16 婚約しても大丈夫なようです
フレデリック君、婚約のOKをいただきました。でも、ベス嬢でいいんですか?女性は成長とともに変わりますよ。
ベス嬢の母君クリスティーナ様は、財務卿だったグリード伯爵の長女だった。幼い頃から病弱だったが、なんとか貴族女学院を卒業し、社交界デビューをした時に、現在の夫であるダブリン卿と知り合ったのだ。と言うか、学院の先輩であるマリアンヌ様、つまりジョルジュ兄の実母からお兄さんのダブリン卿を紹介されたらしいのだ。
クリスティーナ様は、病弱であったため、周囲からは結婚を反対されていたらしいが、どうしてもと言うダブリン卿の熱望により、18歳の時に結婚したとのことだった。ベス嬢を産んだ時には21歳だったが、医師からは『これ以上子供を作ると生命の保障はできない。』と言われてしまった。実際にはベス嬢を産んでから体調が戻ることなく、ずっとベッドでの生活を余儀なくされているそうだ。
夫のバーン卿には、側室を娶るようにお願いしていたが、『望んで妻にしたクリスティーナ以外に妻を持つ気はない。』と一蹴されてしまったようだ。
クリスティーナ様の部屋に入ると、薬湯独特の匂いがしたが、それでもクリスティーナ様の美しさには、大輪の白薔薇のような感じがして決して病人独特の陰鬱さなど微塵も感じさせない。ベス嬢とは違いプラチナブロンドの髪は、腰まで伸びており、白すぎる顔色と、唯一の化粧である口紅との対比は美しさを一際引き立てていた。
私は、右手を握り、左胸に当てる貴族の礼をしてから自己紹介をした。クリスティーナ様は、
「あらあら、ベスに聞いていた通りね。可愛らしいお顔、カトリーヌにそっくりね。フィレちゃん、ベスをよろしくね。あと、15になるまでは手を出さないで、清い交際を守ってね。」
ああ、あなたもですか。4歳の子に何をお願いしているんですか?
これでクリスティーナ様との面談は無事終了となった。部屋を出ると、ベス嬢は泣きそうな顔をして、
「ママン、ちんじゃうのかな。ちなないよね?」
私の上着の裾を握りながら聞いて来た。きっと、母親が死ぬんではないかと不安でたまらないが、誰にも相談できずに一人で悩んでいたのだろう。2歳児としては仕方がないね。
「うん、大丈夫だよ。私が、良い薬と治す方法を探して上げるよ。」
「本当?」
「うん、だからベス嬢は良い子にしているんだよ。」
「分かった、えへ、フィレ君優しいね。わたち、フィレ君大ちゅき。」
クリスティーナ様は、きっと『結核』だろう。抗生物質がないこの世界では、死の病だ。あの魔導書に治癒の魔法が記載されていただろうか。こんなことなら、薬学部に進学しておけば良かった。結核の特効薬ってなんだっけ。ストレプトマイシンだったかな。
夕方、外出先から戻ったベスの父君バーン卿は、すぐに私達と面談を始めた。と言うか、今日の朝の事件のことを聞いて来た。別に隠すこともないし、正直に事実を述べると、私が使った魔法について何か疑問を感じたらしい。あれ、普通にメイドさんが使っている光魔法『ライト』なんだけど。でも生活魔法の『ライト』で相手の視覚を奪うなど聞いたこともないそうだ。私は、右手の平を上に向けて、小さな灯りを出現させた。
「この小さな灯りですが、これを圧縮すると、光が強くなるのです。」
そう言って、ライトの灯りを徐々に小さくしていく。すると、だんだん灯りが眩しくなって来た。
「今日の朝使ったライトの光球はもっと大きいものでしたので、光もかなり強かったと思います。」
バーン卿は、かなり衝撃的だったらしい。目が大きく見開いている。
「すみません。何か説明がおかしかったですか?」
「いや、おかしいと言えば全ておかしいだろう。まず、媒体もワンドもないのに、どうやって空中に光球を出したのかね。それと、全く呪文を唱えなかったが、そんな事ができるのか。あと、一旦作った光球を操作するなんて宮廷魔導士だって出来んぞ。」
「あれ、そうですか?私は、小さい時からできましたけど。」
「小さい時って、今でも十分、小さいだろう。」
うーん、もしかして、やっちまったかな?
