虚言
「嘘つき」
彼女は大粒の涙を溢した。ぽろり、ぽろりと緩やかだったものは徐々にスピードを増していく。しまいには嗚咽まで加わった。
「嘘じゃないよ」
僕は言う。諭すように、赤子に接するように、傷つけないように、優しく優しく。
けれど、僕の精一杯の努力は彼女にとっては意味をなさずに、涙を更に溢させるばかりだった。
「嘘、うそ、だ。圭くんはいっつも私に嘘ばっかりつくもん。私をからかってるの?」
「からかってならこんな事言わないよ。言いたくもないアイツが、健斗がーー」
「やだ! 聞きたくない!!」
大きく叫んで彼女は床に頭を擦り付けた。ぐりぐりと、激しく叩きつけては嫌なことを忘れるかのように。
やめて、百合ちゃんの頭が痛くなるよ。と、彼女を止めると涙で濡れてグシャグシャの顔で僕を睨んだ。
大きな瞳は激しい炎を燃やしている。
「もう、そんな嘘、止めて……お願いだから」
しかし、反対に声は凄く頼りなくてつついたら今にも崩れ落ちてしまいそうで思わず抱き締めた。ぎゅうっと力強く抱き締めないと消える気がした。
何度も夢見た彼女とのこのシチュエーション、僕の想像ではもっとお互いに胸がほわほわする予定だった。なのに、何で?
腕の中にいるのは愛しの彼女なのに、溢れ落ちる砂を手に乗せているような感覚。どんなに拾おうともがいても、彼女には届かない。
アイツのせいだ。僕の双子の弟ーー健斗が二年前に死んだからこんなことになってしまったんだ。
僕らと百合ちゃんはお隣さんで、小学からの幼なじみだった。僕らは同い年でずっと一緒に育ってきた。
そう、僕と百合ちゃんは幼なじみ。その関係性は全く変わってないのに成長していくにつれて、僕は百合ちゃんを女としてしか見れなくなっていた。
けれど告白なんて出来ない。したら、この穏やかな関係が壊れてしまうかもしれない。僕はそれだけは避けたかった。
百合ちゃんに嫌われたら生きている意味がない、それ位百合ちゃんは僕の中の全てだった。のに、健斗は簡単に奪っていった。
双子というのは面白いもので、後から話を聞いたところ健斗も僕と同時期に百合ちゃんのことを好きになったのだそうだ。
でも健斗は、僕と違って持ち前の明るさとコミュニケーション能力で、告白して断られそうになったところをお試しで付き合えることになった。
僕は告白すらしなかったのに、だ。
顔は全く一緒なのに、何で僕じゃなくて健斗を好きになるんだ。何で僕を見分ける基準が『健斗(弟)じゃないから圭斗(僕)』なんだ。
何で、何で百合ちゃんは僕を愛してくれないんだ。何でアイツは百合ちゃんに嫌われてから死ななかったんだ。何で百合ちゃんの心の中に僕が入れないようにして、死んでいったんだ。
どうしてアイツは二年も経つというのに彼女の心の中に居続けるんだ。
僕の方がずっと百合ちゃんのことを愛しているのに、どうして報われないんだ。
ああ、そうだ……僕らは双子なんだ。親も間違える位そっくりで。違うところと言ったら積極性と、話し方だけ。
「ねえ、百合。俺は百合に一度も嘘ついたことないよ?」
傷ついた百合ちゃんを癒せるのはアイツの顔を持った、この僕だけ。この上ない位屈辱的だがこれしかない。
「健くん……?」
「当たり前じゃん。俺の顔忘れたの? それとも、なーに?」
ぷにぷに、と百合ちゃんの頬を掴んだ。丸く開いた目の中に僕が映る。けれど、彼女の心の中には健斗が。
「健斗が死んじゃう夢を見ちゃったの。凄い、リアルで怖かった……」
「俺を殺すなよー」
ぱちん、頭に手を乗せる。
「あうっ。夢だから私に言わないでよー。それに、あんな怖い夢二度と見たくないもん」
頬を膨らませた彼女は、先程までの涙を全てしまい代わりに最高の笑顔を浮かべていた。望んでいた彼女の笑顔が僕の心を苦しめる。
「ねえ、圭斗兄さんがどこに行ったか知らない?」
痛む胸を押さえながら必死に絞り出した言葉、この返事によっては今後の生活が左右される程に大事な質問。
しかし、彼女は予想通りに。
「圭斗って誰? 健くんは一人っ子でしょ?」
人形の様にこてん、と首を傾げて笑っていた。
そんな、虚言を吐き続ける僕の日常。
ネタバレ含み↓
主人公は圭斗。その双子の弟である健斗は圭斗も好きな百合と付き合っていたが事故で亡くなる。余りにも愛していた百合は現実逃避し、健斗が死んだことを受け入れなかった。
しかし、そのことをまだ引きずっているのだと思った圭斗は百合に『健斗は二年前の事故で死んだのだ』と告げる。(そして、冒頭へ続く)
すると百合は泣き出してまだ認めない。健斗が亡くなってもまだ心の中に健斗がいることに、腹が立った圭斗は健斗のフリをする……と、百合はあっさり騙された。
けれども。彼女の記憶の中からは圭斗がいなくなっていた。彼女にやっと見てもらえた嬉しさと、見ているのは自分の中の健斗であるという悲しさで、圭斗の心は揺れ動く。
ということでした。よくよく考えたら日常茶飯事でないという事実。まあ、いつものように気にしない方向で。




