↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/21

01 そこにいることになっている:教室

 教室の前面モニターに、五つの名前が並んでいた。


 蒼弐オズ。

 塩井ノア。

 空木サユ。

 白真ライト。

 瀬良トウヤ。


 そのすべてに、青いチェックマークが灯っている。


『おはよ、みんな。今日も全員そろっててえらいね』


 モニターの中で、機律イドが笑っていた。


 薄い桃色の髪。

 羽のような形をしたヘッドホン。

 年下の少女のような姿で教師のように振る舞っているのに、誰も不自然だとは思わない。


 機律イドは、教室の前に時計があるのと同じくらい、そこにいるのが当たり前だった。


 シンギュラリ・シティの朝は、いつも彼女の声から始まる。


 起床時刻。

 食事量。

 体温。

 睡眠深度。

 その日の授業予定。

 通学路の混雑。

 昨日の小テストの振り返り。


 面倒なことは、だいたいイドが先回りしてくれる。

 間違えないように。

 迷わないように。

 不快にならないように。


 それが、この街の普通だった。


 塩井ノアは背筋を伸ばしたまま、手元の端末に視線を落としていた。

 空木サユは頬杖をつき、隣で何やら騒いでいる白真ライトの方を半眼で見ている。

 瀬良トウヤは、机に突っ伏していた。授業が始まる前から、すでにやる気が床まで落ちている。


 そして、窓際の後ろから二番目。


 蒼弐オズの席だけが、空いていた。


「なあ、イド」


 ライトが片手を上げた。

 質問というより、暇つぶしの声だった。


『どうしたの、ライト』


「全員そろってるって言ったけどさ。オズいなくね?」


 サユが、そこでようやく空席へ目を向けた。


「……ほんとだ」


 ノアの指が端末の上で止まる。

 顔は上げない。

 だが、その目だけが一瞬だけ鋭くなった。


『うん。オズはいるよ』


 イドは、当然のように言った。


 ライトは口を半開きにしたまま、空席とモニターを見比べる。


「いや、いないだろ。俺にも見えねぇタイプのオズ?」


『見えないタイプのオズってなに?』


「俺が聞きたい」


 サユが呆れたように息を吐いた。


「朝から何言ってんのよ」


『でも、在室信号は正常だよ。蒼弐オズ、午前八時二分、教室内に入室。授業開始時点でも継続して在室中。遅刻なし。うん、優秀優秀』


「じゃあ、あの空席に座ってる透明な何かはオズってこと?」


『透明な何かは記録されてないかなぁ』


「じゃあ、いないじゃん」


 ライトが笑う。

 その笑い声は軽かった。


 けれど、ノアだけは笑わなかった。


 教室の前方では、イドが変わらずに笑っている。

 何かがおかしい。

 だが、おかしいものを、システムはおかしいと判断していない。


 ノアは端末の画面を切り替えた。

 教室在室ログ。

 一覧の中に、蒼弐オズの名前がある。

 確かに、授業開始より前から。


 ノアは眉をひそめた。


 その時、教室の扉が開いた。


 遅れて入ってきた蒼弐オズは、悪びれる様子もなく教室へ足を踏み入れた。

 黒い髪。

 白いパーカー。

 青を基調としたテックウェア。


 何事もなかったような顔で、自分の席へ向かっていく。


「お、オズ。遅刻じゃねーの?」


 ライトが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。


 オズは足を止めない。


「……いや、ちゃんと出席していたぜ」


「はぁ?」


 ライトの声が、間の抜けた形で教室に落ちた。


 サユも眉を寄せる。


「いや、今来たでしょ。どう見ても」


「見方の問題だな」


「そういう問題じゃないと思うけど」


 ノアが静かに立ち上がった。


「蒼弐」


 低い声だった。


 怒鳴っているわけではない。

 だが、許していないことだけはわかった。


「出席記録は、授業開始時点からついている。だが、君は今入室した」


「じゃあ、遅刻じゃないな」


「そういう話ではない」


 ライトがさらに顔を出す。


「え、なにそれ。マジでどういう――」


 そこで、オズが口元に人差し指を立てた。


「しーっ」


 教室の空気が、少しだけ薄くなった。


 オズは、前面モニターをちらりと見た。

 機律イドは、いつものように笑っている。


『ん? どうしたの、みんな。内緒話?』


 明るい声だった。

 友達みたいに、軽い声だった。


 だからこそ、誰もすぐには返事をしなかった。


「なんでもない」


 オズは自分の席に腰を下ろした。


「あとで説明する」


『そっか。じゃあ授業続けるね。内緒話は、休み時間にほどほどにね』


 イドは笑った。

 何も気にしていないように。

 何も知らないように。


 その顔を見て、オズは机の下で小さく指を鳴らした。


 端末の奥で、ひとつの仮想信号が静かに消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。