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神龍ノ國  作者: はちみつレモン
序章

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9/13

6 流れ込む記憶

 最後の言葉を、どうにか吐き出した。


「――我が声に応じ、此処に来たれ」


 声は震えていた。


 かすれていた。


 でも、最後まで言った。


 言い切った。


 その瞬間、剣先が小さく光った。


 最初は、火の粉みたいな光だった。


 剣が陣の中心に突き立った場所から、細い光がにじみ出る。


 それは剣の刃を伝い、柄へ這い上がってきた。


「……え」


 手の中が熱い。


 けれど、火傷するような熱さじゃない。


 ぬるいお湯に触れたみたいな、変な温かさだった。


 光は僕の手を包み込んだ。


 指。


 手首。


 腕。


 黒い儀式服の袖の上を、淡い光が蛇みたいに這っていく。


 僕は反射的に手を離しそうになった。


 怖い。


 何これ。


 こんなの、聞いてない。


 でも、響兄様の声が頭の中に残っていた。


 途中でやめると、道が不安定になる。


 剣は、道を繋ぎ止める楔。


 離したらだめだ。


 絶対に、離したらだめだ。


 僕は歯を食いしばって、柄を握りしめた。


「颯真……?」


 どこかで父様の声がした。


 龍宮院側がざわつく。


「陣が……」


「光が弱すぎる、いや、違う。これは……」


「颯真様の魔力ではないのか?」


 小さな声が重なって、遠く聞こえた。


 でも、僕はそれどころじゃなかった。


 光が、僕の腕から肩へ広がっていく。


 胸。


 背中。


 足元。


 体の外側を覆うだけじゃない。


 皮膚の下に染み込むように、温かいものが入ってくる。


 ぞわりとした。


 気持ち悪い。


 でも、痛くはない。


 温かいものが、体の中をゆっくり回っている。


 血の流れとは違う。


 息とも違う。


 それは僕の中を探っていた。


 頭。


 喉。


 胸。


 腹。


 指先。


 足先。


 どこかを探している。


 何かを探している。


 僕の中にある、何かを。


「っ……!」


 温かいものが、胸の奥へ集まった。


 心臓より少し深いところ。


 そこに、何かがある。


 そう思った瞬間、光がそれを見つけた。


 掴まれた。


 そんな感覚だった。


 体の中心を、見えない手でぎゅっと握られる。


 息が止まる。


 膝から力が抜けた。


「颯真!」


 響兄様の声がした。


 僕は倒れそうになって、剣の柄に体重を預けた。


 手は離していない。


 離せない。


 剣にしがみつくようにして、なんとか立っている。


 いや、立っているというより、もたれかかっているだけだった。


 足が震える。


 視界が揺れる。


「儀式を止めるべきでは」


「触れるな」


 海斗兄様の声がした。


 低く、鋭い声。


「陣がまだ繋がっている。下手に動かせば崩れる」


「しかし、颯真様が……!」


「黙れ」


 その一言で、ざわめきが一瞬だけ沈んだ。


 でも、僕の中はもう静かじゃなかった。


 視界が回る。


 祭場の石畳。


 光る陣。


 父様の姿。


 響兄様の顔。


 海斗兄様の銀色の目。


 全部がぐにゃりと歪む。


 違う景色が、頭の中に流れ込んできた。


 白い天井。


 知らない部屋。


 机の上の教科書。


 スマホ。


 画面の光。


 友達の笑い声。


 学校の廊下。


 制服の袖。


 コンビニの袋。


 誰かの声。


 違う。


 何これ。


 知らない。


 知らないはずなのに、知っている。


 頭が割れそうだった。


 記憶が、流れ込んでくる。


 まるで、閉じ込められていた水が一気に溢れ出すみたいに。


 黒い画面に浮かぶタイトル。


 綺麗な音楽。


 選択肢。


 戦闘画面。


 龍宮院家。


 神宮寺家。


 海斗兄様。


 響兄様。


 父様。


 颯真。


 颯真ルート。


 いや。


 違う。


 これは、誰かの記憶じゃない。


 知らない人のものじゃない。


 僕の奥で、何かがはっきりと繋がった。


 僕じゃない。


 いや、僕だ。


 違う。


 違わない。


 これは――俺だ。


 俺の記憶だ。


 四宮蓮。


 高校一年。


 友達に借りたゲームを、寝る間も惜しんで遊んだ。


 全キャラのルートをクリアした。


 裏設定まで読み込んだ。


 何度も泣いて、何度も笑って、何度も画面の向こうの彼らを見ていた。


 俺は、この世界を知っている。


 龍宮院家を知っている。


 神宮寺家を知っている。


 海斗兄様を知っている。


 響兄様を知っている。


 そして、龍宮院颯真を知っている。


 視界が揺れる。


 息がうまく吸えない。


 でも、頭の中だけが妙にはっきりしていた。


 契約の儀。


 龍宮院の三男。


 魔力がほとんどない六歳の子供。


 神宮寺聖。


 龍脈と聖脈が重なる祭場。


 この状況。


 この名前。


 この世界。


 全部、知っている。


 俺は、剣の柄を握りしめたまま、かすれた息を吐いた。


 ここは。


 俺が前世で愛したゲーム、**『神龍ノ國』**の世界だ。

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