幕間① 日は東へ、月は夜に、根は土に
日は東へ、月は夜に、根は土に。
天城に生まれた者なら誰でも知る言葉だった。
祖父の祖父の祖父の代よりずっと先から語り継がれる言葉。
旅に出る者は胸に刻み。
死者を送る時にも人々は口にする。
もう誰が話し始めたのかはわからない。
あらゆる人に何回も語り継がれてきた言の葉。
遥か昔。
東の果てには天城の名はなく、国境すら定まっていなかった頃。
西方には八州とよばれる古き地があった。
そこには8つの門が存在したという。
この世と、この世ならざる場所。
人の住む世界と、外側の世界。
門の向こうには夜があって、名もなき怪物がいた。
人が入らないように、門には守り人がおかれ、外側の世界から、人々を守っていた。
人々は門さえ閉じていれば、自分たちは守られるのだと信じ、その門すら信仰していた。
しかし、それを疑った者1人。
その名を天城皇国建国者にして。最初の皇帝、天城|日嗣。
別の名を東照王と呼ばれ、後の世に日の神と称えられた。
伝承によれば東照王は全滅したと思われる兵や民を数万人生還させ、
嵐の海で民を率いて、海を割り、東の地へ導き、
民を逃がすため、1万の敵を切り伏せた。
不毛であった大地には1万の桜が生い茂り、1面には黄金の稲穂が広がった国を作った男。
その男はいった。
「天城は豊かになった。怯えることのない生活を送れる。
だが、天城だけが豊かでいいのか?誰が門の外へ落ちた人間を誰がを守る。」
誰れも答えなかった。いや、答えられなかった。
誰も進んで地獄へ戻ろうとする人間はおらず、東照王が向かおうとしたとき。
「ならば、私が向かおう」
八州を治めていた皇主、常夜王。
日の神の友として、月の神と呼ばれる男。
日嗣は尋ねた。
「帰るつもりはあるか」
常夜王は少し笑って答えた。
「帰る場所が残っていればな」
振り返らずに7人と共に門へ向かった。
常世影邑・八束朔也
この2人は後の天城の武神、玄神の2柱となる。
日は東へ。
月は夜に。
後世の人たちはそう伝えたのだった。
「これが天城の神話よ、尊、零。」
月明かりと、灯篭の琥珀色に包まれた部屋で大きなお腹をした母は懐かしそうな顔をしてそう言った。尊の弟の零はまだ2歳だから全く理解していない。でも何か楽しそうに聞いている。けどそんなのは絶対にありえない。尊はそう思った。
「海を割るとか嘘だって!蒼術でもできないよ」
尊は思ったことを口にした。母親は怒るでもなく、優しい顔をして微笑んで、言った。
「どうだろうね、尊。日嗣様はもっと凄いことしてたりするんじゃない」
「じゃあミコトはもっとすごい王様になる!!」
「尊ならきっとすごい王様になれるわよ」
「ほんと!?ととさまより、すごい王様になれる?」
尊は目を輝かせて、話した。尊の中で父親はとても偉大な存在らしい。
「まずは自分の呼び方をミコトから変えないとな
また爺に叱られるぞ」
そう低い声で笑いながら言ったのは、尊の父親だった。
「ととさま!」
尊は一目散に駆けていった。その後ろに零もよちよち歩きで向かっている。
兄に先を越されたのが悔しいのか少し不満そうな顔している。
母は口元を隠しながら笑っている。
「れーも!」
「おお、零もきたか」
父は笑いながら腰を落として、2人を抱きあげた。
「ととさま、ミコトの話聞いてた?」
「聞いていたとも。日嗣様より立派な王になるそうだな」
「うん!」
尊は大きくうなずいた。
「いっぱい敵を倒して、いっぱい国を広くして、みんなに一番すごい王様って言われる!」
父は一瞬だけ目を丸くし、母と顔を見合わせる。
母は困ったように笑っていた。
「日嗣様が偉大なのは、1万の敵を斬ったからか?」
尊は当然とばかりに頷こうととしたが、一瞬とまった。
「…ちがうの?」
そして父は城から城下街を2人へ見せた。
そこは100万の民が暮らす街で、様々な屋台や職人の工房がある。
もう夜だというのに灯りがたくさん光っていた。それはまさに不夜城と形容できるだろう。
「あの灯りを見てみろ」
尊も窓の向こうを見ている。零は父親の顔を触っている。
「いっぱいある」
「俺が1人で灯しているわけではない」
米を作る者がいて、家を建てる者、道を作るもの、子を育てる者、病人を診る者がいる。
そしてその者たちを守る者がいる。
「日嗣様1人で天城を作ったんじゃなくて、
日は東へ。月は夜に。そして――根は土に」
「ね?」
父は口元を緩めて、尊をみながら言った。
「どれだけ立派な桜も、根が無いと倒れるように
ここに暮らす者がいないと、国も倒れてしまうんだ」
尊自身言っていることは半分も理解できていない。強い王様が良いに決まっていると思っている。しかし父の言った言葉はとても大切なんだと感じた。
「むずかしい」
尊は頬を膨らませながら言い。父はまた笑った。
「王様は1番偉い人じゃなくて、1番最後まで逃げてはいけない人間なんだ」
尊は更に意味がわからないといった顔をしている。
腕が限界なのか、父は2人を布団の上におろして頭を撫でながら続けた。
「民が安心して飯を食えるようにする。子供が明日のことを考えられるようにする。旅へ出た者が、帰っ てこられる場所を残し自分より強い者を作り、自分より賢い者を育て、自分がいなくなったあとも国が続くようにする」
尊には最後の方は何を言っているのか、理解はできなかった、だからこと
「じゃあミコト、全部できる王様になる!」
「欲張りだな」
父はまたガハハと大きく笑って、尊の頭を撫でまわす。
そして一通り撫でまわした後で
「それくらいがいい」
零も父の真似をして尊の頭へ手を伸ばすが届かない。
それを見た母がとうとう堪えきれず吹き出した。
「れーも!」
「零も兄上を褒めたいの?」
「なんだよそれ!」
そう言いながら渋々頭を零の近くに近づけた。
満足そうに零は頭を撫でた。いや少し叩いていた。
「くるしゅうない」
「何様やねん!」
父の眉毛が僅かに動いて、母も何か気づいた表情をしていた。
「…また爺に怒られるぞ」
「言わないで!」
「どうしようかな」
そういう父はすごく嫌らしい顔をして笑っていた。
いつもは大好きな父もこの時だけは、嫌いになった。
「ととさまきらい!!」
父が笑い、母も笑った、意味も分からずに零も一緒に笑っている。
それにつられて尊も一緒に笑ったのだった。




