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亡国の王子は異世界で国を興す  作者: 鈴鳴り
第1章 旅人西へ

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第15話 切れる蒼

王女の名前が変更になります。申し訳ございません。

低い声の男は、部下から夕刻の報告を受けていた。


「沢と猟師道には、指示通りに荷と人を入れております。坑道の方は、昨夜のうちに炭焼きへ使いを出しました」


「旅人は」


「昼に、ロイス商会へ入るのを見た者がおります。その後のことは分かりません。見張りは付けておりませんので」


部下が、わずかに不安げな顔をしたが男は、首を振った。


「それでいい。付ければ、辿られる」


それは、最初の夜から変わらない、男のやり方だった。


「明後日の朝まで、旅人は動けん。三つの話を流した以上、明後日の朝どこに騎士団が来た跡があるか、どこの人の出入りが変わったかを見てから絞りにかかる。そこから人を動かすなら、早くても二日はかかる」


男は、地図の上の坑道の印を、指先で軽く叩いた。


「その頃には、火が入っている」


部下たちの顔に、安堵の色が浮かんだ。


「火入れの支度を急がせろ。予定通りだ」


***


尊は、入口の脇の岩陰で足を止めた。ここまで、随分と時間をかけた。その気になれば、もっと早く終わらせることもできた。


最初の日、トマスを尾けて倉庫に辿り着いた時点で、踏み込むこともできた。中にいた低い声の男を押さえ、口を割らせれば王女の居場所は数日早く分かっていたかもしれない。だが、そうはしなかった。

素性の知れない旅人が、街に来て数日で衛兵の中の内通者を見抜き、王女の居場所を言い当てる。そんな真似をすれば、真っ先に疑われるのは自分だ。どうやって知った、なぜ分かった。お前も一味ではないのか、と。


まして、証拠もなく動いて王女を連れ帰れば、王宮はこの男こそが王女をさらい、恩を売るために芝居を打ったのではないか、と考えるかもしれない。知らない国で、後ろ盾も持たない人間が罪を着せられればそれで終わりだ。


だから、時間をかけ騎士団は、東へ遠ざけた。王女を探させるためではない。この件に、王国の騎士を一人も関わらせないためだ。騎士が関われば、手柄は騎士団のものになる。上の者が報告を書き、功を分け合い、旅人の名はどこにも残らない。


ガルドには、必要なことだけを話した。ブラフも、記録の偽装も、すべてガルドの目の前で起きている。ガルドは尊がどう動き、何を見つけてきたのかを最初から見てきた。尊が王女をさらった一味ではないことを、誰よりもよく知っている衛兵。それが、ガルドという証人だった。


そしてガルドが自由に動けるよう、トマスの名も倉庫のことも最後まで伏せた。ガルドが動かなければ、ガルドの名は向こうに知られない。知られなければガルドは最後まで、尊の味方のまま残る。


ロイスには、物の動きだけを読ませてもらった。炭焼きの知らせと、取引の控え、商人として当たり前の帳面の上のことだけだ。王女の居場所を割り出したのは、ロイスではない。ロイスの控えは、尊がどうやって答えに辿り着いたかを示す、確かな記録として残る。


騎士団は空振りし、衛兵は証人となり、商人は記録を残した。そして王女を見つけ、救い出すのは旅人ただ一人。ここまで揃えば、もう誰にも疑われない。誰にも手柄を掠め取られない。この国の王家に、恩を安全に高く売りつけることができる。


尊は、坑道の闇を見つめた。正義のために動いたわけではないし、この世の中に正義なんて無いと思っている。王女がどれほど尊い身の上だろうと、この国の誰が何を企んでいようと、本来なら尊には関わりのないことだ。知らない国の政に首を突っ込むなど、ごめんだ。


ただ、この国で生きていくための足場が要る。金も、宿も、身分も持たない旅人がこの国で確かな足場を得るなら――王家への恩ほど、確かなものはない。それだけのことだ。


坑道の入口で、見張りの一人が二度目の欠伸を噛み殺したその瞬間、尊はもう岩陰にいなかった。


《天城蒼理流――零間》


踏み込みの音すらなかった。見張りが、開けかけた口を閉じる間もなく、刀の柄頭がその鳩尾に沈む。


「なっ――」


声にならない息が漏れる。崩れ落ちる身体を片腕で受け止め、音を立てないよう壁際へ寝かせた。

隣のもう一人がようやく振り向く。腰の剣に手が伸びる。だが、その手が柄に届くより先に、尊の峰が首筋を打っていた。


尊は、倒れた二人を斬らずに見下ろした。生かしておけば、道の中で何が行われていたのか、誰に命じられたのか証人になる。しかし死体は、何も話さない。だから口を割らせる相手は、多いほどいい。尊は刀を返し、坑道の奥へと足を踏み入れた。


***


坑道の中は、思っていたよりも広かった。壁には等間隔に灯りが掛けられ、足元には板が敷かれている。天井の岩から水が滴り、どこか奥の方で、湧き水の流れる音がしていた。そして、奥へ進むほどに、空気が熱を帯びていく。


