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亡国の王子は異世界で国を興す  作者: 鈴鳴り
第1章 旅人西へ

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第18話 取引の準備

笑いが収まるのを待って、尊は口を開いた。


「クラウスの知っている者は、何人いる」


クラウスは、すぐに表情を引き締めた。


「坑道の連中には顔を見せていない。指示は全部、こいつらを通した」


クラウスは、背後の二人の部下を顎で示した。


「顔を見たのは、こいつら二人と、灰色の外套の男。……それと、トマスだ」


「灰色の外套の男は」


「沢の囮に回していた。今頃は騒ぎを聞いて身を潜めているだろう。あいつは俺が拾った人間だ。俺の下につくなら、あいつも連れてくる」


「なら、残るのはトマスだけか」


「ああ。トマスは倉庫で、何度も俺に報告に来ている。あいつが口を割れば、俺の顔は割れる」


尊は、少し考えた。


「トマスは、なぜお前に従っていた」


クラウスの目が、僅かに曇った。


「……妹を、主の手の者に押さえられている。王都の外れの屋敷で下働きをさせられていて、従わなければ、妹がどうなるか分からない、とな」


クラウスの胸の蒼を見た。揺れていない。


「なら、トマスも引き取る」


クラウスが、目を見開いた。


「衛兵の裏切り者だぞ。今は詰所の牢の中だ」


「牢から出す」


「どうやって」


「お前の主に、頼む」


クラウスは、今度こそ言葉を失った。


「トマスが口を割れば主の名が出る。主にとっても、トマスは牢の中に置いておきたくない男だ」


尊は、淡々と言った。


「なら、主の手で出させればいい」


「……妹は」


「それも、主に返させる」


クラウスは、しばらく尊の顔を見ていた。やがて、呆れたように首を振った。


「お前は、王の叔父を何だと思っている」


「取引の相手だ」


そして尊は、北の方角へ目をやった。


「坑道の炉の間に、術師どもの記録はあるか」


クラウスの眉が、僅かに寄った。


「……炉の間の奥に、書庫代わりの小部屋がある。術師どもが炉の組み方や、蒼の集め方を書き溜めていた。俺には半分も分からん代物だが、炉の場所は、まだ誰にも言っていない」


クラウスが、尊を見た。


「衛兵は坑道の連中を問い詰めて、いずれ場所を吐かせるだろう。だがそれには時がかかる。昼までは、誰も坑道へは辿り着かないだろう」


尊は、葦の陰の小舟を指した。


「あの舟でレグナを出て川を遡れ。北の森へ入り、坑道へ向かい記録を、残らず持ち出してこい……初仕事だ」



クラウスは、すぐには答えなかった。


「……何に使う」


「商売だ」


クラウスが、言葉に詰まった。尊は淡々と続ける。


「あの炉は、蒼を集める。人から吸えば、人が死ぬ。だが、森から、魔物から、人でないものから集めることができるなら、使い道はいくらでもある」


灯りの燃料や薬の代わり、荷を運ぶ力、様々なものに使える。天城では、蒼は人の身体の中を巡るものでしかなかった。それを集め、溜め、動かすことができるのなら。それは、剣よりもずっと高く売れる。


「王女を救った男が、王女をさらった連中の炉で、商売をするのか」


クラウスの声には、呆れとどこか感心したような響きが混ざっていた。


「炉に、罪はない」


尊は答えた。


「罪があるのは、それで人を吸った連中だ」


クラウスは長いこと尊を見つめ、二人の部下に目で合図をした。


「……承知した」


「それとクラウスの名で、主に手紙を書け」


「……公爵に、か」


「ああ。俺は字が書けない」


クラウスは、眉を寄せた。


「何と書く」


「旅人が、会いたがっている。それだけでいい」


尊は言った。


「公爵は、今どこにいる」


「……レグナだ」


クラウスは、苦い顔で答えた。


「殿下の捜索を見舞うという名目で、昨日から屋敷町の別邸に入っている。捜索の指揮にも口を出しているはずだ」


自分がさらわせた王女の捜索を、自分で見舞う。中々に嫌らしい人物だ。


「手紙は、どうやって届けていた」


「ベルナー家の裏口の使用人だ。あれは、公爵家が評議員の屋敷に紛れ込ませている連絡役でな、そいつに届けさせる」


クラウスは部下から紙と炭筆を受け取り、舟の縁を台にして短い文を書きつけた。最後に、自分の名を記す。そして、少しだけ迷ってから、その下にもう一行、何かを書き足した。


