズは椅子に深く腰を預けたまま、面倒そうに眉を上げた。
「……課題の理解をする前に遊ぶ奴が悪くないか?」
「理解した上で遊んでた奴に言われたくねぇ!」
「じゃあ先に理解すればよかっただろ」
「できたら赤点取ってねぇよ!」
ライトは今度こそ助けを求めるようにノアを見る。
「ノアもなんか言ってくれよ!」
「予習復習に、もっと時間を割いてはどうだろう」
「俺にじゃないよ!」
再び笑い声が広がった。
ライトは力なく椅子へ座り込み、そのまま机へ突っ伏した。
「もう帰りたい……」
『その前に、追々試の振り返りがあるよ』
「鬼」
『誰が?』
「なんでもないです」
イドは満足そうに笑った。
ライトは顔を机につけたまま、隣のオズへ視線だけを向ける。
「お前ら寮組はいいよな。親にうるさく怒られないもんな」
「たしかに親はそばにいないが、寮はイドの管理下だぞ」
ノアが淡々と答えた。
ライトは数秒考えたあと、すぐに首を振る。
「前言撤回。親の方がいいわ」
机に突っ伏していたトウヤが、ぼそりと言った。
「……どうせ家の中も見られてるだろうが」
ライトの動きが止まる。
ゆっくりと、前面モニターを見る。
「イドさーん。俺のプライベート、覗かないでね?」
『もっと口うるさくしてほしいってこと?』
「言ってません」
「ライトの味方、どこにもいないみたいね」
サユが笑った。
ライトは深く息を吐き、端末の画面へ目を戻した。
表示されているのは、追々試の科目別結果。
基礎数学。
都市構造学。
環境管理。
世界史。
その中でも、世界史の数字だけが露骨に低い。
イドの目が、そこへ向いた。
『それにしても、ライト』
「まだなんかあんの?」
『世界史の点数、低すぎだね』
「だって、覚えること多いんだよ」
『暗記するだけじゃなくて、流れを理解しないと』
「流れって言われてもさ」
ライトは端末を指先で弾いた。
「世界、滅んだんでしょ?」
教室に残っていた笑い声が、少しだけ静かになった。
モニターの中で、イドは変わらず笑っている。
『そうだね』
その返事は、朝の挨拶と同じくらい軽かった。
『正確には、人類が自分たちで壊したんだけどね』




