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日常  作者: 太郎
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薬物

 

「空を飛んでいる気持ちになれるんだ」


 ─なぜ、薬物をするの?後遺症が残るのに。捕まってしまうのに。なぜ、自分を傷つけたいの?

 と、質問した返事がこれだった。

「そう」

 空を飛べるから薬物をする。私にはそれが不思議なことに思えた。


 ─空を飛びたいなら飛行機に乗れば良いじゃん。ヘリコプターに乗れば良いじゃん。きっと、そっちの方がお金かからないしさあ。


 と、言うと彼は笑った。その笑顔の隙間から見える歯は昔の面影をなくして、ボロボロに溶けていた。

「それじゃ、違うんだよ」

 焦点の合わない視線が、私を越えてチロチロと辺りを見回した。まるで何かに怯える様に、歯をカチカチ鳴らした。

 しばらく、その作業を繰り返して大分落ち着いたと思われた時に彼はまた口を開いた。

「あー、口じゃ上手く言えないなー。どうすれば伝わるんだろ」

 彼の大きく窪んだ瞼と飛び出た眼球が相まって、私を怖がらせる。そんな目で見ないで、とでも言おうものなら殴られること間違いないから自粛。

「手っ取り早くお前も(ヤク)やるか?」

 目の前に掲げられた、小さく透明な袋。その中には白い粉末が僅かに入っている。


 ─それ、お兄ちゃんのお金で買ったんでしょ?私なんかに使わせるのは勿体ないよ。


 咄嗟に、私は首を振った。遠慮ではない。私も彼の様な怖い人になるのが嫌だっただけだ。

「楽しくなれるから、な?」と、尚も誘う彼の言葉にただただかぶりを振ればようやく納得した。

「まあ、やりたいときは声かけてくれよ」

 声をかけることはないけどね。だって、私はあくまでも普通の人でいたいから、と考え笑った。


 ─声かけてって、お兄ちゃんいつも家にいないじゃん。ちゃんと帰ってきてよねー。


 彼は困ったように、悲しそうに首を傾げながら笑顔に似た表情を浮かべた。ああ、理由は分かってしまう。

「帰って、くるよ」

 溜めて吐き出した言葉は、私にとっては虚言にしか聞こえなかった。こうやって帰ると言って今までに一度だって帰ってきてくれたことはない。

嘘つき。嘘つきお兄ちゃんなんて、嫌いだよ。

 それよりももっと嫌いなのは、お兄ちゃんを苛めたお義父さんだけど。お兄ちゃんが家を出て薬物に走るきっかけになったんだもの。あの人は大っ嫌い。

 醜くて、根性の悪い豚。優しかったお兄ちゃんを変えてしまった最低なクズ。心から、あの人を嫌悪している。

 けれど、ただお兄ちゃんが苛められているのを黙って見ていたあの頃の自分にも辟易する。

 ああ。


 ─お兄ちゃん、会いたいよー……


 泣いていないが、声が震えか細くなった。

「何言ってるんだよ。俺は、ここにいるだろう?」

 彼は笑った。優しい口元から覗くのは欠けてしまった歯、歯、歯。そんな笑顔見せられても、私はあの頃の様には笑えないよ。

「いる、だろ?」

 私に触れようとした彼の手がボンヤリと透けて、私を通り抜けた。それもそのはず。この(・・・)は。


 ─いないの。だって、貴方は私の妄想の産物。貴方は彼であって私のお兄ちゃんじゃないんだよ。


 あ、そっか。妙に飲み込みの早い彼はグーパーと私に触れなかった手を開閉して、確認する。

 あ、その仕草がどことなくお兄ちゃんに似てる。さすが、私ったらお兄ちゃんを見ていただけあるねと自画自賛。

 お兄ちゃん、お兄ちゃんが足りない。優しかったお兄ちゃん。私を思いっきり殴ったことも、鼻血を出させたことも忘れてあげるから帰ってきて。

 ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃ…リ、ジリリリリリリリリリリリリ…………




 ピッ。

 けたたましく鳴っていた目覚まし時計を止めて布団の中で伸びをした。丸まっていた背骨が伸びて、ギシリ、音を鳴らす。

 ふあ、と欠伸が漏れ生理的欲求に身を委ねていると目元が濡れているのに気がついた。明らかに欠伸での涙にしては量が多すぎる。また、やったかとため息を漏らす。

 何故かは分からないし、いつかも分からないけど私はお兄ちゃんの夢を見る。見た目は最後に会った時の物だけど、性格は優しかった頃という不思議なお兄ちゃん。

 毎度覚えていないが何回か会話して、悲しくなって泣いてしまうということだけは記憶している。

 もう、こんなにも想っても無駄なのに。潜在的にお兄ちゃんを求めてしまっているのだろうな、と冷静に考えながら重い布団を退かした。ヒヤリとした冷気に身を竦めながら立ち上がり前を見る。

 机の上に飾っている写真の中の昔のお兄ちゃんと目が合い、私は笑った。


 ─お兄ちゃん、おはよう。



 そんな、薬物中毒のお兄ちゃんを持つ私の日常。



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