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神龍ノ國  作者: はちみつレモン
序章

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8 白き巨影

 隣の陣から、聖の声が響いた。


「――我が祈りに応じ、清き御姿を此処に示したまえ」


 呪文が終わった瞬間、神宮寺の契約陣が強く輝いた。


 金色の光が石畳を走り、空気が澄み渡る。


 風が吹いた。


 いや、風というより、穢れを払うような清らかな気配が祭場全体を撫でた。


 光の中心に、白い影が生まれる。


 低く響く咆哮。


 現れたのは、巨大な白虎だった。


 雪のように白い毛並み。


 金色に光る瞳。


 額には神聖な紋が浮かび、四肢を踏みしめるたび、神宮寺の陣が眩く輝く。


「白虎……!」


「四神獣の白虎だ!」


「聖様が、白虎を……!」


 神宮寺家の者たちが、一斉に沸いた。


 尊臣様ですら、はっきりと表情を変えている。


 大喜び、という言葉がぴったりだった。


 聖は陣の中央で、少し呆然と白虎を見上げている。


 無理もない。


 四神獣。


 名前くらいは、今の俺でも分かる。


 いや、今の俺だから分かる。


 神宮寺家の契約で、四神獣が現れるのは大当たりだ。


 聖ルート序盤の象徴。


 神宮寺聖が、神獣に選ばれた証。


 そこまで考えて、俺は自分の状態に気づいた。


 ……あれ。


 苦しくない。


 さっきまで体の中を何かが這い回って、中心を掴まれたみたいな感覚があったのに。


 今は、嘘みたいに消えている。


 頭はまだ少しぐらつく。


 視界も完全には戻っていない。


 けれど、息はできる。


 膝にも、なんとか力が入る。


 あれはなんだったんだ。


 いや、待て。


 考えるのは後だ。


 ひとまず立ち上がらないとまずい。


 ただでさえ終わってる自分の評価が、更に終わる。


 俺は黒剣の柄に預けていた体を、ゆっくり起こした。


 膝が笑いそうになる。


 でも、意地で踏ん張る。


 片手は剣の柄に残したまま、もう片方の手で乱れた儀式服を軽く整えた。


 襟。


 袖。


 胸元の紋。


 よし。


 大丈夫。


 ……じゃねぇよ。


 足元の魔法陣が描き換わってるぞ。


 俺は思わず目を見開いた。


 龍宮院の契約陣。


 さっきまでの古い円と龍紋が、見たことのない形に変わっている。


 いや、変わっている途中だ。


 光の線が勝手にほどけ、結び直され、新しい紋様を描いていく。


 円が広がる。


 線が増える。


 龍の鱗みたいだった模様が、翼のようにも、門のようにも見える形へ変化していく。


 なんだコレ。


 こんなの知らない。


 颯真ルートに、こんなイベントはない。


 龍宮院颯真は契約の儀に失敗する。


 魔力がほとんどないせいで、龍を呼び出せない。


 それで分家からの評価が落ちて、家族との関係も更に悪化する。


 少なくとも、俺が知っている『神龍ノ國』ではそうだった。


 なのに。


 今、俺の足元では魔法陣が勝手に描き換わっている。


 何が起きてる。


 俺、何かした?


 いや、してない。


 呪文は唱えた。


 黒剣も刺した。


 倒れかけた。


 前世思い出した。


 ……情報量が多すぎる。


「陣が変わっている……」


「龍宮院の契約陣ではない」


「いや、基礎は龍宮院だ。だが術式が上書きされている」


「誰が干渉している?」


 周囲がざわつく。


 龍宮院側も、神宮寺側も、さっきの白虎どころじゃなくなり始めていた。


 海斗兄様の視線が、鋭く足元の陣へ向いている。


 父様も表情を固くしていた。


 響兄様は一歩踏み出しかけて、でも止まる。


 たぶん、俺に近づいていい状況じゃないと判断したんだ。


 いや、俺もそう思う。


 今これ、絶対触っちゃダメなやつだ。


 光の線が最後の円を結んだ。


 あ。


 完成したっぽい。


 次の瞬間、陣が発動した。


 白い光が柱になって空へ突き上がる。


 祭場の結界が震えた。


 空気が重くなる。


 地面の奥から、低い音が響いた。


 そして、空が割れた。


 いや、割れたように見えた。


 白い光の向こうに、巨大な影が現れる。


 翼。


 角。


 長い尾。


 鱗に覆われた身体。


 雲よりも近く、祭場よりも大きく、山そのものに影を落とすほどの白い龍。


 超大型。


 というか、デカ過ぎる。


 いやいやいやいや。


 待て待て待て待て。


 何だあれ。


 龍?


 龍なのは分かる。


 でもサイズがおかしい。


 ゲームの演出でも、こんなスケール見たことない。


 白龍はゆっくり降りてきた。


 羽ばたき一つで森が揺れる。


 石畳の上にいた人たちが、誰も動けない。


 神宮寺の白虎ですら、白龍を見上げて静かに身を低くしていた。


 白龍の巨大な顔が、祭場の上へ降りてくる。


 俺は黒剣を握ったまま、完全に固まっていた。


 逃げるとか、叫ぶとか、そういう次元じゃない。


 目が合った。


 白龍の瞳は、深い金とも銀ともつかない、不思議な色をしていた。


 その目が、俺を見ている。


 怖い。


 当然怖い。


 でも、その白龍は俺を見ると、喜ぶように目を細めた。


 まるで、やっと見つけたと言うみたいに。


『ああ、やっと近くで見られた』


 頭の中から声が聞こえた。


 ……は?


 頭の中?


 今、頭の中から声が聞こえたんだけど?


 え、何これ。


 ドラゴンって脳内通話標準装備なの?


『脳内通話? 面白い言い方をするね』


 反応した。


 待って。


 心の中のツッコミに反応したんだけど。


『聞こえているよ。君、やっぱり面白い』

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