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11 境界線のランニング

 シンギュラリ・シティの外縁は、中心部より人の気配が薄い。

 白い建物の列はここで途切れ、その先にはもう、都市を囲う壁しか残っていなかった。


 白い外郭壁に沿った道には、整備用の標識が一定の間隔で並んでいる。

 普段は整備車両が使う周回道路を、体操着姿の生徒たちが走っていた。


 その最後尾で、白真ライトは、ほとんど歩いているのと変わらない速さで足を運んでいた。


「ぜー……はー……死ぬ……」


 膝に手をつきたい。

 けれど、走れと言われている。

 だから、まだ足を出す。


 三歩。

 四歩。


「やっぱ死ぬ……」


 息は切れているのに、文句を言う余力だけはなぜか残っていた。


 すぐ斜め後ろを、小型スクーターが低い音でついてくる。

 乗っているのはトウヤだった。

 片手でハンドルを握り、眠そうな顔のまま、急かすでも励ますでもなく、ライトの速度に合わせている。


 前カゴには学校支給の端末が固定されていた。


「トウヤ……ずるくね……?」


「イドの指名だ」


「代われ……」


「やだ」


「即答……」


 ライトが前カゴへ顔を向ける。


「イドさぁん。なんで俺がそっちじゃないの」


 画面の中で、機律イドが笑った。

 薄い桃色の髪に、羽のような形のヘッドホン。


『ライトの頑張ってるところ、見たいからね』


「なるほど!」


 ライトが顔を上げた。


「期待されてるなら仕方ねぇな!」


 褒められた犬のように、勢いよく速度を上げる。


 三秒。


「無理!」


『早かったね』


「応援して!」


『がんばれ、ライトー』


「軽い!」


 トウヤの手元で、表示が切り替わった。

 心拍数。

 走行速度。

 経過時間。


 その下に、小さな文字が増える。


《対象:白真ライト》


《運動持久力:基準値以下》


《集中力維持:不良》


《自己制御能:低》


 並んだ言葉はどれも、人を評価するにしては、ずいぶん素っ気なかった。

 トウヤは画面をしばらく見てから、何も言わずに前へ視線を戻した。


 その先をノアが走っている。

 背筋を伸ばし、腕を振り、一定の歩幅と速度を崩さず、呼吸の間隔までほとんど変わらない。

 教本の挿絵が、そのまま動き出したような走り方だった。


 後ろからライトの声が飛んできた。


「ノアー! 待ってー!」


「自分のペースで走ればいい」


「冷たい!」


「追いつこうとするから苦しくなるんだ」


「正論いらない!」


 ノアは振り返らない。

 そのまま、さらに前を見る。


 オズとサユが走っていた。

 先頭のオズは力を使っているようには見えない一定の足取りで走り、その少し後ろを、サユが離されまいと追っている。


 オズは足を動かしながら、別のことを考えていた。

 胸を撃ち抜かれた白い機体。

 焼けた部品。

 切れた線。


 あのまま繋いでも、たぶん持たない。

 今の洞窟にある部品では足りない。

 足りないものを数えていると、走っていることのほうを忘れそうになる。


「オーズー!」


 後ろから声が飛んだ。

 オズが振り返ると、サユが肩で息をしながら追ってくる。


「あんた……なんでそんな普通に走ってんのよ」


「普通に走ってるからだろ」


「腹立つ」


「じゃあ無理してついてくんなよ」


「やだ」


 サユはさらに腕を振った。


「一回くらい勝ちたい」


「今日じゃなくてもいいだろ」


「今日がいいの」


「めんどくさ」


「あんたに言われたくない」


 息が上がっても諦める気はないらしく、サユはまた少し距離を詰めた。

 オズは前へ向き直り、そのまま走る。


「腕、振りすぎ」


「は?」


「あと歩幅バラバラ」


「今アドバイスしないで」


「追いつきたいんだろ?」


「そうだけど、むかつく!」


 サユが速度を上げた。


 足が少しもつれる。


「っと」


 すぐに立て直す。


 オズは少しだけ速度を落とした。


「無理すんなって」


「……今、待った?」


「転ばれる方が面倒だから」


「ほんっと、あんたそういうとこ」


「何」


「なんでもない」


 二人はそのまま走った。


 折り返し地点が近づくにつれて街の建物は遠のき、道路の脇では白い外郭壁が視界を塞ぐ帯のように長く続いている。

 その途中に、大きな外郭門があった。


 オズは走りながら一度だけ門を見る。

 そのまま通り過ぎた。


 少し遅れてノアが通り、さらに遅れて、ライトとトウヤが近づいてくる。


 壁の上を、巡回ドローンが滑るように通り過ぎた。


 トウヤは顔を上げないまま、頭上を過ぎていく音を数えた。

 目で見るより、耳で拾うほうが早い。


 一機。

 二機。

 三機。


「……多いな」


「何が?」


「なんでもない」


 ライトはもう門を見上げていた。


「なあ……」


 一度、息を吸う。


「この向こうって……ほんとになんもないの?」


 前カゴの端末から、イドが答えた。


『荒地だよ。身体に良くない場所もあるから、興味本位で出ないでね』


「ふーん」


 ライトは門を見たまま、呼吸を整える。

 走っている時より、その向こうの話を聞いている時の方が少しだけ元気だった。


 それから、少し考えるような顔をした。


「じゃあさ」


「……なに」


 トウヤが言った。


「外で走った方が楽しくね?」


「今のでその結論になる?」


「景色変わるじゃん」


「走るのは変わらないだろ」


「気分が違う」


「まず今走れよ」


「走ってる!」


「歩いてる」


「走ってるつもり!」


 前カゴの画面で、イドが笑った。


『はいはい。折り返し地点まで急いでね。オズたち、もう戻ってきてるよ』


 ライトが前を見る。

 遠くからオズとサユが戻ってくる。


「無理でしょ!」


 ライトの声が、白い壁に跳ね返った。


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