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亡国の王子は異世界で国を興す  作者: 鈴鳴り
第1章 旅人西へ

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第4話 銀の欠片


「その金具を拾ったのは、馬車を見る前か? 後か?」


「後だよ。馬車が通り過ぎたあとに、道の端で光ってるのを見つけたんだ」


金具は掌に収まるほどの大きさで、銀に似た色合いだが、施された装飾はかなり細かい。少なくとも、その辺の荷馬車に使われるような品には見えなかった。


「時刻は?」


「時刻って……」


リオが困ったように眉を寄せる。


「昼より前か、後か。それくらいでいい」


しばらく考えてから、リオは顔を上げた。


「四つ目の鐘より前。母ちゃんの薬を買いに行く途中だったから」


この街では、鐘で時を知らせるらしい。尊は頭の片隅にそれを留めておく。


「馬車はどっちから来て、どこへ向かった?」


「街の方から森の方へ、馬が2頭くらいだったかな」


「御者は」


「いた」


「他に見ていた人間は」


「知らねえよ!」


矢継ぎ早の質問に、とうとうリオが声を上げた。


「なんでそんな細かいこと聞くんだよ!」


「リオの話を確認してるだけだ」


尊は淡々と答えた。


「さっきも言ったけど俺は、お前が盗んでないと決めたわけじゃない」


「はぁ!?」


リオの顔が一気に険しくなる。


「さっき俺のこと助けたじゃねえか!」


「盗んだと決めつける材料がなかったから、止めただけだ」


「なんだよそれ!」


「逆も同じだ」


尊はまっすぐリオを見た。


「お前が拾ったと言うなら、その話を一つずつ確かめる。それで本当なら、それでいい」


リオは不満そうに頬を膨らませた。


「変な兄ちゃん」


「そうか?」


「普通、もっと信じるとか、疑うとかあるだろ」


「知らない人間をいきなり全部信じる方が、変じゃないか?」


リオは言い返せなかった。

そのやり取りを聞いていた商人らしき男が、大きくため息をついた。この騒ぎの元になった店の主人らしい。


「まあ、うちの商品が盗まれたわけじゃないんだ」


尊が振り返る。


「違うのか?」


「ああ。その坊主が、これを売りに来たんだよ」


店主は銀の金具を指差した。


「こんな高そうな物を、あの辺りの子供が持ってる。だから盗品じゃないかと思ってな」


「おい!」


リオが店主を睨みつける。


「だからって、いきなり泥棒扱いすんなよ!」


「お前の日頃の行いもあるだろうが!」


「何だと!」


「まあまあ」


尊は二人の間に手を差し入れた。


どうやら話は、思っていたより単純らしい。少なくとも今のところ、これが盗品だと証明できる人間はいない。かといって、リオが拾ったという証拠もない。


なら――。


「その場所を見てみるか」


リオが顔を上げた。


「黒い馬車が通った場所だ」


「行ってどうすんだよ」


「何か見つかるとは限らない」


尊は銀の金具に目を落とす。


「でも、他に手がかりもないだろ」


それに何より、尊自身、少しだけ引っかかっていた。

人通りの少ない道を、高価そうな馬車が、かなりの速さで走り抜けていった。


それだけなら、珍しい話ではないのかもしれない。だがその直後に、部品らしき物を落としている。

急いでいた?何かから逃げていたのか。それとも何かの合図なのか。


「案内できるか?」


「できるけど……」


リオは少し迷うように視線を落とした。


「母ちゃんが待ってる」


尊は一瞬、言葉を失った。


「薬は?」


「買えてない」


金具を売る前に騒ぎになったのだから、当然だった。


尊は懐へ手を入れ――そこで、何もないことを思い出した。


「…………」


金がない。


天城の貨幣なら僅かに残っている。だが、この国で使えるはずもない。


「何してんの?」


リオが怪訝そうに尊を見上げる。


「いや」


尊は手を戻した。助けたいと思っても、薬一つ買ってやれない。


戦場なら。目の前に敵がいるなら。刀を振ればどうにかなることもあった。

だが、病人に刀は何の役にも立たない。その当たり前の事実が胸に残った。


「先に、母親のところへ行こう、様子を見る」


「兄ちゃん、医者なの?」


「違う」


「じゃあ何すんだよ」


「俺にも分からん」


「やっぱ変だよ、兄ちゃん」


また言われた。だが、そう言うリオの口元は、少しだけ緩んでいた。



リオの暮らす家は、そこからさらに奥まった場所にあった。


細い路地の両側に、古い木造の家々が肩を寄せ合うように並んでいる。雨を凌ぐためなのか、どの屋根にも何枚もの板が継ぎ足されており、表通りの華やかさからは、想像もつかない場所だった。


