第35話 すべての因縁に決着を
何が起きたのか分からず、唖然とする国王と早乙女。
「なんでや……アルトゥールはんは、アンタの婚約者やで……」
「コイツは王子なんかじゃねえ」
片膝をついて右腕を庇う王子を、魔剣を構えたまま俺は睨みつける。
「コイツがエルヴァリア王国を滅ぼした魔女メリザンドだ」
「メリザンドって……侍女長?」
「アイツは魔女の腹心。俺の記憶が戻ったかどうかを確かめるために、あえて魔女の名前を名乗らせてたんだ」
俺はセラフィーナに視線を向ける。
「お前は驚いていないようだが、気づいてたのか、セラフィーナ」
するとセラフィーナは、羽根扇で口元を隠しながらクスクスと笑った。
「今の一撃で呪いが消えたようなので、やっと申し上げることができます。この国に王子などそもそもいません」
「王子がいない……だと?」
「はい。国王陛下には王女しかおらず、魔法で偽りの記憶を植え付け、すべての者を騙していたのです」
「じゃあ、お前はなんで記憶を……」
「実はわたくしも、同じ魔法を使って聖女院に潜んでおりましたの。ですので互いの魔法が干渉してわたくしには効かなかった」
「じゃあお前は、ずっと王子を疑って……」
「最初はどこかの国の間者だと思ってました。ですが、侍女メリザンドを紹介された瞬間、その正体に気づきました」
「そうだったのか……」
「ですが呪いのせいで何も申し上げられず、わたくしにできることは、人体魔石や歴史書をリリアナ様の目に留まる場所に置くことだけでした」
「すると、あれはセラフィーナが……!」
王家の宝物庫で偶然見つけたと思っていた魔石も、突然書棚から落ちてきた歴史書も、すべてはセラフィーナが俺に真実を気づかせるために仕向けたものだった。
それを聞いた国王が、ワナワナと震えだした。
「貴様……余の記憶を弄んでいたのか! 正体を現せ、この化け物めっ!」
それに応えるように、右腕の修復をほぼ終えたアルトゥール王子が、ゆっくりと立ち上がった。
「――猿芝居も、これで終わりか」
不気味な声が、謁見の間に響き渡る。
そして王子の目が赤く輝き、その身体からは黒い魔力が噴き出した。
顔が崩れていく。
見事な金髪は黒く変色し、端正な顔立ちも見る見るうちに変貌を遂げていった。
「な、なんや……これ……」
早乙女が息を呑み、俺は魔剣を握り直す。
「やっと化けの皮を剥がしたな」
謁見の間を覆い尽くしていた黒いオーラが王子の身体へと吸い込まれる。
その中心に立っていたのは、二十代半ばの女。不気味な笑みを浮かべ、その顔は懐かしくもあり、憎らしくもあった。
「メリザンド……」
復讐の炎が、胸の奥で燃え上がる。
兄を、家族を、臣下を魔石に変え、永遠の若さを手に入れたメリザンド。
祖国を滅ぼした仇敵。
懐に隠し持っていたアルフォンスが、赤黒く脈打った。
『リリアナ……我らの復讐の時が来た』
「ああ。作戦は最終段階だ……行くぞっ!」
「うおおおおおお!」
俺が魔力を解放すると七色のオーラが爆散し、謁見の間を覆っていた結界がいとも簡単に消し飛んだ。
「七色の魔力! ……やはりリリアナは」
「ここは戦場になります! 陛下、今すぐお逃げください!」
魔女が俺のオーラに目を奪われている隙に、国王と重臣たちを退避させるセラフィーナ。
その去り際、彼女が俺に振り返った。
「我らの代わりに、必ず魔女を倒してください、リリアナ様」
羽根扇で口元は隠れているが、その瞳には強い意思と俺への信頼が宿っていた。
「任せろ」
誰もいなくなった謁見室。
俺の隣には、同じく魔力を解放した早乙女がオーラを輝かせている。そんな俺たちに、メリザンドがニヤリと笑った。
「素晴らしい……これほどの魔力を持つ二つの人体魔石を手に入れれば、他の魔石など価値がないに等しい……」
「ちっ、もう勝った気でいやがるぜ。だが、テメエはここでぶっ潰す!」
「わらわを倒すなどと、なんて身の程知らずな。でも大丈夫、そのバカな頭でも誰がこの世界の支配者なのか理解できるというもの」
邪悪に笑った魔女は、次の瞬間、己の魔力を解放した。
ゴオオオオオオオオオオ……!
