第33話 魔女を倒すために、隣国に宣戦布告します
枢機卿がギルドを飛び出して行く様子を、怪訝な顔で見送る騎士団長と侍従長。
「次はお前だ、騎士団長」
重装備を身に着けた大男に、俺は手招きをする。
「……分かった」
騎士団長が会議室に入ると、俺はいきなり質問をぶつけた。
「ノルディアのさらに北、深い森の向こうに遺跡があるのを知ってるか?」
「……ああ、確かにあったな。遠い昔に滅びた隣国の遺跡だと聞いている」
「その国の名前は?」
「知らん」
「知らん……か。本当だろうな?」
「私はこの国を守る騎士団長。古代史の研究者ではない。滅びた国の名前など、わざわざ調べたこともない」
そう言い切る男の目を、じっと見つめる。
……嘘は言ってないな。
「分かった。お前を信じよう」
「それで質問は終わりか? なら、こちらからも頼みがある」
騎士団長が身を乗り出す。
「お前ほどの魔力を持つ者を放っておくのは惜しい。我が騎士団には魔法に長けた者が属する魔導騎士団というのがあって――」
「入ってやってもいいぞ」
「え……?」
騎士団長が目を丸くする。
「入団してくれるのか!」
「ただし、条件がある」
「なんだ、言ってみろ!」
「お前が指揮する騎士たちに、今すぐ命令を出してくれ。アルヴェルト王国に向けて出撃せよとな」
「そんなことでいいのか?」
「ああ!」
「よかろう! クックック……あの目障りな国をようやくぶっ潰――」
「だが、勘違いするな」
俺は騎士団長の言葉を遮った。
「確かにあの国へ兵を進める。だが、攻撃目標はアルヴェルト王国じゃねえ」
「はあ?」
「そこに潜む魔女を倒す!」
「魔女? 誰だそれ?」
勢いよく立ち上がったはいいが、「魔女」という言葉に気勢をそがれる騎士団長。
そこで俺は、エルヴァリア王国が滅亡した経緯と魔女の存在。そして、その事実をひた隠しにしてきた教会の大罪を話した。
最初は半信半疑だった騎士団長も、話を聞くにつれて表情を険しくしていく。
そして話が終わる頃には、顔を真っ赤にして怒り出した。
「何ということだ! 教会め……ぐぬぬ!」
「腹が立つのは分かるが、今は魔女を倒すことが先決。教会も自分たちの過ちを認めて、聖堂騎士団を出してくれることになった」
「だから血相を変えて飛び出して行ったのか、あの枢機卿は!」
騎士団長は腕を組み、しばらく考え込む。
「しかし……アルヴェルト王国が魔女に滅ぼされるというのなら、我が国にとっては好都合ではないか? 長年のライバルが労せず消えてくれるのだぞ。魔女に好きなだけ暴れさせて、その後で我々が倒せば――」
「ダメだ!」
俺は即座に否定した。
「あの魔法が発動すれば、魔女は大量の人体魔石を手に入れることになる」
「人体魔石?」
「そうなれば、サマトリア王国どころかこの世界のどんな国にも止められなくなる」
「そんな大袈裟な。たかが魔女一人で――」
「これを見ても同じことが言えるか?」
俺は懐から赤黒い魔石を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これはエルヴァリア王国の第一王子が人体魔石化の秘術によって姿を変えられた成れの果てだ」
「……これは!」
騎士団長が恐る恐る魔石に手を触れる。
その瞬間、顔色が変わった。
「な、なんだ……この魔力は……」
魔石の内部から、途方もない力が伝わってくる。
「これほどの魔力が、一人の人間から?」
「ああ。これが人体魔石の力だ」
俺は騎士団長を睨みつける。
「今、魔女を倒さなければどうなると思う」
「……どうなるって、それは」
「アルヴェルト王城にいる王侯貴族が、全員これに変えられる」
「…………!」
「そして魔女は、それらを一つ残らず自分の力に変える」
騎士団長の顔から余裕が完全に消えた。
「それほどの力を手にした魔女に……勝てると思うか?」
「……無理だ」
騎士団長は魔石から手を離した。
「こんな途方もない力を手にした者を、誰が止められる……」
「そういうことだ」
俺は魔石を懐へ戻した。
