第5話 この俺様に姫教育だとっ!
屈辱のお花摘みを終えて、森へ歩き出す――はずだった。
「はあ……はあ……」
だが体力のない俺は、あっという間に力尽きて、地面に座り込んでしまった。
そんな俺に王子が心配そうに声をかける。
「まだ無理はいけません。やはりリリアナは僕が抱えて――」
「それだけはやめろ!」
早乙女の前でお姫様だっこなんかされたら、男として終わり。
切腹待ったなしだ!
意地でも立ち上がろうとする俺だったが、生まれたばかりの小鹿のように膝がガクガク震えだす。
「……仕方ないですね。ではもう少しここで休んでいきましょう」
茨の古城から全然進めていない俺たちだったが、歩けないものは仕方ない。王子が苦笑すると早乙女もドッカと腰を下ろした。
そんな彼女は目をキラキラと輝かせて、
「リリアナはやっぱり深窓の姫さんやなぁ。ウチは暇やし、のんびり行こか」
「スマンな……」
疲労困憊で地面にへたり込んだ俺を、なぜか王子がチラチラ見てくる。
「……今度は何だよ。俺の顔に何かついてるのか?」
「いえ、その……座り方がちょっと」
「座り方だと?」
「……少々、はしたないというか」
だが、俺はあぐらをかいているだけ。
「もしかしてパンツでも見えたか?」
「いえ、そうではないのですが……その」
自分でも確認したが、寝間着の裾が長いおかげで何も見えていない。
もしかすると、裾がめくれ上がっただけで王子は気になるのかもしれない。
「だが男たるもの、そうでなくてはいかん」
最近は女の尻ばかり追いかけるナンパ野郎が多くなったが、この王子は違うらしい。
中々の硬派な男である。
「アルトゥールはんの言う通りや!」
だが早乙女はなぜか得意げに胸を張ると、
「ほんまもんのお姫さんは、そんな座り方せえへんで!」
自分もあぐらをかいてたくせに、早乙女はスッと立ち上がると、おもむろにセーラー服のスカートの端をつまんだ。
「リリアナ、ウチをよう見ときぃや」
そして膝をそろえて、上品に座りやがった。その仕草があまりにも完璧すぎて、
「どこぞのお嬢様みてぇだな、お前!」
俺が驚くと、早乙女はドヤ顔を決める。
「リリエールの座り方を真似たんや」
「誰だよ、そのリリエールって?」
「愛されプリンセスの主人公や」
そう言って取り出したのは、またしてもあの少女マンガだった。
「リリアナも、ちゃんとリリエールを見習わなあかんで」
開かれたページには、お淑やかに腰掛けて上品に微笑む姫の姿が描かれていた。
「嫌だね。そんな座り方じゃ落ち着かねえし、疲れも取れやしねえ」
そしてわざと足を投げ出してやると、
ゴツンッ!
「いってぇ!」
早乙女に膝を殴られた。
「テメェ、何しやがる!」
「姫教育や!」
「姫教育だと? ふざけんな!」
「別にふざけてへん。アンタには必要や」
「百歩譲って、どこの世界にメリケンサックで姫をぶん殴るヤツがいるんだよ!」
「ここにおるやん」
「んだと、コラァ!!」
ブチ切れた俺が立ち上がって早乙女を睨むと、王子が気まずそうに顔をそむけた。
「リリアナ、スカートがその……」
「ああ?」
見ると、裾が思いっきりめくれてた。
「うおおおおっ!?」
慌てて裾を下ろす俺に、早乙女がやれやれと首を振った。
「姫さんは、そんな豪快に立ち上がったらアカン。もっと優雅に立ち上がらんと」
「んなもん知るか!」
「あと言葉遣いもアカン」
ビシッと指を突きつけられる。
「知るかやなく、『存じ上げません』や!」
「そんな気色悪い喋り方ができるか!」
「できへんで困るんはアンタやで! アルトゥールはんの城に着くまで、礼儀作法や言葉遣いの特訓や!」
「そんなことするか!」
「アホか! 今のままやったら、アルトゥールはんとの結婚を認めてもらわれへんやろ! 物語が変わってまうやんか!」
「だから男同士で結婚なんかできるかっ!」
「はあ? 何言うてんねんリリアナ。アンタは男ちゃうで。それともまさか……」
「ギクーーーッ! 見てのとおり俺は姫っ! 女の中の女だ! だが王子と結婚するというのはちょっと……」
「それこそ何言うてんねん! 眠り姫のラストは王子と結婚するって決まってるんや。それ以外のエンドは絶対に認められへんで!」
「ウソ……だろ。眠り姫って、そんな話だったのかよ……」
愕然とする俺だったが、その時、俺の腹が景気よく鳴った。
グウウウウ……!
