第9話 これが魔法世界の街なのか!
その日は森で野宿。
三人交代で寝ずの見張りをして朝を迎え、できるだけ早く森を抜けるべく俺たちは先を急いだ。
もちろん魔力の修行も欠かさなかった。
「大分コツを掴んだぞ! 見ろ、この圧倒的な歩く速さを!」
魔力を使った肉体強化により、この弱っちい身体でも動きが格段に良くなった。
だが早乙女は気に入らないのか、俺に渋い顔を見せる。
「あかんあかん! またガニ股で歩いてるで! 気ぃつけ言うたやろ!」
「うるせえな。この歩き方が一番速えんだよ!」
そう言い返すと、早乙女はやれやれと首を振った。
「ほんまに分かってへんなぁ、リリアナは。姫はこうシャナリ、シャナリと歩くもんや」
シャラーーーン♪
セーラー服のスカートをつまんで、優雅に歩いてみせる早乙女。
「無駄に上手ぇなお前! でもそんな歩き方で敵に襲われたらどうすんだよ。対応できねえだろ」
「姫は敵を気にしたらあかん」
「はあ? じゃあ殺されるのを待つのかよ」
「ちゃうちゃう。王子様が助けてくれるのを待つんや」
「結局待つんかい! だったら戦うわ」
ゴツンッ!
「いってぇ!?」
膝に激痛が走る。
早乙女がメリケンサックをはめた拳で、俺の足を小突きやがったのだ。
「テメェ! 何しやがる!」
「だから、足開くな言うてるやろ!」
「お前侍女だろ! どこの世界にメリケンサックで姫を殴る侍女がいるんだよ!」
「ここにおるやん」
ブチ切れる俺を見て、前を歩いていたアルトゥール王子が優しく微笑んだ。
「本当に仲がいいね、二人とも」
「どこがだよ!」
「仲ええんちゃうねん。しつけてんねん」
早乙女は得意げに胸を張る。
「安心しぃアルトゥールはん。ウチが立派な姫さんに育てたるから!」
「いらん! 魔力修行の邪魔だ!」
◇
そんな調子で森を歩いていると――
ガサッ。
突然、草むらが揺れた。
「魔獣です!」
「よっしゃ、修行タイム来たァ!」
俺が前に出るのと同時に、草むらから現れたのは猿みてぇな魔獣だった。
全身を灰色の毛で覆われ、腕だけが異様に長い。
「ギギャアアアッ!」
甲高い奇声を上げて、俺たちを威嚇する。
「いいですかリリアナ。湧き立つオーラを全身に巡らせ、筋肉が躍動するのを感じ取るのです」
「分かってる。身体の奥底からオーラを引き出してと……よしこうだな!」
ゴオオオオオオッ!
「その調子です、リリアナ!」
「いける!」
練習の甲斐があって、昨日以上に力がみなぎっている。
熱いオーラを全身に循環。
使う筋肉すべてに十分な魔力を行き渡らせ、それでも余った魔力はすべて拳に集中。
途端、拳が輝き出した。
キイイイイイインッ………!
準備完了。
「オラァ!」
ドガッ!
「ギャッ!」
俺に襲い掛かって来た魔獣の顔面に、輝く拳がめり込んだ。
「アッパーカット!」
今日の魔獣は、昨日より一回り大きい。
それでも魔獣は高々と舞い上がり、そのまま地面に落下。
背中を強打しピクリとも動かなくなった。
それを見た王子が満足そうにうなずく。
「さすがです。魔力の制御はまだまだですが、身体の使い方が実に上手い」
「だろ。拳だけじゃなく、パンチを打つのに必要な全ての筋肉に魔力を送り込んだんだ」
「なるほど……どうやらリリアナは、実戦で慣れていくタイプのようですね。魔力は戦いの中で磨けばいいでしょう」
「ああ。俺もそう考えていたよ」
「それにしても、やはり王家の血を引く姫は違う。きっと父上も大喜びだ」
「はあ? なんで俺の魔力が強いと、お前の親父が喜ぶんだよ」
「もちろん血筋の良さが証明されるからです。きっと僕との結婚も認めてくれるでしょう」
「結婚? いや、だから男同士で結婚は…」
すると俺の一言に、早乙女が食いついた。
「はあ、なに言うてんのリリアナ。男同士って、アンタ女やん」
「そ、そうだった……俺は女だ。か、勘違いするなよ早乙女っ!」
「勘違いしてんのアンタやん。でもまあ戦い方はマシになってきたで」
「だろ。この調子で行けば、地上最強も目指せそうだ!」
「最強目指すんやったら、歩き方もちゃんとせなアカンな」