「魔女は世界の女王になる。そしてすべての王は、殺されるか服従させられる」
「…………」
騎士団長はしばらく黙り込んだ後、俺を真っすぐ見つめた。
「今なら本当に魔女を倒せるのか」
「俺に策がある」
「教えくれ!」
「もちろんだ。まず……」
部屋を飛び出して行った騎士団長と入れ替わるように、侍従長がソファーに腰を下ろす。
「二人とも慌てて出て行ったが、一体どんな話をしたのだ?」
よほど気になっていたのか、侍従長は開口一番、俺に尋ねる。
俺は二人にしたのと同じように、エルヴァリア王国の滅亡と魔女の存在を説明。
そして、二日後に迫った人体魔石化の秘術を阻止するため、今すぐ魔女を倒さなければならないことも話した。
すると顔を青ざめた侍従長が、
「それで、私はどうすればいい」
「国王に言って、アルヴェルト王国に宣戦布告させろ」
「宣戦布告だとっ!?」
目を白黒させる侍従長。
騎士団長がアルヴェルト王国との戦争を望んでいることを伝えると、侍従長は大きなため息を吐いた。
「まだあの男は、そのような世迷いごとを。我が国のどこに戦争する金があると思っているのだ……」
「え……?」
思わず聞き返してしまう。
「まさか、お前……アルヴェルト王国と戦いたくねえのか?」
「当たり前だ! あの国とは何度も戦争してきたが、兵を損ねるだけで何の利益も得られなかった。バカバカしい」
「つまりお前は、戦争反対派ってことか?」
「私が望むのは戦争ではなく、サマトリア王国の繁栄だ」
そこで侍従長は、ちらりと俺を見る。
「そのためには、陛下にお世継ぎをもうけていただくことが何より重要。魔女を倒した暁には、ぜひともリリアナ様を我が王家に」
「おそらく、もう側妃の目はないかと」
隣で話を聞いていたセラフィーナが、涼しい顔で口を挟んだ。
「なぜそんなことが言える!」
「だってリリアナ様は、アルヴェルト王国の第一王子との婚約が決まっておりますので」
「おい、セラフィーナ。その話は……」
俺が否定しようとするが、侍従長が目を瞬かせて首をかしげる。
「第一王子って……一体何の話だ?」
セラフィーナは羽根扇で口元を隠すと、目を妖しく光らせた。
「……まさか、ご存じなかったのですか?」
「ご存知なかったもなにも、あれ……?」
突然、侍従長の顔が青ざめていく。
「そんなことをされたら……私の計画が!」
「計画? ああ、そういうことでしたのね」
「そういうことって?」
俺が尋ねると、
「この方は、リリアナ様を側妃として王家に迎えることで、その後見人として自らの発言力を増そうと目論んでいたのです」
「うっ……!」
どうやら図星だったらしい。
侍従長は気まずそうに目を逸らして、
「……そういう側面も無きにしもあらずですが、純粋に王国のためを思ってのこと」
「とにかく、側妃の話は諦めなさい」
「そんな……」
肩を落とす侍従長に、セラフィーナは余裕たっぷりに続ける。
「側妃などにしなくとも、発言力を増す方法はいくらでもあります」
「……何だと?」
「リリアナ様は、アルヴェルト王国の次期王妃となられるお方。大きな恩を売っておけば、将来の両国関係においてあなたの存在は無視できなくなるでしょう」
「……次期王妃」
「好戦的な騎士団長より、アルヴェルト王国との和平を重視するあなたの言葉を陛下が信頼されるようになるかもしれませんよ?」
侍従長の目に、再び光が戻った。
「なるほど……」
「リリアナ様の側妃話に固執するより、未来のアルヴェルト王妃に恩を売るほうが、はるかに大きな力になるとは思いませんか?」
「つまり、私がリリアナ様のために動けば、将来アルヴェルト王国との交渉で……」
「発言力を持てるでしょうね」
侍従長はしばらく考え込んだ。
そして、ゆっくりと俺を見ると、
「分かった、そなたの言うとおり次期王妃殿下の策に乗ろう。それでリリアナ様は何をお考えなのです?」
真剣な目の侍従長に、俺は作戦を話した。
「よく聞け、まず……」
その日、サマトリア王国はアルヴェルト王国に対し、宣戦を布告した。




