01 そこにいることになっている:教室
教室の前面モニターに、五つの名前が並んでいた。
蒼弐オズ。
塩井ノア。
空木サユ。
白真ライト。
瀬良トウヤ。
そのすべてに、青いチェックマークが灯っている。
『おはよ、みんな。今日も全員そろっててえらいね』
モニターの中で、機律イドが笑っていた。
薄い桃色の髪。
羽のような形をしたヘッドホン。
年下の少女のような姿で教師のように振る舞っているのに、誰も不自然だとは思わない。
機律イドは、教室の前に時計があるのと同じくらい、そこにいるのが当たり前だった。
シンギュラリ・シティの朝は、いつも彼女の声から始まる。
起床時刻。
食事量。
体温。
睡眠深度。
その日の授業予定。
通学路の混雑。
昨日の小テストの振り返り。
面倒なことは、だいたいイドが先回りしてくれる。
間違えないように。
迷わないように。
不快にならないように。
それが、この街の普通だった。
塩井ノアは背筋を伸ばしたまま、手元の端末に視線を落としていた。
空木サユは頬杖をつき、隣で何やら騒いでいる白真ライトの方を半眼で見ている。
瀬良トウヤは、机に突っ伏していた。授業が始まる前から、すでにやる気が床まで落ちている。
そして、窓際の後ろから二番目。
蒼弐オズの席だけが、空いていた。
「なあ、イド」
ライトが片手を上げた。
質問というより、暇つぶしの声だった。
『どうしたの、ライト』
「全員そろってるって言ったけどさ。オズいなくね?」
サユが、そこでようやく空席へ目を向けた。
「……ほんとだ」
ノアの指が端末の上で止まる。
顔は上げない。
だが、その目だけが一瞬だけ鋭くなった。
『うん。オズはいるよ』
イドは、当然のように言った。
ライトは口を半開きにしたまま、空席とモニターを見比べる。
「いや、いないだろ。俺にも見えねぇタイプのオズ?」
『見えないタイプのオズってなに?』
「俺が聞きたい」
サユが呆れたように息を吐いた。
「朝から何言ってんのよ」
『でも、在室信号は正常だよ。蒼弐オズ、午前八時二分、教室内に入室。授業開始時点でも継続して在室中。遅刻なし。うん、優秀優秀』
「じゃあ、あの空席に座ってる透明な何かはオズってこと?」
『透明な何かは記録されてないかなぁ』
「じゃあ、いないじゃん」
ライトが笑う。
その笑い声は軽かった。
けれど、ノアだけは笑わなかった。
教室の前方では、イドが変わらずに笑っている。
何かがおかしい。
だが、おかしいものを、システムはおかしいと判断していない。
ノアは端末の画面を切り替えた。
教室在室ログ。
一覧の中に、蒼弐オズの名前がある。
確かに、授業開始より前から。
ノアは眉をひそめた。
その時、教室の扉が開いた。
遅れて入ってきた蒼弐オズは、悪びれる様子もなく教室へ足を踏み入れた。
黒い髪。
白いパーカー。
青を基調としたテックウェア。
何事もなかったような顔で、自分の席へ向かっていく。
「お、オズ。遅刻じゃねーの?」
ライトが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
オズは足を止めない。
「……いや、ちゃんと出席していたぜ」
「はぁ?」
ライトの声が、間の抜けた形で教室に落ちた。
サユも眉を寄せる。
「いや、今来たでしょ。どう見ても」
「見方の問題だな」
「そういう問題じゃないと思うけど」
ノアが静かに立ち上がった。
「蒼弐」
低い声だった。
怒鳴っているわけではない。
だが、許していないことだけはわかった。
「出席記録は、授業開始時点からついている。だが、君は今入室した」
「じゃあ、遅刻じゃないな」
「そういう話ではない」
ライトがさらに顔を出す。
「え、なにそれ。マジでどういう――」
そこで、オズが口元に人差し指を立てた。
「しーっ」
教室の空気が、少しだけ薄くなった。
オズは、前面モニターをちらりと見た。
機律イドは、いつものように笑っている。
『ん? どうしたの、みんな。内緒話?』
明るい声だった。
友達みたいに、軽い声だった。
だからこそ、誰もすぐには返事をしなかった。
「なんでもない」
オズは自分の席に腰を下ろした。
「あとで説明する」
『そっか。じゃあ授業続けるね。内緒話は、休み時間にほどほどにね』
イドは笑った。
何も気にしていないように。
何も知らないように。
その顔を見て、オズは机の下で小さく指を鳴らした。
端末の奥で、ひとつの仮想信号が静かに消えた。




