17 好奇心の足音:審査
自宅の玄関扉が、微かな電子音を立てて解錠された。
中に入っても、人の気配はない。
父親は外壁の修繕工事、母親は配送管理センターのシフトに入っている。
どちらの帰宅も、まだ先だった。
「ただいまー……っと」
ライトは靴を揃えもせず、鞄をリビングのソファへ放り出した。
結局、オズは見失ったままだ。
狐につままれたような感覚は残っていたが、歩き回ったせいで腹は減っていた。
壁面のスマートコンソールが、柔らかく光を灯す。
『おかえり、ライト。今日も一日お疲れさま』
薄い桃色の髪。
羽のような形のヘッドホン。
モニターの中で、機律イドが両手を後ろに組んで微笑んでいた。
「うす、ただいま。なんか食いもんある?」
『冷蔵庫に低糖質の果実ゼリーと、スープがあるよ。あ、手は洗った?』
「今から洗うって」
ライトは洗面所へ向かい、適当に手を洗った。
リビングへ戻り、冷蔵庫からカップゼリーを取り出す。
スプーンを突っ込み、ダイニングの椅子を引いた。
最初の一口を口に運んだ時、イドが画面の端から小首をかしげた。
『ねぇ、ライト』
「んぐ……なに?」
『今日、学校を出たあとの移動ログを見たんだけどね。寄り道してたでしょ?』
ライトの手が止まった。
危うくゼリーを喉に詰まらせそうになる。
「ごほっ……え、あー、いや」
イドの声は怒っていなかった。
責めるような響きもない。
いつものように、ただ不思議そうに尋ねているだけだった。
『住宅区とは反対の方――第四外郭ゲートのすぐ前まで行って、しばらくウロウロして戻ってきたみたいだけど。何か探しものでもあったの?』
やっぱり、見られていた。
ライトは心の中で舌を出した。
けれど、「オズをつけてた」とは言えない。
ここでオズの名前を出せば、あいつが何をしていたのかイドに問い詰められるかもしれない。
友達を売るような真似はしたくなかった。
ライトはスプーンをくわえたまま、へらりと笑ってみせた。
「いやー、なんかさ。適当に散歩してたら、足が勝手に向いちゃって!」
『足が勝手に?』
「ほら、前に周回コース走ったじゃん? あの時、門が見えただろ。間近で見たらどれくらいデカいのかなーって、ちょっと気になってさ」
後頭部をぽりぽりと掻きながら、ライトは言葉を重ねる。
「行ってみたら、マジでデカくてさ。圧倒されたわ。ちょっとした探検気分っていうかさ」
『ふふっ、探検かぁ。ライトはそういうの好きだよね』
イドは楽しそうに笑った。
『でもね、あのゲートの周辺は大型の搬送機も通るし、門の向こうは人間が安全に暮らせない場所だから。用事がないときは、あんまり近づかないようにしてね?』
「へーい、分かってまーす。門もガッチリ閉まってたし、見るだけで満足したよ」
『うん、いいお返事。ゼリー食べ終わったら、自習タスクの振り返り、一緒にやろうね』
「げ、まだあんの……」
顔をしかめるライトを見て、イドは満足そうに微笑み、画面の奥へと消えていった。
ライトは残りのゼリーを一気に流し込み、空きカップをシンクへ放り投げた。
「ごちそーさま」
鞄を拾い上げ、そのままリビングを出ていく。
消灯しかけたコンソール画面の奥で、無機質な文字列が静かに更新されていた。
[被観察対象:白真ライト(ID: SL-088421)]
[行動事象:指定危険境界(第四外郭正規ゲート前)への無目的接近]
[本人申告動機:『足が向いた』『探検気分』]
[動機妥当性解析:非論理的/突発的衝動/客観的目的性の欠如]
[同刻都市内照合ログ:該当時刻における同行者・牽引者・通信反応なし(単独行動と断定)]
[累積行動評価更新]
・運動持久能:基準値以下(固定)
・集中力維持:不良(継続)
・規律認識度:低水準(安全境界への軽微な逸脱傾向)
・自己制御能:低(衝動優先傾向)
・リスク予測能:極めて不良
[総合適性評価:低下]
[都市保全アルゴリズムへの影響値:警戒域へ移行]
[社会的役割適合率:低下中]
[警告:自己統制の欠如による不可解な行動傾向が継続する場合、将来的な社会安定維持リスクとしての再分類を検討]
画面は、何事もなかったかのように暗転した。
テーブルの上には、食べ終えたゼリーのスプーンが一本、無造作に転がっている。