《高天眼》の中で、森から吸い込まれてきた蒼の流れが、坑道の奥へ奥へと続いていた。分かれ道の手前で、尊は足を止める。右の道の先に、三つの蒼。


交代の見張りが詰める場所だろう。灯りの下で卓を囲み、何かを口に運んでいる。そのうちの一人の蒼が、ふと揺れた。入口の方から、いつもの気配が消えたことに気づいたのか。


「……おい。表の連中、静かすぎねえか」


男が立ち上がり、灯りを手に取る。尊は、分かれ道の角に背をつけた。足音が近づいてくる。一歩、二歩、灯りの光が角の向こうから壁を照らす。


男が角を曲がったその瞬間男の顔が、目の前の尊を捉えて凍りつく。叫ぼうと開いた口に、尊の掌が叩き込まれ男の頭が岩壁に跳ね、灯りが床に転がる。卓の方で、二人が椅子を蹴って立ち上がった。


「何だ、てめえ――!」


一人が剣を抜きもう一人が、卓の上の笛へ手を伸ばした。その様子は見た尊は笛の方へ向かう。剣を抜いた男の脇をすり抜けざまに、肘で脇腹を打つ。男がよろめく間に、笛を掴みかけた手首を刀の峰で払った。カランカランと笛が床を転がる。


振り向きざまに峰で剣の男の膝を打ち、崩れたところへ柄頭を落とす。手首を押さえて蹲った最後の一人の首筋に、刀の背を当てた。


「声を出すな」


男は、震えながら頷いた。


「奥には、何人いる?」


「……な、七人……術師が二人と、あとは……」


「王女は」


男の目が、泳いだ。尊は、何も言わずに刀の背を少しだけ押しつけた。


「……一番奥の、炉の間に……」


「そうか」


峰が、男の首筋を打った。尊は、床に転がった笛を拾い、懐へしまった。


***


しばらく進むと坑道が大きく開けており、その手前の岩陰で足を止めた。

天井は高く、岩肌の割れ目から、細い風が上へ抜けていく広い空洞だ。尾根の風抜きの穴へ通じているのだろう。


その中央に白い石で組まれた巨大な炉があった。石工の親方が言った通りだ。人が何人も入れるほどの大きさがあり、表面には見たこともない文様がびっしりと刻まれ、淡い青い光を放っていた。床にも、同じ文様が刻まれている。


幾筋もの線が空洞の四方から炉へと集まっていて、森から吸い込まれてきた蒼が、その線を伝って、炉の中へ流れ込んでいく。


そして、炉の正面。白い石の台座の上に、一人の少女が横たえられていた。長い銀色の髪が、台座からこぼれている。身に纏った衣は、ところどころが裂けていた。青い生地に、銀糸の刺繍。

両の手首と足首には、文様の刻まれた枷。その枷から伸びた線が、床を這い、炉へと繋がっていた。


《高天眼》で少女を見てみると強い蒼だった。坑道の外から見た時と同じ、澄んだ、眩しいほどの流れ。

その流れが、枷を通して、少しずつ炉へ吸い出されていく。――第一王女、リネア。


空洞の壁際には、鉄格子の嵌まった窪みがいくつも並んでいて、その奥にうずくまる人影が見える。

尊は、その顔を一つずつ見た。若い男。中年の女。冒険者らしい、無精髭の男。詰所の壁に貼られていた、人相書きの顔だった。


年齢も、性別も、職業もばらばらで、共通点はないとガルドは言った。しかし高天眼を通してみると共通点はあった。彼らの蒼は、どれも普通の人間より太く強い。そして、どれも王女と同じように枷を通して炉へと吸われ、痩せ細っていた。


蒼の強い者を集めている。炉に火を入れる日に、王女という一番強い蒼をすべて注ぎ込むために。尊は、静かに息を吐いた。

――知らない国の政に、首を突っ込むつもりはない。だが、これを見て見ぬふりをして、恩も何もない。


炉の前に、七人が立ち憚っていた。五人は剣や槍を手にした見張り。残る二人は、黒い衣を纏い、炉の文様に手をかざしている。蒼術使い、大陸風に言えば魔法使いだ。


尊は、岩陰から歩み出た。隠れもせず、急ぎもせず。灯りの中へ、まっすぐに。最初に気づいたのは、炉の傍の見張りだった。


「――誰だ!」

七人が一斉にこちらへ向いた。 


「入口の連中は何をしていた!」


「……一人か?」


見張りたちが剣を構え、じりじりと間合いを詰めてくる。その後ろで、二人の術師が、炉から手を離し、片方の術師の胸の奥で、蒼がうねった。身体の内側で、別のものへと練り変えられていくその流れが、右腕へ、指先へと集まり始める。


しかし――遅い。尊は、踏み込んだ。

《零間》


剣を構えた見張りの間を、すり抜けた。見張りたちには、尊の姿が掻き消えたようにしか見えなかっただろう。術師の指先に、光が灯りかけていた。その光が形を成すより先に、尊の峰が、術師の手首を打ち砕いていた。