「はあ? 歩き方は関係ねえだろ」
「あるで。ガニ股やったら王子様に愛されへんやん。恋する乙女は無敵なんや」
「誰が恋する乙女だ、ドアホ!」
◇
そんな調子で俺たち一行は魔力修行をしながらメディオーラの森を進んで行った。
そして旅を始めて三日目、俺たちはついに森を抜けることに成功。
突然、視界が広がった。
「すげぇ……なんだここは!」
思わず声が出ちまうほどの光景。
そこに広がっていたのは、日本じゃ絶対に見られねぇ景色だった。
どこまでも続く大平原。
地平線の彼方まで草原が広がっていた。
「壮観だな……おい」
あまりの光景に見入っていると、早乙女が何かを目ざとく見つけやがった。
「向こうの方に街があるで! ちょっと行ってみいひん?」
早乙女の指さした方には、高い石壁に囲まれた街らしきものが見える。
「そうだね。今日はあの街で休もう」
王子に連れられ、俺たちは街に向かって歩き出した。
◇
「なんだ……この街は!」
街に入った瞬間、俺は圧倒された。
石畳の街路。
レンガ造りの建物。
家々の屋根には風車が回り、日本とはまったく違った街並みが広がっていた。
しかも――、
「なんだアイツ……!」
犬みたいな耳を生やした大男が荷車を引いて歩いてやがるし、その近くでは猫みたいな耳の女が果物を売っていた。
空を見上げれば、鳥人間が荷物をぶら下げて飛び回っている。
「何者なんだ、あいつら……」
俺が絶句していると、早乙女が興奮気味に叫んだ。
「異世界や……ほんまもんの異世界や!」
「異世界……だと?」
「見てみいリリアナ! 獣人やで獣人!」
「獣人……つまり獣と人間の合体か」
「そうや! やっぱりここ、地球やなく異世界なんや!」
「地球じゃないだとっ! ……ていうかお前よく平気でいられるな」
「異世界やで異世界! そんなん嬉しいに決まってるやん!」
「嬉しい……のか?」
俺が首をかしげていると、爽やかな笑顔で王子が教えてくれた。
「ここは魔石鉱山の街サザンボルト。メディオーラの森のすぐ近くには魔石鉱山があり、たくさんの鉱夫がここで暮らしています」
「魔石って?」
「魔力を蓄えた石です。それを使えば、魔力を持たない平民でも魔術具が使えます」
「平民は魔力を持ってないのか?」
「たまに持ってる人もいますが、そのほとんどは貴族のご落胤です」
どうやらこの国の人間は、全員が魔力を持っているわけではないらしい。
まだまだ分からないことだらけだが、早乙女はすっかり馴染んでいて、楽しそうに街をキョロキョロ見渡している。
「最高や! ウチほんまに異世界に来てもうたんや!」
「俺は全然うれしくない。お前、楽しそうでホント羨ましいよ……」
その時だった。
道行く人々が、ギョッとした目で俺に注目し始めた。
しかも視線がどんどん集まり、ちょっとした騒ぎに発展。
「コラァ! ジロジロ見てんじゃねえ!」
俺が声を荒げると、だが王子は俺を隠すように前に立ち塞がった。
「リリアナ、その格好はマズい」
「格好……だと?」
そう言われて、俺は自分の姿を思い出した。
頭には王冠。宝石がちりばめられた装飾品をあちこちに身に着け、上品な寝間着を着ているものの、度重なる戦闘と修行であちこち破れている。
「確かにこの格好は目立つな」
特に男どもは目のやり場に困っているようで、チラチラと俺を見ている。
「あのお嬢さん、お貴族様のご令嬢だよな」
「いやいや、あの凄ぇ王冠。どこぞの国のお姫様じゃないのか?」
「ネグリジェがボロボロ……まさか、あれが噂の眠り姫!」
「やかましい! 俺を見るなコラァ!!」
俺が一喝すると、一斉に目をそらした。
その隙に王子は自分のマントを脱ぐと、それを俺に羽織らせた。
「王冠や宝飾品は全部ボクが預かります。今すぐ外してください」
「わ、分かった!」
「それとネグリジェのままでは良くないので、今すぐ服を買いましょう」
「そ、そうだな……」
「ウチがかわいい服を選んだるわ!」
「アホか! かわいさなんかいらん!」
そして俺たちは街の中心街に駆け出した。




