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第5話 奇跡の保留 ーー 聖域の誕生

〔一〕


守屋が来なくなったのは、ある月曜の朝からだった。




前日まで、都築経由で「回答期限」の通知が届いていた。邑がそれを僕に見せないようにしながら見せていた。




封筒を伏せる角度、声のトーンをわずかに明るく保つための努力。僕には全部わかっていた。言えなかったけれど。




月曜の朝、何も来なかった。


火曜も、水曜も。




「……今日も、なかった」




木曜の夕方、邑が窓の外を見ながら言った。




報告でも独り言でもない、中間にある声だった。




僕は天井を見ていた。




答えを持っていなかった。




ただ、空白があった。圧力が引いた後に残る、奇妙に静かな空白。





守屋からの連絡が途絶えた理由を、邑は弁護士に問い合わせた。弁護士も知らなかった。




誰かが止めた、とだけ、後になってわかった。




誰が、なぜ、は、ずっとわからないままだった。






〔二〕


半年が経った。


退院の朝、医師は「不完全寛解」という言葉を使った。




治ったわけではない。


ただ、ここにいる理由がなくなった、ということらしかった。




車椅子から歩行器へ。歩行器から、壁伝いの歩行へ。


その過程を、僕は体の内側から眺めていた。




神経というものが、こんなにも時間をかけて再接続されるのだということを、ここで初めて知った。




高速道路の窓から、秋の終わりの空が見えた。


色の薄い、乾いた青。




鴨川に着いたのは昼過ぎだった。


邑が門の鍵を開ける間、僕は玄関前に立って、磯の風を受けていた。




潮の匂い。




その下に、土と、枯れた草の匂い。


母が丹精した花壇は、誰も手入れしていない半年分の時間を正直に映していた。




それでも、あの花壇の隅に埋めた貝殻は、掘り返されていなかった。




「ただいま」




声に出したつもりだった。


かすれて、ほとんど音にならなかった。でも言えた。






〔三〕


朝田さんと初めて話したのは、浜辺だった。




リハビリを兼ねた散歩を始めて四日目の朝、砂の上に漁具を広げて網を繕っている老人がいた。


七十を超えているだろうか。




日焼けというより、長い年月をかけて革になったような肌をしていた。


僕が近くを通ると、視線だけを上げた。




「あんた、縞々さんとこの息子か」




驚いた。問い返す前に、老人は網に目を戻した。




「お母さんが話してたよ。息子が東京で会社やってる、って。心配してたな」




僕は砂の上に腰を下ろした。立っているのがまだしんどかった。




「朝田です」と老人は言った。


「魚屋はとっくにやめて、今は趣味で舟出してる。お母さんには生前、魚をよく持っていったよ」




知らなかった。母がそんな人と繋がっていたことを。




「足、怪我してるの。具合は、どう?」




「まあ」と僕は答えた。「生きてます」




朝田さんは笑わなかった。


ただ、網に通す指が一瞬止まって、また動き始めた。





「そうか」と彼は言った。「それで十分じゃない?」





その言葉が、妙に残った。




医師も弁護士も守屋も使わなかった言葉の使い方で、朝田さんはそれを砂浜に置いてくれた。






〔四〕


陶芸を始めたのは、菩提寺の住職に誘われたからだった。




鴨川の家から歩いて十分ほどのところにある、小さな禅寺。父と母の墓がそこにある。




住職は七十代で、趣味の陶芸教室を本堂の一角で開いていた。生徒は近所の老人が三人と、農家の主婦が一人。




「手が動かなくても、ここに来なさい。土を触るだけでいい」




最初の二週間、本当にそれだけだった。


土の塊を両手で持って、圧をかけて、また緩める。




神経のリハビリというより、対話だった。


土は僕の力を正直に返してきた。強く押せば変形し、弱く押せば戻る。




機嫌もせず、忖度もせず。




三ヶ月後、住職から中古の窯を譲り受けた。


鴨川の家の片隅に、それを据えた。ろくろも中古を買って、曲がりなりにも『工房』になった。




初めて自分で焼いた器は、『しずく』の形を模した猪口だ。整えたあと、ろくろをゆっくり回しながら少し工夫して飲みくちに『ひねり』を入れた。




僕の手の中で完結していた。守屋のどんなタブレット画面にも現れない、独自の形として。




東京に戻って、邑と夏逢に陶芸リハビリも始めたと伝えた。




「しろん、って名前はどう」




と、夏逢が言った。


「しろん?」と僕は聞いた。




「工房の名前。白と、論。白い論理。パパっぽい感じがする」




SNSに最初の写真を投稿したのは、退院から五ヶ月後のことだった。






〔五〕


少しいびつな白い器の写真と、短い言葉。フォロワーは少ない。




ある夜、東京のどこか。


差し出されたスマートフォンの画面を、男が覗き込んでいた。


しばらく、無言でスクロールした。




投稿は十数件。





最後の一枚で、指が止まった。





白い土の皿に、スープの跡が残っていた。


グレープ色の、わずかな染み。





男は何も言わなかった。ただ画面を伏せた。





〔六〕


朝田さんが初めてスープを持ってきたのは、十二月の初旬だった。




玄関先で、鍋ごと渡された。




「漁港で廃棄される雑魚でとった出汁だ。麺茹でてラーメン、食べてみ。」




「いただきます」




朝田さんはもう背を向けて歩いていた。




夕方に麺を茹でてラーメンを作った。


質素な味だった。複雑ではなかった。


『海の』滋味が詰まっていた。




奥底に、何か長い時間が溶けているような味がした。




ふと砂漠のカフェで飲んだグレープ色のスープのことを、思った。




あの甘さとこの塩気は、似ても似つかない。


でも何かが、重なった。




廃棄されるはずだった魚の『あら』が、スープになって誰かの体に入っていく、その循環の感触。




生命は、捨てられたものからも続いていく?




ラーメンから始まる『命の循環』


笑ってしまった。


でも脳の奥で何かが光った。




まだ形にならない。でも確かに、そこにある。






【第5回 レゾナンス・ワーク】


答えが出ないまま、理由もわからないまま、ただ待つしかなかった時間。




そのとき、あなたの手は何をしていましたか。保留の中で続けていたことを、ひとつだけ言葉にしてください。




それが第5のスクリプトになります。




──次回予告:


第6回「指の生まれる砂浜――再起動の産声」へ続く。

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