19 錬金って難しいようです
病気の治療には対症療法と根治療法があります。
次の日、クリスティーナ様が目を覚まされた。お腹が空いたと言うことで、朝食をお食べになられたが、何かモリモリ食べていたようで、取り敢えず安心だ。
私は、客間で寝起きをするが、それとは別に離れに1室、研究用に小さな部屋を貸して貰った。昨日の薬師さんは、昔からメルボルン家に出入りしている方で、メルボルンで最も大きな薬工房の親方だそうだ。名前はビトーさんと言うそうだ。薬師の経験30年以上の年配の方だった。
ビトーさんと一緒にお屋敷の裏庭に行ってみる。裏庭の林の中に入ってみると、枯れ葉で覆われた場所がいくつかあった。そっと枯れ葉をどかしてみると、白い糸状になったカビのような物が見えた。土がカビたように見えるが、この白い菌糸が放線菌だと思う。この菌糸のコロニーを土ごとバケツ一杯分位集めて回った。ビトーさんは、当然、バケツ持ちだ。
研究部屋に戻ると、まずガラス製の器に半分くらい集めた土を入れて、水を注ぐ。泥水ができるが、カビ臭い匂いがしてきた。雨が降ると地面から立ち上る匂いと同じだ。この泥水を濾紙で濾すと、放線菌の混じった水溶液が出来た。後は錬金術の出番だ。
水溶液に魔力を流し込んで、成分分析をすると、色々な物質の中に放線菌の成分が混じっているのがわかる。放線菌をイメージしながら魔力を流す。その後濾紙で漉していく。濾された水溶液を鑑定すると、
放線菌水溶液
と頭の中に表示された。他の成分が入っているかもしれないが、今の段階ではこれでいいだろう。
ビーカーに入っている水溶液に手を翳し、『聖魔法』を流しながら
「生成」
と詠唱する。勿論ストレプトマイシンをイメージしている。かなり時間がかかっているが、ストレプトマイシンの化学式など具体的なイメージがなく、抽象的なので時間がかかっているのかも知れない。
30分ほどすると、白っぽかった水溶液が透明な液体に変わった。ビーカーのそこには白い沈殿物が見える。上澄みのみを他のビーカーに移し鑑定してみると、
ストレプトマイシン水溶液
と表示された。さすが『錬金術上級』だ。漠然としたイメージだけで作り上げてしまう。しかし、それは、ちゃんと素材が揃っているからだ。単なる塩水や泥水をストレプトマイシンに変化させる事は出来ない。これは、銅から金を作る事ができないことと同じようだ。
出来たストレプトマイシンは、すぐには使えない。まず効果が確かにあるのか。また、副作用がないのかなど、いわゆる治験をしなければならないのだ。これはビトーさんに相談だ。
ビトーさんが幾つかの方法を提案してくれた。まず、効果の確認だが、領内の結核患者はある程度把握しているので、その患者に試してみれば良いとのことだった。
次に、副作用の確認だが、これは犯罪を犯して死刑判決を受けた者に、3か月間、処刑を延期することを条件に治験を受けて貰い、健康状態をチェックすれば良いとのことだった。それって、絶対、人体実験ですよね。でも他に方法がないので、その方法で行きますか。あ、その前にウサギで動物実験してくださいね。
後、投与方法だが、驚いた事に、この世界には注射器があった。元の世界では、確か19世紀半ばに発明されたと思ったが、これも転生特典なのだろうか。針は鍛治職人が作り、シリンジはガラス職人が作るのだが、たいして医学が発展していないこの世界で、注射器なんて何に使うのだろうか。
これもビトーさんに教えて貰ったのだが、この世界の回復薬『ポーション』を飲めない怪我人に使うらしいのだ。確かに内臓損傷などは、ポーションをかけても効果はないだろう。そんな必要性から、作り出されたもののようだ。
バーンさんに、治療薬ができたと言うことと、今後の治験について説明すると、その間にクリスティーナ様の容体が悪化したらどうしようかと言う事になった。まあ、そうなるでしょうね。それで、これは私からの提案ということで、クリスティーナ様が薬を投与し、容体が改善されるまで、私がこちらにお邪魔するのはどうかと。これには、父上と母上の了解が必要だが、自分としては全く問題はないと伝えた。
結局、母上が見舞いに来られて話し合われた結果、私が長期滞在する事になったのだが、一番喜んでいるのはベス嬢だった。
ビトーさんが、この薬の名称について聞いてきたが、ストレプトマイシンでは意味が分からないだろうから、『抗菌薬』と答えておいた。後、ペニシリンもあるのだが、必要に応じて作っていけば良いと思っている。食糧事情が好転しないのに延命治療だけ発展させても絶対に良い結果は生まないだろうから。
