36話「蠱毒-デモン- その4 vsユラネ」
ユラネはそう遠くない位置にいた。
しばらく移動しているうちに、木刀と木刀が激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。
相手にはもう位置がバレているが、私は陰から見守る形でユラネの交戦を覗いてみる。
その戦いは、側から見て分かるレベルで一方的なものだった。
「こいつ、人間のくせに早すぎるっ……!」
「……」
相手は、ユラネの猛攻に翻弄されていた。
どれだけ至近距離から魔法を撃たれても、ユラネは焦り一つ見せずに避けて、木刀を振り続ける。
相手は攻撃を防ぎ切れず、時々木刀がヒットしてジワジワと体力が削られていく。
やがて体力は残り少なくなって、
「この僕が人間ごときに……!」
最後のユラネの一撃でライブが完全にゼロになる。
「認識を改めたほうがいいと思います……」
相手はごもっともなことを言われて反論もできずに消失していった。
ユラネは一度深呼吸をすると、
「ナキネちゃん、出てこないの?」
私に向かって話しかけてくる。私は木の裏から姿を現して、ユラネに近付く。
「すごいね、もう使いこなせるようになってる。もう一人でも十分戦えるね」
「うん、おかげさまで。二重思考を使ってないとまだまだ太刀打ちできないけど……。それより良かったの? 奇襲を仕掛けなくて。せっかくのチャンスだったのに」
「いや、動きを観察しておくほうが大事かなって。奇襲よりも連戦で疲弊させるのが得策だろうし。その能力だって、ずっと使い続けられるわけじゃないんだよね」
「そうだね。持続させるほど判断能力が鈍ってきちゃうんだ。問題は最後まで保てられるかってところなんだけど……。でも安心していいよ。私、前半は逃げ隠れに徹してたから。さっき使い始めたばかりで、少なくともナキネちゃんとの戦闘で鈍ることはない」
「ははっ……それは良かった……」
私もユラネも木刀を構える。
ユラネの瞳はほのかに発光していて、私のわずかな動作すらも感じ取っている。まるですべてを見透かされているような気分になる。
それでも負けない。私にとってかけがえのない親友だが、今だけは敵だ。
「さあ、いこうか……」
「うん……」
私とユラネはお互いに駆け出して、ぶつかり合う。
周囲には誰もいない。誰にも邪魔されない環境下で、私とユラネは勝負を始めた。
私はユラネの胴目掛けて素早く木刀を振る。だが、初めからそこにくることが分かっていたかのように、ユラネは防御の姿勢を取って攻撃を受け止める。
何度も何度も振るうが、こちらから誘い込まれているかのように容易く対処される。
(やっぱりこうなるか……)
ユラネは私の攻撃を見てから動いている。
わざわざ攻撃を予測しなくても後出しで対処できてしまうので、いくら木刀を振るってもこれではまったくの無意味と化してしまう。
かと言って攻撃を止めれば今度は向こうのターンになる。後手に回るのは正直しんどい。
ユラネはユラネで私の隙を掻い潜って攻撃を企てているようだが、それに関しては隙を作らないようにしているので問題ない。ヌイや他の生徒と同様、戦闘技術の面に関してはやはり私に分があった。
私は木刀を振り続けながら思考する。
(決め手となるのは爆爆……。ただこのスキル、使うと痛いんだよね……)
爆爆の代償は、使用時に瞬間的に全身に痛みが走ることだった。
ここぞというときに一発使う分には大した問題はない。でも気軽に何度も連発できるような代物でもなかった。
今までだって戦闘の真っ只中には使用していない。あくまでも一撃必殺としてだけ。
こんなにぶつかり合っている最中に使用するのは避けたいのだが、それでも多分やるしかない。
一か八かの連発。私は木刀を振りながら唱える。
「レアスキル発動《爆爆》」
すると、ユラネの後方数百メートル先から爆発音が聞こえて、煙が上がる。
爆発は何度も起こり始めて、数十メートル、十数メートルと距離が縮まっていく。爆発音が次第に大きくなり、いよいよ次の爆発地点はここ。
「……!」
それを悟ったユラネが回避行動を取ろうとしたところで、私は隙を逃さず攻撃を打ち込む。
さすがのユラネも対処が遅れて、木刀を何度か喰らってライフが何割か減る。
あと十発は打ち込めば倒せるだろうか。魔法付与を使うだけの余裕がないので、このままいくしかない。
だが、
「冷静にならないと……」
「……嘘」
ユラネは呼吸を整えながら、すぐさま動揺を抑えてしまう。
持ちうる限りの手段が失われて、絶望の振り出しに戻ることになった。
(どうしよう……)
今度は私が動揺を覚える。その隙を、ユラネは見逃さなかった。
ユラネは一瞬動きの止まった私に目掛けて、すぐさま木刀を振ってくる。
私ははっと我に返って、体の手前でギリギリ対処する。
「くっ……」
直撃は何とか免れたが、完全に向こうのペースに乗せられてしまった。
ユラネは、私が体勢を崩している隙に猛攻撃を開始する。この攻撃がとにかく的確で早い。思考力が研ぎ澄まされているが故に、反撃の余地が一切与えられなかった。
(手はもう出し尽くしてる……。しかも体が痛い……。爆爆を使っても、あんな威力は出せないし……)
万事休すか。でも諦めたくない。絶対に勝ちたい。私は追い詰められた挙句に、一つの案にたどり着く。
(いや、まだだ……!)
