嘔吐
「はあ、美味しそーう」
目前に並ばれた数々の料理に涎を垂らさずにはいられない。
お肉や海鮮がごろごろ入ったクリームシチュー。口に入れるだけでお肉は簡単に私の口の中で広がる。はふはふと蒸気を口から漏らしながら温かい物を食べるのも乙である。
シチューと言うべきか、濃厚なスープとでも言うべきか、食べても食べてもスプーンは止まらず新たな食欲を掻き立てる。
これを作った奴は、悪魔だわ。と、ナプキンでお口をフキフキごちた。
すると、目の前に座る彼が笑った。
「なんとも美味しそうに食べるね。奢りがいがあるよ」
「ほーお?気にひたほほらいへろ(訳、そーお?気にしたことないけど)」
「口に入れたものを飲み込んでから喋ろうね」
だって、副菜も美味しいんだもの!箸が止まる訳ないじゃない!と、言おうかと思ったけども飲み込んでからとのご指示なので咀嚼、咀嚼、嚥下。
副菜は小さなサラダで、正直ガッカリした。あーあ、肉汁したたるお肉が良かった。なんて、思ったりしたけども一口目を運べばもうそんな気は飛んでいった。
何これ!?野菜とは思えない程の食べごたえ、新鮮なんだって分かるしゃきしゃきとした歯ごたえ、更に相乗効果をもたらすドレッシングの旨味。
このドレッシングをかければニンジン嫌いの少年だって、グリンピース嫌いの女性だって、すぐに克服出来るだろう。
私だって早くこのドレッシングに出会っていたら嫌いな野菜を出さなくて済んだのに。まったく、もう。ここのレストランの従業員は私をここに永住させる気か。
と、従業員をきっと睨めば穏やかな笑顔で返された。接客スキル半端じゃねーな。
やっぱり我慢は出来なくてバタバタと足を踏み鳴らしながら感情を表現した。
いやね。こうやって食事のマナーがなってない奴って心底嫌いだったんだけど、実際自分の身になってみるとこうするしかなかったんだと学んだよ。
「んもうっ。美味しすぎるぅう!」
「ははっ、そんなにも美味しいのなら僕のもあげるよ」
「や、大丈夫」
「美味しいって言ってた割に、すぐに断るね」
「だってそりゃ、貴方にもこの美味しさを分かって欲しいもん……それにほら、私。こんなに食べたからお腹も……」
と、お腹をポンポンと叩いた瞬間。頭よりも素直なお腹はぐうっ!と叫んだ。叫びたいのはこっちの台詞だ!と怒鳴りたかったが彼の前だから殊勝に頬を染めた。
たっく、なんでこんなタイミングで鳴るのよ。
「お腹も?その元気な様子から見るとまだ食べれそうだね」
「た、食べれるけどさあっ。貴方は彼女がデブになっても良いの?」
勿論お腹いっぱいというのは見栄張りで、本当はもう少し食べれるのである。けども、女の子ならやはり体型を気にしてしまうもの、嘘をついてしまうわ。
「君がデブに?」
彼の反応を伏し目がちに伺うと、彼はすぐに眉間にシワを寄せた。怖かった。
私がデブになることを心底嫌悪しているその表情を見るだけで、このままデブになったら嫌われてしまうことが分かった。
嫌だ。彼に嫌われたくない。
「嘘よ。私はデブにならないわ。ちゃんと運動するもん。それに……」
「それに……?」
あら、しまった。と口をちゅんと尖らせた。
ついつい失語してしまったので、ブンブンと首を振って何でもないのよ。と告げた。
「ふうん。君の美味しく食べてる姿が見れりゃ、僕は満足だから良いよ」
美味しく食べる姿、ね。その裏で私がどんな苦労をしているのかは貴方は知らないでしょうに。と、思うと黒い笑みが自然と漏れる。
まあ、彼の為だし。知らない方が良いこともあるわよね。
「じゃあ、また今度」
「うん、また来週ね」
「ああ。次も美味しいレストランを予約しておくから、お腹空かせといてね」
「あったり前でショー!」
家の前まで送ってくれた彼に手を振りながら家に入ると、先程までの穏やかな空気とは変わって私は走り出した。
何をするために?決まっている。
トイレに直行して、今日食べたモノを全て吐き出す為だ。ちょっとでも遅れて消化されて、私の身体の一部となられたら困ってしまう。
彼の嫌悪するデブになるから。
吐いて、吐いて、吐いて。吐けなくなったら指を喉の奥まで入れて、また吐く。しまいには喉が胃酸で潰れ、涙が溢れ出すけど毎度のことだ。
慣れてしまった。
彼は遊びに行く度にレストランに連れていってくれるから、太らない為には吐かなくてはいけない。排泄しなくてはいけない。
まあ、これも彼への愛情。
彼に嫌われたくないから可愛くメイクして、言葉遣いを女の子らしくするという人の話を聞いたことあるけど、私もそんな感じだろう。
彼に嫌われたくないから、痩せるために吐く。運動だけじゃ賄えないエネルギーを自ら排泄する。なんて、利己的で体内にとって経済的なんだろう。そして、なんて彼想いなんだろう。
だから、彼も私を捨てない。
だけども怖いから今日も彼の為に吐き続ける。
そんな、拒食症気味な私の日常。
一応おしまい。