練りかけの力が、行き場を失って弾ける。術師が悲鳴を上げて手を押さえた、その顎を柄頭が跳ね上げた。もう一人の術師が、慌てて手をかざす。その蒼も、まだ変わりきっていない。


振り向きもせずに背後へ刀を返した。峰が、二人目の術師の脇腹に沈む。黒い衣の男が、炉の前に崩れ落ちた。術師が、二人とも床に転がっていた。


「……な、何なんだ、こいつ――」

残る五人が、我に返ったように一斉に斬りかかってきた。そして尊はそれぞれの重心、踏み込む足、振りかぶる腕、どこへ力が流れどこで止まるのかを見る。戦場で、何千と見てきた流れだった。


一人目の剣を半歩ずらして空を切らせる。そのまま峰を返して、手首を打つ。

二人目と三人目が、左右から同時に来た。尊はわずかに身を沈め、二本の刃が頭上で交差する。その下から、二人の膝を順に払った。


四人目の槍が、正面から突き込まれる。穂先を刀で外へ逸らし、柄を伝って懐へ入る。柄頭が、男の顎を打ち上げた。

五人目は、もう剣を構えていなかった。

後ずさり、背中が炉の白い石にぶつかる。顔が、恐怖に歪んでいた。敵の戦意が無くなった時点で刀を下ろした。


「武器を捨てろ」


男は、震える手で剣を手放した。剣が床に落ちる乾いた音が、空洞に響いた。


***


尊は倒れた男たちの帯や枷の鎖で、全員の手を縛り上げ台座の前に立った。

王女の手首の枷を、《高天眼》で見る。文様の刻まれた鉄の輪が、王女の蒼を絡め取り床の線へと流し込んでいる。


刀を構え枷から炉へと繋がる流れの、一番細いところを斬った。刃が、一閃する。床に刻まれた線の一つが、断ち切られ王女の蒼が、炉へ流れ込むのをやめた。行き場を失った流れが、ゆっくりと王女の身体へと還っていく。


残りの枷も、一つずつ断っていき、最後の線を断った時、王女の睫毛がかすかに震え薄く、目が開いた。灯りの中で碧い瞳が、ぼんやりと尊を捉える。


「……あなた、は……誰?騎士団、は……?」


掠れた声だった。王女の瞳が尊の顔から、伸び放題の髭へ、ボロボロの外套と刀へ目線が向かう。尊は、台座の傍に片膝をつく。


「ただの旅人です。私一人できました。立てますか」


王女の目がわずかに見開かれ、尊は王女の背に腕を回し、身体を起こさせた。驚くほど軽い。王女は、何か言おうとして唇を動かし、それから小さく首を振る。自分の外套を脱いで王女の肩に掛け、そのまま抱き上げ、尊の腕の中でかすかに身を固くした。


「無礼を、許していただきたい。殿下を、外へお連れいたしまする」


その言葉遣いに王女の瞳が、何かを確かめるようにもう一度尊の顔を見上げた。


***


壁際の鉄格子の前で、尊は足を止めた。格子の奥から、いくつもの目がこちらを見ている。怯えた目、縋るような目、もう何も期待していない目。尊は、格子の錠を刀で断ち切った。


「歩ける者は、歩け。歩けない者は、歩ける者が支えろ」


戦場で、何度も口にした言葉だった。


「外へ出る。朝までには、街の衛兵が来る」


人々が信じられないものを見るような顔で、格子の外へ這い出してくる。人相書きで見た若い男が、尊の前で立ち止まった。


「……あんた、誰なんだ」


尊は、腕の中の王女を抱え直した。


「通りすがりの旅人だ」


***


坑道を抜けた時、東の空が、白み始めていた。ひやりとした朝の風が、頬を撫で森の蒼が、もう坑道へ吸い込まれていないことに、尊は気づく。


炉は、止まった。背後から解き放たれた人々が、互いに支え合いながら、一人また一人と坑道から出てくる。その後ろには、縛り上げた見張りと術師たちが、数珠繋ぎになって引き出されていた。

腕の中で、王女が小さく身じろぎした。


「……どうして。どうして、あなたが」


白んでいく空を見上げた。正義のためではない。この国で生きていくための足場が欲しかっただけだ。だが、それをこの腕の中の少女に言う必要はない。


「たまたま、通りかかったから助けただけです」


それだけ言って、尊は歩き出した。遠くレグナの街の方から、第一鐘の音がかすかに響いてきた。


***


夜が明けても、坑道からの定時の合図は来なかった。低い声の男は、窓の外の白んでいく空を、ずっと見つめていた。


「……合図が、来ません」


部下の声が、震えていた。男は答えなかった。明後日の朝まで、旅人は動けない。早くても、二日はかかる。そう読んだ。

三つのブラフを見抜き、こちらが最も正しいと信じる手を打った。だが、合図は来ない。男は、ゆっくりと目を閉じた。


旅人は、明後日の朝を待たなかった。三つのブラフは、こちらに見抜かせるためのものだった。見抜いたこちらが、本命だけを止めることまで、読まれていた。


「……読み違えたのは俺の方か」


男は、静かに呟いた。


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