「……何だ、この魔力は」
「……ありえへん……こんなんもう、人間ちゃうやんか」
城全体がガタガタ震え、巨大なシャンデリアが床に叩き落とされる。
ステンドグラスが次々と砕け散り、部屋全体が闇の魔力の渦に巻き込まれた。
豪華な調度品も木っ端微塵に破壊され、謁見の間の中心に立つメリザンドの周りをグルグル回り出した。
「どうだ、わが魔力は」
「……ちっ、やるじゃねえか」
「……アンタ、人間やめてるやろ」
過去の記憶が戻った今、かつてエルヴァリア王国で学んだ魔法の知識が頭を巡る。
この魔力は人外。決して人が使っていい代物ではない。
コイツ……。
そんな俺の表情を見て余裕の笑みをたたえるメリザンドが、俺に尋ねる。
「……そなた、記憶を取り戻したとはいえ、わらわの擬態は完璧。なぜ王子に化けていたことが分かった?」
俺を殺す前に、問いただしたいらしい。
「最初にお前は言ったよな。王子の身分を隠して諸国放浪していた時に、眠り姫の噂を耳にして俺を助けたって」
俺は魔剣を構え直す。
「よく考えればおかしな話だ。人が立ち入れない魔境メディオーラの森に姫が眠っているなんて噂、一体どこの誰が流せたんだ? だって誰もそこに近づけないんだぜ?」
「…………」
「エルヴァリア王国で得た人体魔石の中に俺が見当たらなかったから、その行方をずっと探してたんだろ?」
「……くっ」
「どうやって見つけたのか知らねえが、俺がメディオーラにいることを知って、眠りから目覚めさせた。そして俺の記憶を消して、次の標的にしていたアルヴェルト王国へ連れて行き、まとめて魔石にしようと企んだ。違うか?」
「クックック――そこまで見抜かれていたなら、いっそ清々しい」
メリザンドは不敵に笑った。
「ええ、そうよ。メディオーラの森であなたを見つけた時は、神に感謝したぐらいよ。誤算だったのは……心を壊して傀儡にしたはずのあなたに、別の人格が潜んでいたこと」
「なるほどな。それで前世の記憶が甦ったというわけか」
「もう一つの誤算は、王都ルーメンに寄らざるを得なかったこと。そこで余計なクエストを受けたばかりに、セラフィーナを引き入れてしまった」
「お前もアイツのことを疑って……」
「レッサリア王国など、この大陸に存在しない。その王家を名乗った彼女は……奴らはわらわの……」
ギリッと歯を食いしばり、顔を歪めるメリザンド。だが、それ以上は喋るまいとするように、口を閉ざした。
そして両手を天へ掲げる。
「――ならば、すべてを終わらせるまでよ」
膨大な魔力が、その両手に集束していく。
【千魔晶――ミレ・クリスタリザティオ】
「…………」
だが、何も起きない。
「…………何も起きない……なぜだ!?」
狼狽えるメリザンドに、俺は笑った。
「クーッククク! 今の足下では、テメェの手下と俺の騎士団がやり合ってるはず」
「……まさか」
「テメェの無駄話に付き合ってやったのは、ただの時間稼ぎ。テメェに気づかれねえよう魔力自慢の猛者どもを城に引き入れてやったのさ」
「……そんな……魔力など……何も感じなかった」
「精神魔法を使えるのが、テメェだけだと思うなよ」
「……セラフィーナかっ!」
憎しみに顔を歪めるメリザンド。
俺は魔剣を構えて、魔女を睨みつけた。
「さあ――決着つけようぜ、メリザンドっ!」




