秀才
「ふうむ、謎だ」
僕は金田一少年程のIQを持つ頭を抱えて唸った。僕ですら解けない謎があるのだ。あまりにも屈辱的で悔しい。
しかし、こんなことを他人に相談でもしたらバカにされること間違いないので、この大きな謎を一人で解いていく他はない。
「お!佐藤が何か考え事してんのか!?」
突如僕の視界に現れたのは山田である。僕がこの謎に行き着く原因となった人物だから軽くあしらう。
「五月蝿い。山田。僕が考え事していたら駄目だという決まりでもあるのか?」
「そういうんじゃねーけど。珍しいからさ」
「ふうん、で?お前が僕に話しかけてくるのはアレだろう?」
「ああ、当たりだ」
ぴっ、と斜め前に座る女子生徒の背中を指差した。山田が好意を寄せる女子、伊藤さんだ。
山田はクラスでも全知全能と知られつつある僕に、恋愛相談を持ち掛けているということである。
残念ながら僕に恋愛経験などはないのだが、過去に読んだ小説を参考に教えてやったら妙になつかれてしまった。それからは、たまに山田の話を聞いてはアドバイスをあげている。
それと、山田が僕のもとに来るもう一つの理由がある。
「あっ、佐藤くん。今日の数学の宿題手伝ってくれる?」
何故か伊藤さんはよく僕に話しかけてくるのだ。だから、必然と山田も話をしようとやってくる。
話す内容は大抵勉強で、教えて。やら、手伝ってと声をかけてくるのだ。どうやら、僕を出来る奴と思っている様である。
まあ、そうやって勉強を聞きに来る奴は少なくない……が、女子では伊藤さんだけだ。多少、特別感を感じることもある。
「ああ、良いよ」
「良いよ、良いよ!welcome!!」
「山田は数学が大の苦手だろうが」
だから教えてくれと頼まれないのだぞ、と小さく付け足した。すると、鼻息荒くして「俺!数学の神になる!」とか言い出して自分の席へと戻っていった。
厄介な奴がいなくなってくれたと、小さく息を漏らすと僕と山田のヤリトリを見てクスクス笑う伊藤さんと目が合った。
「最近よく山田くんと仲が良いね。珍しい」
「珍しいのか分からんが、伊藤さんはよく知ってるな。僕と山田が最近距離が近くなってること」
「そりゃ……分かるよ。斜め後ろだもん」
少しの妙な間の後に、伊藤さんはふと睫毛を伏せた。この僕が解けない謎があるという事実事態認めたくないが、最近よく見る伊藤さんのこの仕草には疑問を上げずにはいられない。
しかしまあ、僕は斜め後ろの人間が誰と仲が良いかなんて全くもって把握していないというのに、伊藤さんはなんて高いスペックを持っているのだ。
「ほう。そうか。じゃあ、どこが分からないんだ?」
「そうそう。ここがね、分からないの」
数学のプリントを広げて、伊藤さんは近づいてきた。肩に毛先が当たる程の長さの髪が揺れて、ほのかにシャンプーの匂いが鼻先を掠めた。
く、と思わず反射的に身を反らしてしまったが、伊藤さんは気づいた様子はない。気づかれたら困る。そして、勘違いされて嫌がっているだなんて思われたら困るから、それで良かった。
「それは、だな」
「ん?」
僕がシャープペンを持ってトントンと用紙を叩くと、伊藤さんはまだ何も書かれていないというのにプリントに近づいた。
その様子が可笑しくて暫く動きを止めていたら、伊藤さんは不思議に思ったのか僕に顔を向けて「それは?」と聞いてきた。
思ったよりも近かった。伊藤さんの独特な甘い体臭が香ってきて、何故か理由は知らぬが心臓が急速に活動をし始めた。緊張しているのか?いや、まさか。この僕が緊張なんてそんな。
「あ、ああ。すまん。考えていたら止まっていた」
慌てて手を動かすと伊藤さんはぷう、と頬に空気を溜めて顔をほんのり紅潮させた。
これが顔が整っていない人間がやったら殺意しか湧かないが、美形の伊藤さんがやれば皆を穏やかにさせる効果がある。美形おそろしや。
「私に勉強を教えてる時に他の女の子のことを考えるなんて最低よー」
「いや、僕は伊藤さんのことを考えていた」
「え?」
しまった。止まっていた僕を笑わせる為に伊藤さんは冗談を言ってくれたというのに、つい本当のことを答えてしまった。
そのせいで伊藤さんは顔を赤くさせたまま固まっているではないか。
「あー、ウソウソ。いや、嘘じゃないけど……ああ、まあ。勉強しようか」
「あっ、うん。そ、そうだね!」
お互い慌てながらプリントに向かった。
これが僕の抱える一番の謎だ。伊藤さんと会話したり近づいたりすると、心拍数が増加して体温が上昇する。残念ながら病気ではないそうなので、原因は掴めていない。
時折、山田の発する伊藤さんへの好意と似た点を感じるが僕が人に恋するはずもないので、その選択肢はないことにした。
そんな、秀才な僕と伊藤さんの日常。
次のお話と繋がります。




