鬼子
人形の数年後。
「無理」
私の返答にクラスメートは頬を引きつらせた。呆れて物も言えない。そんな表情だ。
言わなくて良い。彼の悪口を言うのなら、口唇を縫って使い物にならなくしてやる。そして、永遠に後悔すれば良いんだ。
だってさ、と更に足掻こうとするクラスメートの言葉に被せる様に続けた。
「何度説得されても無理。彼との関係を切るなんて考えられないから。大体アンタに影響しないでしょ?」
「だって、アイツは鬼子で……」
「うるさい。何も知らないクセに彼を語らないで」
彼を知っているのは私だけで良い。彼の魅力も、可愛さも、優しさも。全部、私だけの物なんだから。
小学の頃から浮いていた彼だけど、高校に入ると更に酷くなった。本人にその気はない。善良な市民。なのに、噂と周囲の誤った憶測が彼を悪者に仕立てあげる。
高校に入って出来た友人も、私が彼と仲良くしていると知ると必死に阻止してくる。
やめた方が良い。関わらない方が良い。ってさ。彼女も友達だと思ってたんだけど、彼を悪く言うならただのクラスメートだ。
もう、良い。彼以外の友達はいらない。彼だけで良い。
「帰ろ」
放課後、彼の教室の前で待って声をかける。すると、彼は目を丸くしてから慌てて、「僕と関わっちゃダメだよ」と呟く。このやり取りは毎度の事だ。
彼と関わると私が孤立してしまうから、離れようとする。そう思えるのは優しい心があるからだ。
そんな彼が、ただのクラスメートが憶測で話した力を持つはずがない。
「もう良いよ。このやり取り。帰ろ」
「……うん」
彼は私の三歩後ろを歩く。図体は私よりも大きくなったのに、これは小学生の頃から変わらないのだ。他人の距離を取ることで、私に火の粉が飛ばない様にしてるのか。
「人形でしょ。手を温めてよ」
「夏だけど……?」
「年中寒い体質なの。知らなかった? 末端冷え症なの」
「えっ……うん」
隣を歩いて欲しいけど素直に言えないから、人形という設定を利用してしまう。
「誰もいない場所に行こう」
「公園かあ」
「だから、ムードを壊さないでってば」
「ごめんね」
公園には使われてない古屋がある。大人二人がやっと入れる程度の小さな物。そこで、私達は毎日遊ぶ。中学生の時に見つけた遊びを飽きもせずに、毎日続ける。
しゃがみこんで古屋に先に入ると、荷物を下ろして彼を見た。
「脱いで」
彼は私の人形だ。命令に従って服を脱ぐのを躊躇わない。寧ろ、喜んでいるのかと錯覚することもある。
ゆっくりと外されるボタンの隙間から陶磁器の様に白い肌が覗いて、思わず息を飲んだ。何度見ても慣れない圧倒される美しさだ。
「綺麗」
「……嘘だ」
「嘘じゃないってば」
上半身裸になると彼は私に背中を向けた。胸を見せるのを恥じらう乙女の感性を持ち合わせているからじゃない。
肩甲骨から生える歪な羽を見せる為だ。
それは生まれたての鳥の物と酷似していて、飛べそうになくか弱い。カラスの羽を思い出させる漆黒の羽は、私が触れるとふるふる揺れた。
前に軽く引っ張っただけで発狂された。どうやら、過敏な神経が通っているらしい。
明らかに普通とはかけ離れた構造。彼が忌み嫌われる所以でもある。しかし、私はこれを綺麗と思えない皆が可哀想に思える。人生を損してる様なものだ。
「良い?」
質問するが答えはどうであろうと、実行する。彼が断らないのを知っていたし、彼の背中を生で見て抑えられる筈がなかった。
返事を待たずに羽に唇を押し当てた。何度も、何度も、何度も。くすぐったくて逃げる彼のお腹に腕を回して、思う存分キスをする。
充たされていく、胸の奥の何か。
何かが特定できる程大人じゃない私は、彼を人形として扱うことでキスする権利を得られることだけしか分からない。敢えて知ろうともしない。
このままで良い。充実した日常ライフ。
誰にも邪魔されずに平穏に送るんだ。
そんな、彼と私の日常。
一応終了。