「それと、犯人の片足の膝が全員砕けていたそうだが、それも君がやったのかね?」
「はい、目が見えなくなって、うろうろしている人間の膝を狙うのは簡単でした。と言うか、私の身長では、膝くらいしか届かないものですから。」
「いや、問題はそこではなく、4歳になったばかりの幼児は、普通、大人の膝を一撃で破壊は出来ないだろう。一体誰に習ったんだね。」
「はい、我が家の騎士団のゾリゲン団長とルッツ副団長から教わりました。」
「え、あの剣聖ゾリゲンと狂犬ルッツのことかね?」
「ルッツさんが『狂犬』と呼ばれているかどうかは分かりませんが、きっとそのルッツさんだと思います。団長が剣術バカと呼んでいましたから。」
「ふー、そうか、あの二人からなあ。と言うことは、フレデリック君は、魔法と剣術、どちらが得意なのかね?」
「はい、剣士で身を立てていきたいと考えています。」
これで面談は終わりだった。バーン卿が私をどう思ったかは知らないが、そもそも私の年齢で婚約なんて早すぎると思っているので、なるようにしかならないと思っていた。ベス嬢は、終始ニコニコしていたが、前世で半年で離婚した経験のある私としては、将来もずっと私の婚約者でいてくれるだろうなんて甘い考えを持つことはできなかった。
ディナーの時、クリスティーナ様は、熱が出ているとのことで、階下には降りてこなかった。ベス嬢は、悲しそうな顔をしていたが、私が頭をヨシヨシと撫でてあげたら、少し機嫌が直ってくれた。この辺は、幼児同士、許されるだろう。
ディナー終了後、就寝までの間、蔵書室で目ぼしい本を探した。我が家の蔵書と同様、歴史書や風土記、旅行記などが多かったが、ついに見つけてしまった。
『サルでもわかる初級魔法。』
この世界は、現代日本と似通った部分が随分あるので、この手の本もきっとあるだろうと思っていたがビンゴだった。
早速読んでみて驚いた。本当に初級魔法について書かれているのだ。初級魔法の種類と呼び方、初級魔法の効果、初級魔法の具体的使用例などなど初級魔法を全く知らない人でも初級魔法の全てが分かるように親切丁寧に書かれている。しかし、なかなか使用方法のページに至らない。ついに最後のページまで来てしまった。そこにはこう書かれていた。
『初級魔法も使い方を間違えると危険なので、指導者から直接習ってください。』
う!今まで読んだ時間を返せ。私は、この場でこの本を灰にしたかったが、グッと我慢して、蔵書棚の一番下の一番ハジに、背表紙を向こう側にしてソッとしまった。
就寝時、ベル嬢がまた3人一緒に寝たいと言って来た。クリスティーナ様の病気が移ってはいけないので、一緒に寝るのは禁止されているそうだ。私も母上と一緒に寝れるので、特に異論はない。昨日、旅館で母上と寝た時、いつもより熟睡できた気がするので、大歓迎だ。バーン卿には悪いが、ベス嬢はうちの子にしてもらおう。あ、そう言えばアリスは元気かな。もう2日も会ってないので、寂しくしていないだろうか。
次の日は、ベス嬢に領都を案内して貰う。ベス嬢が言ったスイーツ屋さんとか、ベス嬢がいつも買っているお菓子屋さんとか・・・。驚いた事にベス嬢は、この二つの店しか知らなかった。まあ、2歳児ならそんなものだよね。ちなみに、私だって2歳児の時は、領都屋敷の塀から外には出たことなんて無いんだからネ。
街は、大勢の人が行き交い、活況に満ちていた。先ずはベス嬢が行った事があると言うスイーツ屋さんとかに行く事にする。場所は、お供の侍女さんが知っているので、迷うことはない。
スイーツ屋さんは、正面がテラス席になっている洒落た店で、女性客が殆どだ。しかし4歳児と2歳児の2人だけで、店の入り口付近にはメイドらしき女性2人が控えているのは、かなり目立つらしいが、私とベス嬢は気にしない。そんなことよりもメニューを見る方に集中だ。
ベス嬢は、未だ文字が読めないので、私が読んであげる。そのため、ベス嬢は私の隣の席に座っている。
結局、ベス嬢は『マロンとブルーベリーのタルト』、私は『ストロベリーショート』にした。飲み物は『葡萄のジュース蜂蜜入り』にした。
注文を終わっても、ベス嬢は私の向かい側には座らず、隣に座ったままだが大人の対応ができる私としては、黙っている事にした。スイーツは、とても美味しく、お互いにシェアしたかったが、貴族として許されないので、我慢する事にした。
店を出てからは、アクセサリー屋さんや子供服展などを覗いて見たが、私達ではよく分からないので、結局何も買わずに見るだけで終わってしまった。
お昼前には、お屋敷に帰り、昼食となったが、お腹がいっぱいで、あまり食べられなかったのは仕方がないだろう。
その日の午後、バーン卿と母上で私達の婚約が正式に決まった。婚約式は、今年の夏、ベス嬢が3歳になってから王都の公爵邸で行い、披露パーティーは、王城のレセプション会場で行うとのことだった。高位貴族、特にベス嬢は公爵家の嫡子であり、かつ王位継承権8位と言うことで、国王陛下か代理で王太子が参加されるだろうとの事だった。これで一気にハードルが高くなってしまった。
侯爵家の3男は、騎士となって騎士爵の叙爵を狙うか、家を出て商売人や傭兵・冒険者となって自立するか、惣領から捨て扶持を貰って部屋住みになる位しか生きる道はなく、王室との接点は10歳の時の披露パーティー位しかないのが普通である。それが4歳で婿入り先が決まり、婚約パーティーに王室が参加なんて、前の人生でも常に2番手、3番手だった自分としては考えられないことだ。これも転生特典なのだろうか。
とりあえず、婚約者は決まりました。あとは、国王陛下に正式に報告する必要があります。
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