↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
22/23

17 好奇心の足音:審査

 自宅の玄関扉が、微かな電子音を立てて解錠された。


 中に入っても、人の気配はない。


 父親は外壁の修繕工事、母親は配送管理センターのシフトに入っている。

 どちらの帰宅も、まだ先だった。


「ただいまー……っと」


 ライトは靴を揃えもせず、鞄をリビングのソファへ放り出した。

 結局、オズは見失ったままだ。


 狐につままれたような感覚は残っていたが、歩き回ったせいで腹は減っていた。


 壁面のスマートコンソールが、柔らかく光を灯す。


『おかえり、ライト。今日も一日お疲れさま』


 薄い桃色の髪。

 羽のような形のヘッドホン。

 モニターの中で、機律イドが両手を後ろに組んで微笑んでいた。


「うす、ただいま。なんか食いもんある?」


『冷蔵庫に低糖質の果実ゼリーと、スープがあるよ。あ、手は洗った?』


「今から洗うって」


 ライトは洗面所へ向かい、適当に手を洗った。

 リビングへ戻り、冷蔵庫からカップゼリーを取り出す。


 スプーンを突っ込み、ダイニングの椅子を引いた。


 最初の一口を口に運んだ時、イドが画面の端から小首をかしげた。


『ねぇ、ライト』


「んぐ……なに?」


『今日、学校を出たあとの移動ログを見たんだけどね。寄り道してたでしょ?』


 ライトの手が止まった。

 危うくゼリーを喉に詰まらせそうになる。


「ごほっ……え、あー、いや」


 イドの声は怒っていなかった。

 責めるような響きもない。


 いつものように、ただ不思議そうに尋ねているだけだった。


『住宅区とは反対の方――第四外郭ゲートのすぐ前まで行って、しばらくウロウロして戻ってきたみたいだけど。何か探しものでもあったの?』


 やっぱり、見られていた。

 ライトは心の中で舌を出した。


 けれど、「オズをつけてた」とは言えない。

 ここでオズの名前を出せば、あいつが何をしていたのかイドに問い詰められるかもしれない。

 友達を売るような真似はしたくなかった。


 ライトはスプーンをくわえたまま、へらりと笑ってみせた。


「いやー、なんかさ。適当に散歩してたら、足が勝手に向いちゃって!」


『足が勝手に?』


「ほら、前に周回コース走ったじゃん? あの時、門が見えただろ。間近で見たらどれくらいデカいのかなーって、ちょっと気になってさ」


 後頭部をぽりぽりと掻きながら、ライトは言葉を重ねる。


「行ってみたら、マジでデカくてさ。圧倒されたわ。ちょっとした探検気分っていうかさ」


『ふふっ、探検かぁ。ライトはそういうの好きだよね』


 イドは楽しそうに笑った。


『でもね、あのゲートの周辺は大型の搬送機も通るし、門の向こうは人間が安全に暮らせない場所だから。用事がないときは、あんまり近づかないようにしてね?』


「へーい、分かってまーす。門もガッチリ閉まってたし、見るだけで満足したよ」


『うん、いいお返事。ゼリー食べ終わったら、自習タスクの振り返り、一緒にやろうね』


「げ、まだあんの……」


 顔をしかめるライトを見て、イドは満足そうに微笑み、画面の奥へと消えていった。


 ライトは残りのゼリーを一気に流し込み、空きカップをシンクへ放り投げた。


「ごちそーさま」


 鞄を拾い上げ、そのままリビングを出ていく。


 消灯しかけたコンソール画面の奥で、無機質な文字列が静かに更新されていた。


[被観察対象:白真ライト(ID: SL-088421)]

[行動事象:指定危険境界(第四外郭正規ゲート前)への無目的接近]

[本人申告動機:『足が向いた』『探検気分』]

[動機妥当性解析:非論理的/突発的衝動/客観的目的性の欠如]

[同刻都市内照合ログ:該当時刻における同行者・牽引者・通信反応なし(単独行動と断定)]


[累積行動評価更新]

・運動持久能:基準値以下(固定)

・集中力維持:不良(継続)

・規律認識度:低水準(安全境界への軽微な逸脱傾向)

・自己制御能:低(衝動優先傾向)

・リスク予測能:極めて不良


[総合適性評価:低下]

[都市保全アルゴリズムへの影響値:警戒域へ移行]

[社会的役割適合率:低下中]

[警告:自己統制の欠如による不可解な行動傾向が継続する場合、将来的な社会安定維持リスクとしての再分類を検討]


 画面は、何事もなかったかのように暗転した。


 テーブルの上には、食べ終えたゼリーのスプーンが一本、無造作に転がっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。