↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/23

18 好奇心の足音:境界

 翌日も、学校の空気は何一つ変わらなかった。


 白を基調とした教室の前面モニターには、いつも通り機律イドの笑顔が浮かんでいる。

 朝の体調チェック。

 本日のカリキュラム。

 適性スコア向上のための推奨学習項目。


 すべてが予定通りに、誤差なく進んでいく。


「……あー、ねむ」


 ライトは頬杖をつき、手元の端末をつついた。

 画面には、昨晩イドと一緒に終わらせた自習タスクの評価が表示されている。


 イドは怒らなかった。

 お説教らしいお説教もなかった。

 ただ、門の近くへ行った理由を尋ねられ、適当に誤魔化しただけだ。

 オズのことを言わなかったのは、やっぱり正解だった。


 ちらりと、斜め前を見る。

 オズは端末に向かい、淀みなく数式を打ち込んでいた。

 誰が見ても、集中して授業を受けている模範生そのものだった。


 けれど、昨日あの門の前で消えたのは事実だ。


 オズのさらに向こうでは、ノアが背筋を伸ばしてノートを取っている。

 サユは真面目に課題を解き、一番後ろではトウヤが机に突っ伏していた。


 いつもの教室。

 いつもの退屈。


 それなのに、胸の奥の引っかかりだけが消えなかった。



 放課後。


 終業のチャイムが鳴ると同時、オズは手早く端末を鞄に収めた。


「じゃ、俺ちょっと用事あるから」


 ノアやサユが声をかける間もなく、オズは席を立つ。


「またかよ」


 ライトが声をかけると、オズは教室の扉の前で一度だけ振り返り、片手をひらりと振った。


「自主学習だよ。復習は大事だろ?」


 それだけ言って、廊下へ出ていく。


「あいつ、絶対自主学習なんかしてないわよね」


 サユが呆れたように息を吐く。


「前回の小テストも満点だった。復習の必要性自体は僕も認めるが……彼の行動には一貫性がない」


 ノアが淡々と告げ、鞄を閉じる。

 トウヤは机に突っ伏したまま、腕の位置を少しずらしただけだった。


「……なあサユ、俺ちょっと購買寄ってから帰るわ!」


 ライトは鞄を掴み、教室を飛び出した。


「え、ちょっとライト!? 購買は反対側でしょ!」


 サユの声を背に受けながら、足を速める。



 校舎を出て、連絡通路を駆け下りる。

 校門へ向かう生徒たちの向こうに、白いパーカーの背中が見えた。


 オズだった。

 昨日と同じ、外周区画へ向かう路地へ折れていく。


 昨晩の注意は、もう頭になかった。


 ライトは距離を取り、物陰を縫うようにして追った。


 白い建物が途切れ、防護フェンスが続く外郭区画へ入る。

 人の姿が消える。

 頭上を自動巡回ドローンが通り過ぎたが、オズは歩調を崩さない。


 やがて、シンギュラリ・シティ第四外郭ゲートが見えてきた。


 オズは昨日と同じように、搬入用デッキの影へ回り込む。


 ライトは息を殺し、デッキの角へ駆け寄った。

 壁から顔を出す。


 ――けれど。


「……は?」


 そこには、誰もいなかった。


 吹き抜ける風の音だけが鳴っている。

 足元にも、物陰にも、人影はない。

 あるのは見上げるほど高い外郭壁と、分厚い金属の門だけだった。


「嘘だろ……」


 ライトはデッキの周囲を探し回った。

 隠れる隙間もない。

 飛び越えられる段差もない。


 昨日もここで消え、今日もここで消えた。


「……消えた?」


 ライトは口を開けたまま、巨大な外郭ゲートを見上げた。


 高さ二十メートルの壁。

 都市の内と外を分ける門。


 ふと、イドの言葉が頭をよぎる。


『門の向こうは、人間が安全に暮らせない場所だから』


 外には何もない。

 世界は滅んでいる。

 そう教えられてきた。


 けれど。

 あいつ、まさか。


 ライトの目が、ゲート脇の操作コンソールへ向いた。


 この街では、外への出入りは禁止されていない。

 申請さえすれば、一般市民でも開けられるはずだった。


 これは、開くのだろうか。


 ライトはコンソールの前へ歩み寄った。


 端末を取り出す。

 認証パネルにかざす。


 ピッ、と乾いた電子音が鳴った。


 モニターが青白く光り、文字が浮かび上がる。


《外郭外縁環境:汚染警戒レベル》

《生命維持の保証はありません。都市防衛プロトコルによる保護対象外地域となります》

《それでも退出しますか?》


 画面の中央に、二つの選択肢が表示されていた。


[はい] [いいえ]


 審査中の表示はない。

 引き止める声もない。


 文字だけが、静かに明滅している。


 ライトの指先が、画面の上で止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。