人形
「人形でしょ。だまって私についてきてよ」
少女は冷たい目で少年をにらむと、背中を向けて歩き出した。がしょんがしょん、とランドセルが音を立てて上下に揺れる。中身が少ない様だ。
「…………んっ」
少女の言葉を純粋に信じこんだ少年はなるだけ最低限の声で済む様にと、小さく返事して少女の後ろを歩いた。
横は歩かない。三歩後ろの距離。かつての日本の男女の位置関係を、性別を反転して実行していた。
普段通り。少年は至って気にせず、少女についていく。
「今日、ゆかちゃんがマンガを持ってきたの。ダメだよね。学校にマンガなんて。でね、そのマンガを読んだの」
「…………」
少女の命令に従い、口をつぐんだままの少年は代わりに大きく頷いた。しかし、前を歩く少女には伝わらず「何で返事しないの」と叱咤される。
余りにも理不尽な態度に少年は笑顔を絶やさない。
少年がマゾ気質なのではなく、これが少女のコミュニケーション方法だと知っていたからだ。
「何の?」
「少女マンガ。アンタはマンガ読むの?」
「たまに」
「面白いの? それ」
「まあまあ」
「ふぅーーーーん」
意味ありげに伸ばして、少女は唇を尖らせた。
人形のクセに私以外に興味を持つなんてダメなんだー、という少女の呟きは少年に届かなかった。
「少女マンガは面白かったの?」
「アンタは彼女いるの?」
「えっ、や。えっ?」
突拍子のない質問に少年はたじろぎながら笑った。まさか、少女の口から色恋の質問が飛ぶとは想像もしていなかった。
「僕の質問はスルーなの?」
「私の質問の方が優先度高いもん」
「えっと、いないよ。だって、まだ小学生じゃん。必要ないよ」
「必要ないの!?」
少女は叫びながら振り返った。驚きと、悲しみの混じった表情とでも言うべきか。
「……うん、まあ、うん」
「…………ふぅん」
「で、マンガの話だけどさ」
「私に質問するなんて、人形にそんな資格を与えてないんだけど」
「あっ」
そう言えば忘れてた、と少年。
少年は人形という設定だったのだ。少女の気分次第で人形の可能範囲は変わってくる。
「面白かったよ、マンガ」
「えっ?」
「質問。したでしょ?」
「したけど。答えてくれるなんて思わなかった」
少女の気分次第。存分に振り回される分、落ち着いた時の甘さが少年が少女をハマらせていく事になるのだ。魔性の女、と呼ぶには若すぎるが、将来は有望だ。
「どこ行くの?」
「誰もいない場所」
「いつもの公園かぁ」
「ムードがないこと言わないでよ」
少女は拗ねて語尾を強めた。
抽象的に表現するとロマンチックに聞こえるという少女の認識を破壊にかかる少年は、乙女心を読めないことで定評があるのだった。
「ごめんね」
「うるさいってば」
「…………」
「だまらないでよ」
だまってついてきてと言ったのは君なのに。
少年は言わずに再びごめんねと笑った。すると、少女は怒気を弱めながら仕方がないなあと笑う。
「許してあげるのは、アンタが私の人形だからだよ。アンタが私の人形じゃなくなったら許さないんだから」
「うん」
はいはい、と笑ってやりたいのを堪えて少年は愛想良く返事をする。
「はやく」
「ん」
少女が暗に握れと言わんばかりに、手を面前にやるので少年は苦笑しながら、それに手を重ねた。温かくてふにふに柔らかい手のひら。少年は泣きそうになった。
少女の複雑な性格を理解するのは困難を極めるが、少年は分からずとも良かった。少女が少女として、少年と共にある。それだけで幸せだった。
この関係が端から見たら異常でも。
この関係に名前を付けるなら友達ではなくとも。
少年の特異的な性質を忌み嫌わずに、少年の汚れきった手のひらを握ってくれるだけで、少年は幸せだった。
「……明日も、来てよ」
「うん」
言われなくても行くよ。
明日も続くこの幸福。少年はこの幸福が存在し続ける限り現世を生き続けるであろう。
世間に鬼の子と言われようと、実の両親からも見捨てられようと少女が肯定するのなら、少年は生きる。
それは同時に少女が亡くなれば、少年の存在価値を失うという意味であった。
そんな、人形な少年と天使な少女の日常。
鬼子に続く。