リオが一軒の小さな家の前で足を止め、扉を開けた。


「母ちゃん、ただいま」


返事はない。尊も後に続いて中へ入る。

狭い部屋だ。家具は最低限しかないが、掃除は行き届いている。リオが毎日やっているのだろう。そして窓際の寝台に、一人の女性が横たわっていた。


「リオ?」


か細い声だった。


「ごめん、薬まだなんだ」


「そう……」


女性は息子を責めることもなく、小さく微笑んだ。

尊は少し離れた場所から、その様子を見つめる。


顔色が悪い。呼吸も浅い。

医術の心得があるわけではない。だが、戦場で負傷者や病人は何人も見てきた。少なくとも、このまま放っておいていい状態には見えなかった。


「そちらの方は?」


女性が尊へ目を向ける。


「なんか、変な兄ちゃん」


「もう少し、他に紹介の仕方があるだろ」


「だって名前知らねえし」


確かに名前を名乗っていなかった。


「尊だ」


「ミコト?」


「ああ」


女性が、わずかに頭を下げようとする。


「息子が……何かご迷惑を?」


「いえ」


尊は静かに首を振った。


「少し、一緒に歩いていただけです」


リオが尊を見上げる。何か言いたそうだったが、結局は黙っていた。

尊は再び女性へ目を向けた。


医者を探すべきだ。あるいは、魔法の中には、傷や病を癒すものもあるのだろうか。


いずれにしても、そのためには金が要る。この国に来て初めて、尊は金というものを、切実に必要だと感じていた。



母親の様子を確かめたあと、二人は北へ向かった。

レグナの北門を抜け、しばらく街道を歩く。やがてリオが、本道から外れた細い道を指差した。


「こっち」


「随分と人が少ないな」


「古い道だから。今はほとんど使われてないんだ」


道は森の中へと続いていた。馬車一台がやっと通れるほどの幅で、地面は舗装されておらず、ところどころに草が生えている。


「昨日は、なんでここに?」


「薬屋まで近道なんだよ」


なるほど、と頷きながら、尊は歩きつつ地面へ目を走らせた。乾いた土。いくつもの足跡。細い轍。すべてが新しいわけではない。

リオが立ち止まった。


「この辺で馬車を見た」


「どっちから来た?」


リオは後ろを指差す。


「レグナの方。で、そのままあっちに行った」


次に指したのは、森の奥だった。


尊はしゃがみ込み、地面を見つめた。


二本の轍。古いものも混じっている。指先で土を軽く崩してみる。


「これか?」


「俺に聞かれても分かんねえよ」


「そうだな」


尊は小さく笑った。


ただ、轍のうち一本だけが、妙に深く刻まれている。かなりの速さで駆け抜けたのだろう。さらに道の端では、草が一方向へ大きく薙ぎ倒されていた。


「…………」


尊は立ち上がり、少し先へ目をやった。


枝が折れている。


その根元に、何かが落ちていた。


「リオ。動くな」


尊はゆっくりと近づき、それを拾い上げた。銀色の、小さな破片だった。

リオが目を見開く。


「それ!」


「同じか?」


「俺が拾ったのと似てる!」


尊は二つを掌に並べた。まったく同じ形ではない。だが、装飾の意匠はよく似ている。同じ馬車の部品と考える方が自然だった。


そして、新しく拾った方の破片には、小さな刻印が残っていた。

翼を広げた鳥。その上に、小さな王冠。


「これ、何か分かるか?」


「知らねえ」


リオは首を振った。

尊にも分からない。だが、ただの飾りではないだろう。家紋か、商会の印か、あるいはそれに近い何か。

