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亡国の王子は異世界で国を興す  作者: 鈴鳴り
第1章 旅人西へ

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第17話 値踏み


「……一つ、聞いてもいいか」


男が、口を開いた。


「どこから、読んでいた」


尊は、刀の柄に手を添えたまま答えた。


「最初からだ」

「最初、とは」

「お前が、真実を餌にした時から。倉庫で、お前は動かさないと言い、予定は変更なしと言った。あれは本当のことだ。本当のことを言えば、俺は疑う。疑えば動かない場所を探さない」


尊は、淡々と続けた。


「そういう相手だと分かれば、あとはお前が一番得意な手を打つ場所を用意してやればよかった」


男は、黙っていた。


「三つのブラフは、見抜かせるために流し見抜いたお前は、本命だけを止めた。止まった道を、俺は一月前の炭の控えで確かめた。お前がまだ俺を知らなかった頃の荷の流れだ」


「……一月前」


「嘘は、嘘をつく必要が生まれてから、つくものだ」


なるほどと観念した男のその顔には、どこか呆れたような色が浮かんでいた。


「門も、街の中も塞いで、俺に川を選ばせた」


男は、葦の陰の小舟を見た後、竿を握ったまま固まっている船頭を見た。そして、小さく息を吐く。そのため息は笑ったようにも見えた。


***


男が一歩前へ出る。部下たちが慌てて止めようとするのを、男はまた手で制した。剣には手を掛けていない。ただ、朝靄の中から尊の顔をよく見ようとするように、近づいてくる。


三歩の間合いで、男は足を止め尊の顔を、じっと見つめた。伸び放題の髭。ホロボロになっている外套。そして手入れされていない括っただけの長い髪。


その下の顔。男の目が、僅かに見開かれた。

髭に隠れて分からなかったが、近くで見れば、肌に張りがあり目元には皺の一つもない。声も、低く落ち着いてはいるが、まだどこか若い響きが残っている。


「……案外、若いのだな」


男が、ぽつりと言った。


「いくつだ」


「十六だった思う」


男は、しばらく何も言わなかった。背後の部下の一人が、思わず息を呑む音が聞こえた。


「十六」


男は、その数字を確かめるように繰り返した。


「本当にお前は十六なのか」


板壁越しの声を聞いて、兵を率いたことのある人間だと思った。だが、それは男の方も同じだったのだろう。足跡一つない路地、視線を一度も向けない男。帳簿を読まずに金具だけを見に行く男。


相手は自分と同じ年頃の、戦場をいくつも潜った将だと思っていたはずだ。それが、髭を剃れば少年と言ってもいい顔をしている。男は、乾いた笑いを漏らした。


「……俺は、ずいぶん長いこと、子供に手玉に取られていたわけだ」


「子供ではない。天城ではもうすでに元服している」


「……天城」


聞いたことが無い土地だ。


***


「名は」


尊が尋ね、少しだけ迷うように視線を落とし、それから顔を上げた。

「クラウス、元はアルヴェリア王国軍で、兵站を預かっていた」


やはり、と思った。荷を運び帳簿を整え物の流れを操るのは、兵を養う者の仕事だ。この男は、最初から自分と同じ畑の人間だった。


「なぜ、国に弓を引く」


クラウスは、自嘲するように口の端を歪めた。


「五年前の北の戦で、補給線が切られた。前線の部隊が飢えて、多くが死んだ。誰かが責めを負わねばならなかった」


「お前が、負わされたのか」


「補給を切られたのは、上の連中が守らせなかった峠の砦のせいだ。だが、峠を守らなかった将には、家の名があった。俺には、なかった」

クラウスは、淡々と言った。

「位を剥がれ軍を追われ、行き場を失った。そこを拾ったのが、今の主だ」


尊は、クラウスの胸の蒼を見ていた。揺れていないし、蒼を見なくても嘘はついていない。


「王女をさらい、蒼の強い者を集めて炉に注ぐ。それが、お前の主の望みか」


「炉のことは、俺も全ては知らん。俺に命じられたのは、人と物を運び、隠し、誰にも辿られないようにすることだけだ」


「王女を殺さなかったのは」


「殺せとは、言われていない」


クラウスは、僅かに目を逸らした。この男は、王女を生かし失踪者たちも、誰一人殺していなかった。リオにも、尊にも手を出すなと命じていた。それが、この男なりの線だったのだろう。


***


「それで」


クラウスが、静かに言った。


「俺をどうする。衛兵に突き出すか。王宮へ差し出すか」


部下の二人が、身を強張らせた。


「王女を救った旅人が、王女をさらった一味の頭を捕らえた。恩を売るなら、それが一番高くつくだろう」


尊は、すぐには答えなかった。代わりに、一つ問いを返す。


「クラウス。お前は、この先どうなる」


クラウスの目が、僅かに細くなった。


「坑道は落ち炉は止まった。王女は救い出され、術師も見張りも捕らえられ、トマスも押さえられた。お前の主の計画は、全部潰れた」


尊は、淡々と続けた。


「お前は、しくじった」


クラウスは、何も言わなかった。


「しくじった実行役を、お前の主は生かしておくか」


川の音だけが、二人の間を流れていく。


「お前は、主の顔を知っている。主の命じたことを知っている。トマスが口を割れば、王宮はお前を探す。お前が捕まれば、主の名が出る」


尊は、クラウスの目をまっすぐに見た。


「お前の主にとって、今一番邪魔なのは、生きているお前だ」


クラウスの部下の一人が、顔を青ざめさせたがクラウスは、表情を変えなかった。しかしその胸の蒼が、ほんの一瞬だけ揺れたのを、尊は見逃さなかった。この男はしくじった時点で、どうなるのかとうに分かっている。