私はもう一度叫ぶ。
「爆爆!」
「同じ手は喰らわないよ……!」
ユラネは危機を察して、事前に回避行動を取る。私の攻撃を警戒して木刀を構えながら。
爆発は絶対に避けられる。攻撃をしても受け止められるだろう。では何がしたいのか。
私は、正面からユラネ目掛けて木刀を振る。木刀と木刀が衝突すると、それは起こった。
「……っ!」
爆発、ただし小規模の。
そう、私は爆爆をうまく調整することで、木刀での打ち込み合いで優勢に立とうとしたのである。
範囲を狭めれば反動は小さくなる。これなら何度でも爆発を起こす余裕が生まれる。
木刀が衝突する度に、相手はより多くの衝撃を受けるので、いかに立ち回ろうともどうしても隙が生まれるのだ。
二重思考でどれだけ考えても無駄だ。相手がどんな手段を使おうとも、もう私に勝つことはできない。なぜなら、技術力なら初めからこちらが勝っているのだから。
ユラネは私の攻撃を受け止めると、反動で木刀が吹っ飛んでしまう。
「あ……」
「これで終わりだよ……!」
私は、体勢を崩したユラネの胴目掛けて、木刀を打ちつけた。木刀が触れた瞬間、小規模の爆発が起こって、ユラネのライフはゼロに達した。
私はユラネに勝利を果たした。
「負けちゃった……やっぱり一筋縄ではいかないなー……。じゃああとは頑張ってねナキネちゃん。応援してるから」
「うん、絶対勝つ……!」
ユラネは微笑んで、消失していった。
私はその場で腰を下ろして、深呼吸をしてほっと胸を撫で下ろす。
(危なかった……)
機転を効かせていなければ、もしかしたら負けていたかもしれない。
今回勝てたのは偶然で、もし同じ条件でもう一度戦えば、次に負けるのは……。いや、今はそんなことを考えている場合ではないか。私は意識をフィールド全体に傾ける。
残りプレイヤーは、すでに三名まで減っていた。生き残っているのはどちらも顔見知りで、アゲコとコネミが離れた場所で交戦中だった。
漁夫の利でも行いたいところだが、邪魔をするのは野暮だし、元よりそれだけの余裕がない。
今行っても逆に返り討ちに遭いそう……。なので大人しく戦いが終わるのを待つことにする。決着は、そう時間の経たないうちについた。
(そっちが勝ったか……)
生き残ったのはアゲコだった。
ここから位置が離れているのに、巨大なオーラのようなものが私のほうまで伝わってくる。すごい迫力だ。おそらくはレジェンドスキル……。
デモンの仕様上、他の生徒は全員敵とみなされるので、最大限効力を発揮できる……とかだろうか。
直接戦ったことはないが、獣力解放を扱えるあのコネミを倒してしまったのだから、一筋縄ではいかないだろう。
私は、最後の戦いを目の前に意気込む。
「勝つのは私だよ……!」
木刀を力強く握り直すと、遠く離れた場所にいるアゲコに向かって、走り出した。




