第31話 よみがえる記憶
エルヴァリア王国のかつての王都は、巨大な城塞都市だった。
多くの人々が暮らしていたはずの街は、だが今はもぬけの殻。
家々は瓦礫と化し、家具はおろか扉の取っ手の金属に至るまで、盗賊たちによって持ち去られている。
中には、廃墟となった建物を根城にして隠れ住んでいる盗賊までいた。
「ちっ……!」
初めて訪れたはずなのに、胸の奥から怒りが込み上げてくる。
「このクソ野郎どもが……」
大切なものを土足で踏みにじられている、そんな気分だった。
だが盗賊たちは、俺たちが前を通り過ぎても手を出してこない。
「盗賊も冒険者も、荒くれ稼業に違いはねえ。互いに不干渉、それが長生きのコツってことか」
俺たちも盗賊たちを無視して街道を進み、かつての王城へと辿り着いた。
城壁は崩れ、塔も半ば倒壊している。
あちこちが朽ち果て、かつての壮麗さなど見る影もなかった。
それでも確信はあった。
「……俺はこの場所を知っている」
夢の中で見た家族の顔が脳裏に浮ぶ。
父と母。
兄アルフォンスと、姉、弟、妹。
胸の奥が締めつけられる。
「…………」
懐から魔石を取り出し、ほんの少しだけ魔力を込める。
すると――、
『どうしたリリアナ』
頭の中に、アルフォンスの声が響いた。
「今、エルヴァリア王国に来ている」
『何だと!?』
珍しく、アルフォンスの声が大きくなる。
「今じゃただの廃墟だがな」
『……そうか』
しばらく声が返ってこなかったが、コイツにもきっと思うところがあるのだろう。
「なあ……本当にここに住んでたのか?」
『もちろんだよ、リリアナ』
アルフォンスは迷いなく答えた。
『……そなたの部屋に行ってみるか?』
「俺の部屋……だと?」
『ああ。案内しよう』
魔石に導かれ、俺たちは崩れかけた王城の中へ足を踏み入れる。
盗掘されて、家具や装飾品の類などはほとんど残っていない。
それでも壁や柱、広大な廊下を見れば、かつてどれほど壮麗な王城だったのかは想像できた。
やがて俺たちは、城の中心にある広間へ辿り着く。かつて国王が臣下たちと向き合っていた、謁見の間らしい。
玉座はすでに失われ、だが、その奥の壁には不自然な隙間が残っていた。
アルフォンスの声が響く。
『王族の住まう場所へ至る、特別な通路だ』
壁の奥へ入る。
長い廊下を進んでいくと、その先にいくつもの部屋が並んでいる。
王族の居室だ。
そのうちの一つの前で足を止めた。
『ここがそなたの部屋だ』
部屋の中には何もなかった。
ただ一つ、骨組みだけになった天蓋付きのベッドが、ぽつんと残されていた。
「……これは」
なぜか目が離せない。
胸の奥が熱くなり、激しく鼓動を始める。
「このベッド……」
気づけば、俺の口から言葉が漏れていた。
「……わたくしの……」
――その瞬間、
「うがああっ……!」
頭の中で、何かが弾けた。
膨大な映像が濁流のように押し寄せる。
父と母の笑顔。
兄と走り回った幼い頃の思い出。
姉と喧嘩したこと。
弟や妹とじゃれ合ったこと。
侍女たちに着替えさせてもらった朝。
このベッドで眠った夜。
王城の庭。
王都の街並み。
家族と食卓を囲んだ日々。
そして――あの夜。
魔女が王城を襲った日の出来事。
「う……あああああ!」
記憶が止まらない。
何百年もの時を越えて、かつての人生が一気に流れ込んでくる。
そして俺は、その場に膝をついた。
「リリアナ!」
早乙女の声が聞こえる。
だが、答える余裕などなかった。
やがて、怒涛のような奔流が収まっていく。
「はあ……はあ……」
荒い息を吐きながら、俺は自分の手を見つめた。
俺は黒崎鉄也で間違いない。
同時に、リリアナとしての記憶もある。
「そうか……そうだったのか」
俺は、ようやく理解した。
「俺は……リリアナだったんだ」
あの河川敷で、黒崎鉄也は死んだ。
だが、その魂がメディオーラの森に転移したわけじゃなかった。
俺は何百年も昔、この城でリリアナ・ディ・エルヴァリアに生まれ変わった。
そしてこの時代を生きてたんだ。
その事実に気づくと、不思議なほど気持ちが落ち着いて行く。
黒崎鉄也としての記憶も本物。
リリアナとしての記憶も本物。
そのどちらも俺だったんだ。
◇
「今すぐアルヴェルト王国に戻る」
俺は立ち上がるなり、そう宣言した。
「なんでや。せっかく来たのに、まだ何もやってないやん」
早乙女が怪訝そうな顔をする。
「魔女の正体が分かった!」