「何を書いた」


「大したことじゃない」


クラウスは、紙を畳んで尊に渡した。


「これを受け取れば、公爵は、俺がお前の側に寝返ったと知る」


「ああ。それでいい」


尊は、手紙を受け取った。


「クラウスが俺の下にいると、向こうに知らせる。それも手札の一つだ」


***


舟が岸を離れる前にロイス商会の手代が、尊のもとへ駆けつけてきた。尊が手短に事情を伝えると、手代は驚いた様子も見せずただ頷いた。


「記録をお持ち帰りになったら、街外れのうちの古い倉庫へ。主人に伝えておきます」


そして去り際に、小声で付け加えた。


「主人が、こう申しておりました。――このような日が来るかもしれぬと思っておりました、と」


尊は、手代の顔を見た。手代は、それ以上何も言わず、ただ深く頭を下げた。クラウスと二人の部下を乗せた小舟が、朝日の中を川上へと遡っていく。尊は、それを見送った。


***


北門の詰所は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。衛兵たちが走り回り、坑道から連れ出された見張りや術師たちが、次々と牢へ引かれていく。助け出された失踪者たちは、医者の手当てを受けながら、家族の名を呼んでいた。ガルドは、尊の顔を見るなり、詰所の裏手へ引っ張っていった。


「倉庫には、誰もいなかった」


ガルドは、苦い顔で言った。


「床が剥がされて、古い排水路に通じていた。机の上には、燃えた紙の灰だけだ」


「そうか……お前、黒幕の顔を見たのか」


尊は、少しだけ間を置いた。


「排水路の出口まで、追ったが黒幕は、川からレグナを出た」


尊は、北の方角へ目をやった。


「深い森の方へ、逃げていった」


ガルドは、歯噛みした。


「……取り逃がしたか」


尊は、何も答えなかった。北の方角には向かっているから嘘は、ついていない。


「騎士団を呼び戻す早馬は、もう出してある。森を探させる。坑道の場所は?」


「北の森の奥だ。昼過ぎには、俺が案内する」


ガルドは、怪訝そうに尊を見た。


「今すぐでなくていいのか」


「騎士団が東から戻るのは、どのみち昼過ぎだろう。それに坑道の連中は縛ってある。炉も止まった。今さら逃げるものはない」


ガルドは、しばらく尊の顔を見ていたが、やがて渋々といった様子で頷いた。


***


そして尊はトマスのいる牢へ向かった。牢の中は薄暗くトマスは、格子の奥の隅で膝を抱えてうずくまっていた。尊の姿を見ると、その顔が恐怖に歪んだ。尊は、格子の前にしゃがみ込んだ。


「……あんた、か。笑いに来たのか」


首をヨコに振る。そして周りに聞こえるか聞こえないかわからい程の声で言う。


「お前の妹のことは、聞いた」


トマスの身体が、びくりと跳ねた。


「あの男は、俺の下についた。お前の命も、妹も、俺が取り返す。数日待て」


「……どうやって」


「お前の主と、話をつける」


「だから、黙っていろ」

尊は立ち上がった。


「あの男の顔のことも、倉庫のことも。妹と一緒に死にたくないなら何を聞かれても、知らないと言え」


格子の奥でトマスが、小さく頷くのが見えた。


***


リオの家へ戻ったのは、日が高く昇ってからだった。戸口を開けると、リオが土間で丸くなって眠っていた。一晩中、起きて待っていたのだろう。寝台の方からか細いが、はっきりとした声がした。


「……ミコト、さん」


リオの母親が、寝台の上で身を起こしていた。顔色は、まだ悪いが、目に光が戻っている。


「咳が、止まりました。あなたが、薬を……」


母親は、震える手を胸の前で合わせ、深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました」


尊は、戸口に立ったまま、少しだけ黙っていた。王女に礼を言われるよりも、ずっと居心地が悪い気がした。


「いえ…お気になさらず。リオに泊めさせていただいてたので」


ようやく、それだけ言った。その時表の路地が、にわかに騒がしくなった。蹄の音、人々のどよめき。リオが、跳ね起きた。


「な、なんだ!?ていうか兄ちゃんがかえってきてる?いつの間に!」


尊が戸口から顔を出すと、貧民街の狭い路地に場違いなほど立派な騎馬が一頭、止まっていた。磨かれた鎧、胸には双頭獅子の紋章。騎士が馬上から路地を見渡し、尊の姿を捉えて声を上げた。


「旅人、ミコト殿か」


騎士は馬を降り尊の前で片膝をつき、その視線の先にある尊を路地の人々が一斉に見た。


「王宮より参りました。第一王女リネア殿下が、御身との面会を望んでおられます。殿下のご快復を待ち、明日の正午別邸にてお目にかかりたいとの仰せです」


背後で、リオが「は……?」と、間の抜けた声を上げた。尊は、騎士の背中越しに、遠く屋敷町の方角を見やった。明日の正午なら、今夜は空いている。懐の中でクラウスの手紙が、硬く胸に当たっていた。


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