7 ???視点 その一
最近、下界を覗くことが増えた。
理由は簡単だ。
とても面白い魂を見つけたから。
遠く、遠く離れた場所にある小さな器。
まだ幼く、肉体も弱く、魔力も薄い。
なのに、その奥に宿る魂だけが、他とまるで違っていた。
色が違う。
匂いが違う。
流れる音が違う。
こちら側から見える人間の魂は、だいたい似たような形をしている。
もちろん、強いものも、澄んだものも、濁ったものもある。
けれど、あの魂はそういう違いではなかった。
まるで一度、別の流れをくぐってきたような。
知らない空の色を、そのまま内側に閉じ込めているような。
うん。
とても面白い。
最初に見つけた時は、少し驚いた。
その魂を持つ子が、龍宮院の血を引いていたからだ。
龍宮院。
こちら側に道を繋ぐ古い家。
長い長い時の中で、何度も声を届けてきた一族。
強い声もあった。
美しい声もあった。
傲慢な声も、必死な声も、澄みきった声もあった。
だから、あの子が六歳を迎えると知った時、こちら側は少し騒がしくなった。
「あの魂が来る」
「誰が応じる」
「炎か」
「氷か」
「風か」
「いや、我こそが」
普段は眠るように静かなものたちまで、珍しく顔を上げていた。
龍宮院の子供が呼ぶ声は、こちらへ道を開く。
道が深ければ、深い場所にいるものほど応じられる。
あの魂ならば、きっと面白い契約になる。
そう思ったものは多かった。
けれど、しばらく見ているうちに分かった。
あの子には、魔力がほとんどない。
器は龍宮院のもの。
魂は奇妙で、美しく、こちらの目を引く。
でも、道を開くための力が足りない。
これでは、呼び声が届かない。
浅い場所にいるものにすら、届くかどうか。
それを知った時、周りの気配が分かりやすく沈んだ。
「あれほどの魂なのに」
「もったいない」
「道が開かぬなら、応じようがない」
「せめて、もう少し力があれば」
残念そうな声が、いくつも流れた。
勝手なものだ。
面白そうだと騒いで、届かないと分かったら沈む。
でも、嫌いではない。
龍はみな、面白いものが好きだから。
僕も同じだ。
だから、見続けた。
魔力がなくても。
届かなくても。
あの子の魂の奥にある色が、どうしても気になった。
そして今日。
契約の儀が始まった。
下界の山は澄んでいた。
龍脈が高まり、聖脈が満ちている。
二つの流れが重なり合い、普段よりずっと道を開きやすくなっていた。
それでも、あの子の声は細かった。
震えていた。
今にも途切れそうで、こちら側の入り口まで届かない。
黒い剣を握り、必死に呪文を唱えている。
小さな手。
震える喉。
逃げたいのに、逃げずに立っている気配。
うん。
やっぱり面白い。
呪文が終わった。
けれど、道は開かない。
薄く、弱く、あまりにも細い。
周りのものたちが、息を潜めた。
これでは届かない。
そう思った瞬間、下界の龍脈が動いた。
思わず、目を細める。
龍脈が、自ら動いた?
珍しい。
いや、珍しいどころではない。
普通はそんなことをしない。
龍脈は流れだ。
人の願いに耳を傾けるものではなく、ただ大地の奥を巡るもの。
なのに、その流れがあの子へ向かった。
足りないものを補うように。
探るように。
あの子の体の中へ入り込んでいく。
なるほど。
道を開く力が足りない。
だから、別の媒介を探している。
魔力ではない何か。
あの子の中にある、道の代わりになるもの。
龍脈は探し回り、やがて中心でそれを見つけた。
面白い魂。
その奥に眠る、別の記憶。
瞬間、細い道の向こうに、知らない景色がきらめいた。
遠い空。
白い部屋。
光る板。
たくさんの人の声。
こちらの世界ではない場所の記憶。
それを媒介に、道が開く。
小さい。
あまりにも小さい。
けれど、たしかに開いた。
「あ……」
「届いたのか」
「いや、細すぎる」
「通れぬ」
「力を貸せば広がるか」
「どうやって」
周りの龍たちが揺れた。
困っている。
助けてやりたいのに、触れ方が分からない。
細すぎる道は、下手に力を流せば壊れてしまう。
小さな器も、砕けるかもしれない。
誰も動けない。
誰もが、あの子を見ている。
だから、僕は決めた。
あの子に会いたい。
話してみたい。
もっと近くで、あの魂を見たい。
そう思った時には、もう体が動いていた。
周囲が一斉に静まる。
さっきまで騒がしかった龍たちが、波が引くように道を空けた。
「貴方様が……?」
「まさか、あの子のもとへ」
「ですが、道があまりに細く――」
「うん。だから、広げる」
そう答えると、さらに静けさが深くなった。
止める声はない。
ただ、いくつもの視線が畏まるように伏せられる。
見守られている。
心配も、敬意も、驚きも混ざった気配。
少し大げさだと思う。
けれど、今は気にしない。
下界では、あの子が黒い剣にもたれかかっている。
目が揺れている。
記憶の流れに呑まれながら、それでも柄から手を離していない。
えらい。
小さいのに、なかなか頑固だ。
道はある。
細くても、確かにこちらへ繋がっている。
なら、あとは広げればいい。
彼の足元の陣を少し描き換えることになるけれど。
まあ、いいよね。
呼ばれていないわけではない。
道は、ちゃんと開いたのだから。
僕は細い光へ手を伸ばした。
下界の陣に触れる。
古い術式が震える。
龍宮院の契約陣が、こちらの力に気づいて形を変え始めた。
線をほどく。
円を広げる。
足りない道を補い、狭すぎる門を押し開く。
周りの龍たちが、静かに見守っている。
誰も声を上げない。
誰も邪魔をしない。
ただ、長く閉じていた扉が開く瞬間を待っている。
面白い魂。
小さな人間。
震えながら、それでも立っている子。
もう少しだ。
すぐに会いに行くよ。