後、この『抗菌薬』のレシピを教えてくれと言ってきたが、聖魔法を使える治癒師と上級錬金術師それと鑑定士が必要だと言ったら、深いため息をついて諦めてしまった。全てのスキルが希少で有り、それを3人揃えるとなると費用が莫大になってしまうそうだ。特に鑑定士は、王国にも2人しかいないそうだ。あ、これって絶対バレちゃいけない奴だ。
◆
メルボルン領に来て1週間経った。クリスティーナ様の診療は3日に一度、まず『鑑定』で、容態の確認をし、それから悪化している箇所を治癒するのだ。もう、直接、胸を触る事はせず、手を翳すだけで効果が出ている。
クリスティーナ・フォン・メルボルン
アスラン暦440年6月3日生まれ(22歳)
人間族 女性
レベル 2
状態 結核(胸)
HP 21
MP 14
魔法適性 なし
スキル:ピアノ演奏
治癒後の状態は
状態 結核(症状なし)
と表示される。確かに、治癒した後は、微熱も下がっていた。しかし、鑑定をして驚いた。レベルの低さは、戦闘経験がないのだから仕方がないとして、HPとMPのあまりの低さに、目が点になってしまった。
私が特別高いのか、クリスティーナ様が特別に低いのか分からないが、これからは自分が普通だとは思わない事にしよう。魔法と剣術の鍛錬は毎日しているし、駆け足だって欠かした事はないので、日々、各数値が上がっているのだろうが、HPが500以上、MPが3000以上って、何の冗談でしょうか。テスラ様。あ、遠くで笑い声が聞こえた気がした。
メルボルンでの1日もランカスター邸とそう変わりはない。朝、5時半に起きてから魔法の練習、朝食後は駆け足を1時間、それから素振りだが、素振り用の木刀は持ってきていないので騎士団用のロングソードを借りて500本の素振り、それからここの騎士団の人と模擬剣による打ち合い稽古だ。騎士団の人の実力はルッツさん程ではないが、そこそこに良い動きをしている。私から良いところに打ち込まれると本気になって悔しがっているが、4歳児を相手に本気になってもどうかと思うのですが。勿論、魔力強化など使っていません。
団長は、王都の公爵邸にいるので、この領地騎士団は副団長が指揮をしているが、ルッツさんなら軽く躱わす打ち込みをギリギリで躱している。何となく1本入りそうだが、これが全く入らない。結局、1本も打ち込めずに1時間の稽古が終わってしまった。
終わってから、副団長、ケビンさんと言うそうだが、色々指導してくれた。まず目線、どうしても相手の目をお向くので上向きになるのだが、打ち込む際、チラッと打ち込む部位を見るそうだ。体格的にしょうがないかも知れないがきをつけよう。後、後ろ足の引き付けが大きく打つ瞬間が分かってしまうそうだ。これも、体格差を無くすために飛び込みの距離を稼ぐために仕方が無いのだが、気をつけよう。
「最後に、フィレ君は4歳の割には12〜3歳相当の強さだねえ。将来が楽しみだよ。」
と褒められた。これって前世と同じパターンです。高校入るまでは神童とか言われていたけど、高校に入ったと同時に凡人になりました。トホホ。
ベス嬢は、私が訓練をしている間中、ずっと端っこで様子を見ていて、休憩になると走ってきて、汗拭きや飲み物を持ってくる。そんなに走ると、転ぶよ。あ、転んだ。
8月、私とベス嬢の婚約式が迫ってきた。これで正式に二人は婚約者になる訳だが、一緒の屋敷で暮らしているので、特に感慨はない。それよりも準備が凄まじい。婚礼用の貴族服の子供バージョンで、まだ叙爵もしていないのに右肩から真っ赤なサッシュを掛けているし、腰にはショートソードを帯剣し、これも、今回新調しなければならないそうだ。模擬剣で良いと思ったが、家紋の飾りが必須という事で、新規に鍛造してもらう事になった。ただ、国王陛下が臨席される場合は、刃体だけ模擬剣に替えるそうだ。靴だって、膝まである黒革長靴で、絶対に一度しか履けないのに勿体ないと思うのは、元日本人だからだろうか。
ベス嬢は、まんまウエディングドレスだ。上から下まで白色、ただ一つ、左肩から掛けている赤色サッシュだけが見慣れない感じだ。頭に飾られるティアラは、クリスティーナ様が結婚される時に付けられていたもので、ダイヤとエメラルドが飾られている素晴らしいものだった。
採寸から仮縫いまで1か月、それから2週間で本仮縫い、完成まで2か月なんて準備がかかり過ぎです。
これで本当に結婚式となったらどうなるのだろうか?バーン卿の話では、ベス嬢が貴族女学院を卒業したら結婚させる予定だそうだ。私としては早すぎる気がするが、この世界では普通なのだろう。誰も異論を挟んではくれなかった。
フレデリック君、世界の常識を変えるようなことをしたのに、自覚がありません。
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