「え……? 何言うてんのアンタ?」
「ヤツはアルヴェルト王家を狙っている!」
「それって、アンタを何百年も眠らせた悪い魔女のことか?」
「違う! 俺を眠らせたのは魔女じゃない。魔女から逃がすために、エルヴァリア王家に仕える魔導師が眠らせたんだ。俺がいつか、魔女を倒す力を手にすると信じて!」
「はあ? なに言うてんねんリリアナ。おとぎ話はそんな展開とちゃうで?」
「これはおとぎ話じゃねえ。復讐の物語だ」
「復讐の物語って……ウソやろ?」
呆然とする早乙女に、俺はことの真相をすべて伝えることにした。当然、魔女でないことがハッキリしたセラフィーナにもだ。
この国を滅ぼした魔女。
その魔女が今度は、アルヴェルト王国を同じ方法で滅ぼそうとしている。
「……ほんまなんか、その話」
早乙女の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「それで魔女の正体は誰なんや!」
早乙女が詰め寄る。
「その正体は……うぐっ!」
その名を口に出そうとした途端、喉が焼けるように痛くなる。
「これが魔女の呪いか……どうやっても口に出すことができねえ」
そして今度はセラフィーナに向き直ると、頭を下げて謝った。
「スマン。俺、お前のことを疑ってた」
すると彼女は目を丸くし、クスクスと笑い出した。
「確かに怪しい動きをしていた自覚はありますが、よりによって魔女だと疑われていたなんて、とんだ笑い話ですわ」
「笑い話?」
「だってわたくし、その魔女を討つためにわざわざこの国へやって来たのですから」
「魔女を討つために来たって……? お前、親から勘当されたんじゃ……」
「勘当などされておりません。そういう設定で修道院に潜入していただけです」
「じゃあ、何のために修道院に……」
「とある魔法陣を調べるため、大聖堂の書庫を探っていたのです」
「それって、エルナの……!」
「ところが、何の魔法を使ったのか枢機卿にわたくしの潜入を知られてしまったのです」
「やはり、お前が邪神教徒……」
「彼らから見れば、確かにわたくしは邪神教徒でしょう。でも、わたくしから見れば異なる神を信じる彼らこそが邪神教徒」
「つまり、お互い様ということか」
「ですが時間がなくなったわたくしは、計画を急ぐ必要がありました。それでエルナに」
「じゃあ懺悔室に隠していた紙は」
「わたくしが指示して描き写させたものです。リリアナ様に奪われた時は、どうしようかと思いましたが……」
そう言って、セラフィーナは懐から一枚のメモを取り出した。
「無くしたと思ったのに、いつの間に!」
「リリアナ様がスラム街に攻め込んだ時に、混乱に乗じてこっそり抜き取らせていただきました。人体を魔石に変える『禁忌の秘術』を施すための魔法陣を」
「人体を魔石に変える魔法陣だと! ……そうか、そうだったのか」
リリアナの記憶にも残ってなかった最後のピースが揃った。
なぜ、一夜にしてエルヴァリア王国が滅んだのか。それは王城の地下深くに魔法陣が刻まれ、魔女がそれを発動させたからだ。
そして――アルヴェルト王国の王城地下にも、あの魔法陣は刻まれている。
「お前はなぜ、アルヴェルト王城の地下に魔法陣があることを知っていた?」
「これは賭けでした……」
セラフィーナはここで計画の一部を明かす。
彼女には同志がいて、この大陸にあるすべての王城の地下を調べ、メモと同じ魔法陣が刻まれていないか探す計画だったという。
だが、スラム街で見せた俺の魔力を目の当たりにして、失われたエルヴァリア王家の血を引いていることを確信。
そこで俺を利用し、魔女をおびき寄せる罠を思いついたようだ。
もっとも、そんなことをするまでもなく、アルヴェルト王城の地下から魔法陣があっさり見つかった。
「お前の計画は分かった。それで、あの魔法陣はいつ発動する?」
「あれほどの巨大な魔法陣を起動させるには大量の魔力が必要。ですがエルヴァリア王家を魔石化したのは数百年も昔。残された魔石では、おそらく足りなかったのでしょう」
「つまりヤツは魔石を集めていた……と」
「はい」
「……それで、魔石はいつ集まる?」
「今のペースで行くと、あと一週間……いえ三日」
「もうすぐじゃないか!」
俺は魔石を取り出し、魔力を通す。
『そんなに慌ててどうしたのだ、リリアナ』
「あと三日で魔女が一つの王家を滅ぼす。俺に一つ作戦があるが、お前の意見を聞かせてくれ、アルフォンス!」