それでもここまで逃げてきたのは部下を逃がすためなのだろう。


「衛兵に捕まれば、首を刎ねられる。逃げ延びても主に口を塞がれる」


尊は、一歩、踏み出した。


「どうせ失敗したお前は、死ぬ」


クラウスは、黙っていた。


「五年前、お前の国はお前を切り捨てた。今度は、お前の主がお前を切り捨てる。そんな主に、まだ忠節を誓う必要があるのか」


長い沈黙が続く。朝靄が、少しずつ晴れていき、川面に朝日が細く差し込み始めていた。やがて、クラウスが小さく笑った。


「……忠節など、とうに捨てた」


その声には、どこか疲れたような響きがあった。


「五年前に、全部捨てた。国にも、軍にも、主にも、忠など尽くしたことはない」


「なら、なぜ主に従った」


クラウスは、背後の二人の部下を振り返った。


「こいつらは、北の戦で俺の下にいた。俺と一緒に、軍を追われた。行き場がなかったのは、俺だけじゃない」

二人の部下が、黙って俯いた。


「俺が守ってきたのは、主じゃない。こいつらの食い扶持だ」


尊は、クラウスの胸の蒼は穏やかに流れている。嘘はない。尊は、少しだけ考えた。

人と物の流れを読み、帳簿を操り、街の中に誰にも辿られない巣を作ったこの男は優秀だ。尊が手を尽くして追い詰めた相手だ。


そして、尊には何もない。金も、宿も、身分も、手足となる人間も。王家に恩を売れば、足場はできるが、足場だけでは足りない。この国で生きていくなら、この国の仕組みを知り尽くした頭が要る。物の流れを読み、人の嘘を見抜き、尊が知らないこの国の常識を補ってくれる手が。

いま、目の前に、それがいる。


「クラウス」


「なんだ」


「俺の下につけ」


クラウスは、一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。それから、声を上げて笑った。朝の川べりに、乾いた笑い声が響いた。


「……正気か」


「ああ」


「俺は、王女をさらった一味の頭だぞ」


「知っている」


「お前は、その王女を救った男だ。俺を王宮へ突き出せば、お前の手柄は倍になる。なぜ、それを捨てる」


尊は、クラウスを見た。


「首は、一度しか売れないが、生きている頭は、何度でも使える」


***


クラウスは、しばらく尊の顔を見つめていた。やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……俺が、お前を裏切らない保証は」


「ない」


尊は答えた。


「だが、お前は俺に嘘をつけない」


クラウスの目が、細くなった。


「試してみるか」


尊がそう言うと、クラウスは少しだけ間を置いてから口を開いた。


「俺の懐には、何もない。主との繋がりを示すものは、全て倉庫で焼いた」


「懐の左に、封書が一通ある」


尊は、即座に言い、クラウスの身体が固まった。


「嘘をつく時、お前の胸の流れは、左へ跳ねる。今もそうだった」


尊は、自分の胸元を指で軽く叩いた。


「詰所で、トマスが北の旧道と聞いて揺れた時も、同じものを見ていた」


クラウスは、絶句していた。その顔からゆっくりと、何かが抜け落ちていくのが分かった。

この男は、最初から、身体の内側を見ていた。トマスがどれほど顔を作っても、目撃者に本当の光景を見せても、帳簿を揃えてもこの男の前では、人が口にすることの裏側が、全部見えていた。


「……それが」


クラウスは、掠れた声で言った。


「俺が読み違えた、前提か」


「ああ」


クラウスは、長いこと黙っていた。やがて、懐の左に手を入れ一通の封書を取り出す。蝋で封がされ、そこには、翼を広げた鳥と冠の印が押されていた。


「主からの、最初の命令書だ。俺の身を守るために、一通だけ残しておいた」


クラウスは、それを尊へ差し出した。


「これがあれば、主の名が分かる。王宮へ持っていけば、さらに高く売れるだろう」


尊は、封書を受け取った。開かずに、そのまま懐へしまう。クラウスが、怪訝そうに眉を上げた。


「読まないのか」


「持っていることに、意味がある……それに、俺は字が読めない」


クラウスは、一瞬、言葉を失う。


「字が、読めない?字も読めずに、帳簿の偽装を破ったのか」


「書かれたものを、最初から信用しなかった。見たのは、馬の脚と、金具と、荷の重さだけだ」


クラウスは、しばらく呆然と尊を見ていた。それから、額に手を当てて低く笑った。


「……俺は、字の読めない十六の小僧に、帳簿で負けたのか」


「それで、誰の名だ」


尊が促すと、クラウスは笑いを収め、真顔に戻った。


「アイゼンベルク公爵」


その名を口にする時、クラウスの声は僅かに低くなった。


「現国王陛下の、叔父にあたる御方だ。翼を広げた鷲に、王家の傍流を示す冠。あの紋章は、アイゼンベルク公爵家のものだ」


尊は、黙ってその名を聞いた。王の叔父。王女にとっては、大叔父にあたるらしい。尊は、深く息を吐いた。


「……知らない国の政に、首は突っ込みたくなかったんだがな」


クラウスが、片眉を上げた。


「今さらだろう」


「ああ。今さらだ」


***


クラウスは、片膝をついた。部下の二人も、慌ててそれに倣う。


「……クラウス・ヴェルナー。以後、お前の下につく」


朝日が川面を照らし、尊は片膝をつく三人を見下ろした。


「お前の部下の食い扶持も、俺が持つ」


「……お前、金はあるのか」


「ない」


クラウスは一瞬呆けた顔をして、今度こそ腹の底から笑った。


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