それを聞いた王子は、ポンと手を打って何かに気づいたようだった。
「リリアナが動けない理由が分かりました。長い眠りから目覚めたばかりで、お腹が空いていたのですね」
「確かに、腹がペコペコだ……」
「ウチも腹ペコや。アルトゥールはん、弁当持ってきたん?」
「これから僕が作ります」
「「えっ!?」」
すると王子は、どこからともなく肉や野菜を出現させた。
「だから、どっから出したんだよそれ!」
「ほんまや! 何その凄い手品!」
「そう言えばリリアナの国には魔法がなかったんでしたね。これは収納魔法です」
「「収納魔法?」」
「僕の荷物はすべてこの収納魔法に入れてあるんです」
「……何でもありだな、お前」
唖然とする俺たちを尻目に、王子はその辺の枝を拾い集め、それに杖を向けた。
【火属性魔法・ファイアー】
ボッ!!
一瞬で火がつく。
「ええっ!? な、なんや今のは!」
初めて魔法を目にする早乙女が、目を丸くする。
「凄えだろ早乙女。この王子、魔法が使えるんだぜ」
「……ウチ、魔法の世界に来てもうたんか」
目をキラキラ輝かせる早乙女の隣で、王子が慣れた手つきで料理を始める。
とは言っても、肉と野菜を串に刺して焼くだけの豪快なバーベキューだ。
しばらくすると、香ばしい匂いが辺りに広がった。
「はい、できました」
「「待ってましたァ!」」
俺たちは焼き上がった串焼きをひったくると、そのまま豪快にかぶりついた。
「うんめええええっ!!」
「外で食べたら、3倍美味しなるなあ~」
肉汁が口いっぱいに広がる。日本だろうとどこだろうと、うまい肉はうまい。
「そやけどアンタ、食べ方が汚いなあ」
「んだと、早乙女!」
俺は二本目の串を掴み取る。
「こういうのは気合いで食うもんだ!」
ガツガツガッ!!
だが早乙女は納得いかないのか、また少女マンガを開いてみせた。
「ほら見てみい!」
そこには、王子に「あーん」されている姫の姿があった。
「お姫さんはこうやって、王子はんに食べさせてもらうんやで!」
「いや、自分で食えばいいだろ」
「アホやなリリアナ。王子はんに食べさせてもらうことこそ、女のロマンやんか!」
「女のロマンなんか、知るか!」
すると早乙女が、キラキラした目を今度は王子に向ける。
「なあアルトゥールはん。リリアナに食べさせてあげてえな」
「もちろん構わないですよ」
そして王子は、至極自然な動作で串焼きを俺に差し出した。
「はいリリアナ、召し上がれ」
「いや、自分で食うし……」
だが、早乙女が俺の顔を掴むと、口に無理やり肉をくわえさせやがった。
「もごおおおお……!」
「やればできるやん」
「うげえええっ! ゲホゲホ……てめえ、何しやがる!」
「そやから手伝ってあげたんや」
「無理やり食わすな!」
早乙女がいたら落ち着いて飯も食えない。
俺は串を両手につかむと、逃げるようにその場を離れた。
だが早乙女が俺を呼び止める。
「ちょっと待ちい。その歩き方、どっかで見たことある気がするんやけど」
「歩き方だと?」
「確か、黒崎もそんなガニ股やったな」
「ギクーーーッ!!」
「さっきからそのリアクション……まさか」
「ちちちち、違う! この寝間着の裾が長くて歩きづれぇんだよ!」
「ほんまかなぁ……まさかとは思うけどアンタの正体は……」
「違うっ! 俺は眠り姫だから、頭がまだ混乱してるんだよ!」
「そうやった! アンタが眠り姫やったん、すっかり忘れてたわ」
「ふう、危ねえ……」
何とか誤魔化しきった俺だったが、なぜか早乙女がドヤ顔を見せる。
「姫やのにしゃあないなあ、リリアナは。ウチが歩き方とかいろいろ教えたろか?」
「何だよ、いろいろって?」
「いろいろは、いろいろや。ウチがアンタを立派なお姫さんに育てたる!」
「いらんわ!」
だが王子は乗り気のようで、
「是非お願いします。僕ではその辺りのことを教えることができず、父王に認めてもらえるかが心配でした。でもレイカならその役目にピッタリだ」
「ウチに任しとき! リリアナを立派なレディーに育てたるから、王子は大船に乗ったつもりでドンと構えとったらええねん!」
こうして早乙女は、王子公認の侍女兼教育係に就任してしまった。
(マジかよ……こうなったら、男に戻る方法を早く見つけ出さないと!)
俺は密かにそう誓った。