尊が持って帰ろうとポケットへ入れたところ、


「売る?」


「お前の場合、冗談に聞こえん」


「ひでえ!」


リオの抗議を聞き流しながら、尊は森の奥へ視線を向ける。

黒い馬車。深い轍。落ちた部品。急いでいた理由は何だろうか。


考えても、答えは出ない。今ある情報だけでは全く足りなった。

ならば、今ある手がかりを持ち帰ろう。



二人がレグナへ戻る頃には、街の空気が一変していた。


北門の前に、兵士の数が増えている。馬に跨がった騎士たちが、次々と街の外へ駆け出していく。道端には、不安げな人だかりができていた。


「何かあったのか?」


尊が呟いた直後、馬上の兵士が声を張り上げた。


「聞け!」


周囲が、しんと静まり返る。


「昨日より消息不明となっている第一王女、セレスティア殿下について、王家より正式な捜索命令が下された!」


ざわめきが波のように広がった。尊の足が止まる。


「王女?」


「セレスティア様だよ」


隣でリオが答えた。


「この国の、王様の娘」


兵士はなおも続ける。


「殿下は王都よりレグナへ向かう途上、護衛との連絡が途絶えた! 昨日、街道およびその周辺で不審な馬車、人影を目撃した者は、直ちに衛兵詰所へ申し出よ!」


「…………」


尊は黙り込んだ。昨日。レグナ周辺。不審な馬車。

隣のリオも、何かに気づいたらしい。ゆっくりと尊の顔を見上げる。


「兄ちゃん」


「ああ」


「俺が黒い馬車見たの……昨日だぞ」


尊は手の中の、銀色の破片へ目を落とした。翼を広げた鳥。その上に戴かれた王冠。

偶然だと片付けることもできる。この馬車が王女に関係している証拠は、まだ何もない。

だが、確かめる価値はある。


「リオ」


「何?」


「衛兵のところへ行くぞ」


リオの顔が、露骨に強張った。


「嫌だ!俺、ついさっきまで泥棒扱いされてたんだぞ!?」


「だから?」


「だからじゃねえよ!俺みたいなのが王女様の話なんかして、信じてもらえるわけないだろ!」


尊は少し考えてから、銀色の破片を掲げてみせた。


「なら、俺も行く」


「兄ちゃんだって怪しいだろ!」


「……それは否定できないな」


「できないの!?」


尊は思わず笑った。確かにその通りだ。

伸び放題だった髪を括っただけで、髭はそのまま。外套は泥だらけで、腰には見慣れない刀を差している。どう見ても、信用される側の人間ではない。


「それでも、話さないよりはいいだろ」


尊は歩き出した。数歩進んだところで、後ろから足音がついてこないことに気づく。振り返ると、リオはその場に立ち尽くしていた。


「どうした?」


「もしさ……本当に、その馬車に王女様が乗ってたら?」


尊は答えなかった。


「もし、悪いやつに捕まってたら……兄ちゃん、どうすんの?」


尊はしばらく考えた。王女が、この国でどれほど尊い存在なのか。尊にはまだ、よく分からない。

だが、偉いかどうかなど、今は関係なかった。


「困ってるなら助ければいいんじゃないか」


尊は、何でもないことのように言った。

リオが目を瞬かせる。


「王女様だぞ?」


「だから?」


「だからって……」


尊は首を傾げた。


「王女なら、助けなくていいのか?」


「いや、そうじゃなくて!」


「なら、同じだろ」


尊は再び歩き出した。少し遅れて、後ろから小さな足音が追いかけてくる。


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