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02 そこにいることになっている:昼休み

 昼休みの終わり際。


 ノアはオズの机の前に立っていた。


「蒼弐。朝のあれは何だ」


 問いかける声は、朝よりもさらに低かった。


 教室の中には、買ってきた栄養ゼリーの味に文句を言っているライト。

 サユはその横で昼食の片づけをしていた。

 トウヤは、いつも通り机に突っ伏している。


 けれど、誰もがふたりを気にしていた。


「何って」


「誤魔化すな。出席ログと実際の入室時刻が一致していなかった」


「よく見てるな」


「見ればわかる」


 ノアの指先が、手元の端末を軽く叩く。

 画面は伏せられていて、周囲からは見えない。


「位置情報を偽装したのか」


 ライトが、途端に顔を上げた。


「え、やっぱなんかズルしたのか?」


「声でかい」


 サユがライトの頭を軽く押し戻す。

 ライトは「いて」と言いながらも、興味津々といった顔のまま身を乗り出していた。


 オズは椅子の背にもたれ、窓の外へ視線を向けた。

 整った校庭。

 均一に刈られた芝生。

 その向こうに、白い外郭壁が見える。


「もうやらねーよ」


 ひらひらと、面倒くさそうに手を振る。


「そういう話じゃない」


「じゃあどういう話だよ」


「イドを欺く行為だ」


 その言葉に、周りの空気が一瞬だけ固まった。


 教室前方のモニターには、次の授業準備画面が静かに流れている。

 今はイドの顔は映っていない。

 それでも、誰もが少しだけ声を落とした。


 オズは手を下ろした。


「……大げさだな」


「大げさではない」


「記録上は問題なかった」


「蒼弐」


「だから、もうやらねーって」


 オズはもう一度、手をひらひらさせた。


 ノアは納得していなかった。

 その眉間には、普段より深く皺が寄っている。


「君は、そうやっていつも境界線を試そうとする」


「境界線?」


「規則の外側を、だ」


 オズは、少しだけ笑った。


「規則の外側に出た覚えはないけどな」


「なら、なぜ説明を避ける」


「説明すると長くなる」


「短く言え」


「もうやらない」


「それは説明ではない」


 ライトが吹き出した。

 サユが肘で小突く。


「笑うとこじゃないでしょ」


「いや、なんかノアが先生みたいでさ」


「実際、先生より怖い時あるからね」


「聞こえているぞ」


 ノアが二人に視線を向ける。

 ライトとサユは、同時に口を閉じた。


 机に突っ伏したまま、トウヤがぼそりと言った。


「やるなら、バレないようにやってくれよ……」


 オズの視線が、少しだけトウヤへ向く。


 トウヤは顔を上げない。

 長い襟足が、頬の横に落ちていた。


「朝、誰も教室に出入りしてない時に、端末が変な音してた。あれ、オズの信号だけ先に来た音だろ」


 ライトがぽかんとした。


「お前、起きてたのかよ」


「寝てた」


「寝てたのにわかんのかよ」


「うるさかったから」


 サユが呆れたように肩を落とす。


「ほんと、あんたたち全員めんどくさい」


 その時、チャイムが鳴った。


 ノアはまだ何か言いたげだったが、授業開始の音はこの都市では軽い命令と同じだった。

 席に戻らない理由にはならない。


「蒼弐」


「もうやらねーって」


「……信じていない」


「だろうな」


 オズは前を向いた。


 ノアはしばらくその横顔を見ていたが、やがて何も言わず自分の席へ戻った。


 モニターに、イドの顔が映る。


『おまたせ、みんな。午後もがんばろうね』


 明るい声。

 軽い笑顔。


 誰も、朝の話はしなかった。

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