↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/22

14 偶像の修復:制御

 週末の午前、都市の外周区へ続く高架の入口は、平日より車両が少なかった。


 休日に外周区まで出かける人は多くない。

 用事のある場所は、たいてい中心部で足りてしまうからだ。


 広い路面の端に、三台の乗り物が並んでいる。


「なんで休みの日まで課題なんだよ……」


 ライトがスクーターのハンドルへ突っ伏す。


「普段からちゃんと観測ログ取ってれば、こうならないの」


 サユが言った。


「外周の環境保全区まで行けば、大気質も風速もまとめて取れるんだから。今日で終わらせるわよ」


「サユ先生、厳しい」


「誰が先生よ」


 少し離れたところでは、オズが、路面からわずかに浮いた一枚の板に乗っていた。

 低いモーター音を立てる板の四隅には、小さな推進器が付いている。

 じっとしているのが苦手な生き物のように、板は足元で小さく揺れ続けていた。


 サユが眉を寄せる。


「……ちょっと待って」


「何」


「それ」


 サユが板を指さした。


「前に大イドに壊されたやつじゃないでしょうね」


「あれとは別物」


「また作ったの?」


「今度のは申請通してる」


「は?」


 オズは足元を指した。

 側面に小さな登録表示が光っている。


《個人製作小型移動機器》

《登録済》


 サユが近寄って表示を見る。


「……ほんとだ」


「出力も速度も規格内」


「中はいじってるでしょ」


「調整だけ」


「どこまで?」


「規格内」


「信用ならない」


「登録通ってんだからいいだろ」


 ライトが横から覗き込んだ。


「じゃあ今度は大イドに踏み潰されない?」


「今回は大丈夫」


 サユが額を押さえた。


「前みたいなことになったら、今度こそ知らないからね」


「だから大丈夫だって」


 オズは、話はそれで終わりだと言うように板を前後に揺らした。


 ライトも自分のスクーターへ跨がる。


「俺のもオズにいじってもらったぜ」


「何したの」


「乗り心地よくしてもらった」


 ライトが、自慢の玩具でも見せるように座席をぽんぽん叩く。


「段差でケツが痛くない」


「他には?」


「加速がちょっと滑らか」


 サユがオズを見る。


「安全装置は?」


「触ってない」


「リミッター」


「そのまま」


「ほんとに?」


「そこ触ったら登録外れるだろ」


 サユは少しだけ黙った。


「……ならいいけど」


「よーし、出発!」


 ライトが走り出す。


「あ、こら! 先行かない!」


 サユもスクーターを出し、オズがその後ろについた。


 外周区へ向かう道は途中から長い下り坂になり、左右の白い防護壁の向こうには外郭が見える。

 中心部の整った街並みが背後へ遠ざかると、空が急に広くなった気がした。


 風が強くなった。


 ライトはそれを楽しむように先へ出て、サユはすぐに、その背中を追った。


「気持ちいいな、ここ!」


 ライトの声が前から飛んでくる。


「飛ばしすぎ!」


「規定内ー!」


「ギリギリで走るな!」


 サユが速度を少し上げた。


 その時、手元で警告音が鳴った。


《回生電力上昇》


「ん?」


 表示が切り替わる。


《保護制御》


《姿勢制御ロック》


「ちょっと待って」


 サユがブレーキを握る。

 手応えがない。

 もう一度握った。


「……え?」


 ハンドルを切っても、固い壁を押しているように動かない。

 スクーターは、速度を緩めないまま下り坂を進んでいく。


「止まって」


 ブレーキ。

 反応なし。


「止まってってば」


 速度表示の数字だけが、淡々と上がっていく。

 前方に、緩い右カーブと白い側壁が迫っていた。


「サユ?」


 ライトが振り返った。


「ライト、どいて!」


「え?」


「止まらない!」


 ライトが慌てて端へ寄る。

 サユのスクーターが横を抜けた。


「サユ!」


 オズの板が加速し、すぐに追いついて横へ並んだ。

 路面の継ぎ目で、板が跳ねた。


「くそ」


 サユへ手を伸ばす。


「手!」


 サユも伸ばした。

 指が触れ、滑った。


「もう一回!」


 カーブが近づく。

 オズがさらに寄せる。

 板の側面がスクーターへ当たり、金属が擦れた。


「オズ!」


「前見てろ!」


 もう一度手を伸ばす。

 今度は、サユの手首を掴んだ。


 引くと、サユの身体が座席から浮いた。

 その足が、座席に引っかかった。


「待っ――」


「足!」


 サユが蹴ると、足が外れた。


 オズがそのまま引き寄せ、二人分の重さが板へ乗った。

 板が大きく傾く。


「うわっ」


 オズが片膝をつき、手を路面へ擦った。

 板の縁が地面を削り、火花が短く散る。

 それでも、倒れなかった。


「掴まってろ」


 サユがオズの肩を掴む。

 無人になったスクーターが横を走っている。

 カーブまで、もう距離がない。


 オズは板を寄せ、スクーターの底を見る。

 車体の下に、非常停止レバーがある。

 足を伸ばしたが、一度目は外れた。


「ちっ」


 もう一度伸ばすと、靴底がレバーに当たった。

 スクーターの表示が消え、駆動音が止まった。


 そのまま側壁の緩衝材へ擦れ、車体が跳ねる。

 横倒しになり、数メートル滑って止まった。


 オズも板の速度を落とした。

 止まる直前にバランスを崩し、二人とも転がるように路面へ降りた。

 板だけが少し先まで滑り、側面を壁へぶつけた。


「……最悪」


 オズが自分の板を見る。

 端が、ずいぶん削れている。


「オズ!」


 サユが振り返った。


「手!」


「ん?」


「血出てる!」


 右の手のひらが擦れて、赤く滲んでいた。


「これくらい平気」


「平気じゃ――」


 そこでサユの声が止まった。

 自分の手が震えていることに、ようやく気づいたらしい。

 握っても、まだ震える。


 ライトがスクーターを放り出すように止めて、走ってきた。

 さっきまでの軽口は消え、サユの顔と手足を順に見ている。


「サユ! 大丈夫か!」


「……うん」


「怪我は?」


「ない」


「ほんとか?」


「ないって」


 言いながら、サユは道の先を見た。

 白い側壁。

 横倒しになったスクーター。


 あと少しだった。

 あと数秒遅ければ、あの壁にぶつかっていたのは自分のほうだった。


 オズが立ち上がる。


「ちょっと見てくる」


 サユは答えなかった。


 オズはスクーターを起こす。

 外装には擦り傷がつき、側面の一部が割れていた。

 点検ハッチを開くと、焦げた匂いが鼻をついた。


「あー……」


「どう?」


 ライトが覗き込む。


「制御系」


 オズは端末をつないでログを出した。


《過回生電力検知》


《保護動作》


《姿勢制御固定》


《操舵制御固定》


 オズが画面をスクロールする。


「下りで回生が増えた」


「うん」


「それを異常扱いして、保護制御が入ってる」


 サユが近づいてくる。


「ブレーキも?」


「操作入力ごと止められてる」


「安全装置が?」


「ログ見る限りは」


 サユがスクーターを見る。


 車体側面には、認証マークがある。

 推奨モデル。

 安全評価。


 いつも見ている表示だった。

 この都市で暮らしていれば、その印がついているものを疑う理由など、どこにもない。


「……これ」


「ん?」


「イドの推奨品だよね」


「ああ」


「安全評価も一番上だった」


 オズは答えない。


「なのに」


 サユの指がハンドルに触れる。

 熱いものに触れたように、すぐ離れた。


「私、あれに殺されかけたの?」


 ライトも黙った。

 風だけが、高架を抜けていく。


 オズはもう一度ログを見る。


「故障っていうより、制御が噛み合ってない感じだな」


「噛み合ってない?」


「安全側に倒そうとして、全部止めた」


「……それで曲がれなくなった」


「たぶん」


 サユがスクーターを見る。


「安全のために?」


「そう書いてある」


 表示にはまだ残っていた。


《保護制御》


 サユはしばらく、それを見ていた。


 オズはログの画面を閉じる前に、少しだけ長く端末を操作していた。

 それから、工具を出す。


「低速なら戻せるようにする」


「直せるの?」


「応急処置だけ」


 制御チップを外し、迂回線を一本入れる。

 一度つなぐと、警告が出た。


「あ、違う」


 外して、別の端子へつなぎ直す。

 再起動すると、今度は表示が戻った。


「よし」


 オズはハンドルを左右へ動かし、ブレーキも確認する。


「これなら低速で帰れる」


「ほんと?」


「飛ばさなきゃ」


 サユはすぐには乗らなかった。


 オズは外した制御チップを手に取る。

 焦げた端子。

 細かな回路。

 型番。

 裏面の規格表示。


 指でひっくり返したとき、洞窟の白い機体が頭に浮かんだ。

 荒野の線材では持たなかった。

 でも、これは違う。


 オズはチップをもう一度見る。


「……この規格なら、いけるか」


「何が?」


 サユの声だった。

 オズは顔を上げる。


「いや、こっちの話」


「またなんか企んでない?」


「故障原因見てただけ」


「ほんと?」


「たぶん」


「オズ」


「冗談だって」


 ライトが笑った。


「またそれ言ってる」


 オズはチップを元の位置へ戻し、迂回線だけを残してハッチを閉じる。


 サユは笑わなかった。

 スクーターの認証マークを、確かめるように親指でなぞる。


「……帰り、ゆっくりでいい?」


「ああ」


 オズが答える。


「俺が横走る」


「俺も!」


「ライトは前」


「なんで?」


「あんたが後ろで騒ぐと集中できない」


「ひどくない?」


「今は静かにして」


「……はい」


 ライトがスクーターへ戻る。


 サユは一度だけ、深く息を吸った。

 それから、ハンドルを握る。


 三台が、ゆっくりと走り出した。

 先頭にライト、その後ろにサユ、オズの板がその横を走る。


 サユのスクーターの表示には、まだ小さく文字が残っていた。


《安全制御:正常》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。