第30話 エルヴァリア王国
みんなが寝静まった深夜。
俺たち三人はこっそり客間を抜け出し、王城地下の秘密通路へ忍び込んだ。
そこから早乙女の先導で騎士団基地までたどり着き、転移陣室にも到着。
「お前、よく迷わずにここまで来られたな。しかも衛兵に見つからずに」
「騎士団で教わったんや。味方に見られず王族を秘密裏に脱出させる経路をな。覚えんのが大変やったけど」
「すげぇ……。やっぱプロは違うな」
俺も騎士団に馴染んでいるつもりだったが、騎士団の正式メンバーになった早乙女はやはり違う。
コイツがいなかったら、ここまでスムーズにはいかなかっただろう。
その間も、早乙女は慣れた手つきで転移陣の準備を進めていく。
やがて魔法陣が淡く光り始める。
「二人とも魔法陣の中心に立ってや」
「お、おう……」
セラフィーナと俺が魔法陣に入ると、早乙女が所定のくぼみに魔石を置いた。
「……スマン、みんな」
騎士団の仲間たちを裏切るようで、俺は申し訳なさで一杯だった。
あれだけ熱心に教えてもらった知識を、まさか王城から逃げ出すために使うことになるとは思わなかったからだ。
「ほんなら、行くで!」
次の瞬間――あのジェットコースターのような感覚が全身を襲うと、視界が一瞬で切り替わった。
転移先は、国境を守る城壁転移陣室。
「またここに来るとはな……」
アルトゥール王子に連れられこの国に来た時に、最初に訪れたのがこの場所。その扉を少しだけ開け、外の様子を窺った。
城壁の見張り台では、兵士が夜通し警備に当たっている。
国境警備は交代制で、見張りの配置や交代時間も細かく決められている。だが俺たちはその知識を利用し、兵士に見られないよう城壁を降りた。
そしてそのまま厩舎に忍び込む。
「……ここまでは上手くいったな」
「騎士団で真面目に勉強しといて、ホンマによかったわ」
「お前、バカなのによく覚えられたな」
「アンタよりは頭ええからなあ、ウチ」
「大して変わんねえだろ!」
思わずツッコんだが、ちょっとだけ早乙女を見直した。
だが、ここからが本番だ。俺はセラフィーナに向き直る。
「サマトリア王国へ入るにはどうする?」
アルヴェルト側の国境城塞を抜けただけではサマトリアには入れない。国境にはサマトリア側の城壁も築かれており、そこを越えなければならないからだ。
するとセラフィーナが、
「闇属性魔法ワームホールを使います」
「何それ?」
「任意の二地点間を繋ぐ転移魔法です。固定された転移陣とは異なり、短距離ではあるものの好きな場所に跳躍できます」
「そんな便利な魔法があるのかよ!」
「ただし、国境城壁には魔法を無効化する結界が張られています」
「じゃあ、無理なんじゃ……」
「ですがわたくしの魔力なら突破できる可能性があります」
セラフィーナが、はるか先にあるサマトリア側の城壁を見据える。
「魔力を全てを使い切ることになりますが」
「全部……使い切る」
セラフィーナのことはまだ完全には信用してないが、俺はコイツに賭けた。
だからその言葉を信じるのみ。
「分かった。お前に任せる」
その間も早乙女は軍馬の用意をしている。
「セラフィーナ、アンタにはこの馬を貸したるけど、もしかして乗馬できへんかった?」
「まさか? これでもわたくし公爵令嬢ですよ」
「それ聞いて安心したわ。じゃあ、リリアナはこの馬な」
「いい馬だ。それにしても騎士団で乗馬訓練を受けといてよかったぜ」
「ほんまや。騎士団様々やで」
見張りが交代するタイミングを待ち、夜陰に紛れて城塞を出発。
目指すはサマトリア国境城壁。
さらにその先の国境の街エレンザまで一気に走り抜ける。
◇
エレンザに到着した俺たちは、路地裏に身を隠して夜が明けるのを待った。
「それにしても、さっきの魔法は凄かったな」
「わたくしの全力でしたので、もう魔力は残ってません」
「なら、いいものをやろう。マジックポーションだ、飲んでおけ」
「……いいえ結構です。貴族であるわたくしの口には合いませんので」
「アホなこと言うとらんで、さっさと仮眠しとき。ウチが見張っとくから」
「スマンな、早乙女」
それから俺たちは交代で仮眠を取り、体力を回復させる。
朝日が昇って街が動き始め、人混みが出始めたところでようやく俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
そこで偽名を使って新しい冒険者証を発行してもらい、俺たちは揃ってFランク冒険者となった。
「ここからは道案内のセラフィーナがリーダーだ。次どうするか指示をくれ」
「承知しました。ここからは馬での移動となります」
「転移陣は使わないのか?」
「軍用転移陣と異なり、ギルドの転移陣ではどうしても魔法の痕跡が残ります。ましてや超長距離転移ともなれば、魔導騎士団に捕捉されてすぐ追手が来るでしょう」
「それはマズいな……」
「ここからは隠密行動。旅装束を地味なものに変えて、軍馬の鞍も外し目立たないものに取り替える必要があります」
「いろいろ偽装しないとな」
「わたくしが街で調達してまいりますので、リリアナ様はここでお待ちください。レイカ様、護衛をお願いします」
「了解。リリアナのことはウチに任せとき」
◇
サマトリア王国に再入国して、数日が経った。
旅は困難を極め、街に入るたびに厳しい検問を受け、そのたびに冒険者証を見せて何とかその場を切り抜ける。
だが、街に入ったからといって安心できるわけではない。どこへ行っても厳重な警備が敷かれ、ただならぬ緊張感が漂っていた。
「……この街も警備が厳しいな」
大通りを歩きながら、俺は周囲を見回す。
やたらと衛兵が多いし、それに負けじと修道士まで街を巡回している。
「こんな辺境の街まで、捜索の手が伸びているようです」
「探してるのは……俺か」
「この国にとって、それだけリリアナ様が重要な存在だということでしょう」
俺はローブのフードを深くかぶり、早乙女も同じように顔を隠した。
「この街も、あまりうろつかん方がええな」
「だな」
メインストリートを避けて路地裏に入り、場末の宿に身を隠す。
外に出るのは必要最低限にして、それもすべてセラフィーナに任せる。
必要な物資を調達して戻ってきたセラフィーナから、街の様子を聞く。
「リリアナ様が見つからないことで、騎士団も教会もかなり神経質になっています」
「それで、サマトリア王家の動きは?」
「こちらも必死です。街の住人に紛れて間諜が何人も潜んでました」
「……スパイか……ヤベェな」
ルーメン大聖堂。
サマトリア王国騎士団。
そして、サマトリア王家。
三者が今も、血眼になって俺を探している。
「ここから先は街も小さくなるので、さらに慎重に行動する必要があります」
「せやな。ここで捕まったら全部終わりや」
「だったら、街に入らず野宿したほうがいいんじゃないのか?」
「それはむしろ危険です」
「なぜだ。魔獣や野盗ごとき、俺たちならあっという間に――」
「だからです」
セラフィーナが俺の言葉を遮った。
「たった三人で集団戦闘に勝つということは相応の魔力を使うということ。それを感知された瞬間、あっという間に追手が……」
「……確かに!」
「身を隠すなら人ゴミに紛れるのが一番」
「……そこまで考えてるなら安心した。リーダーはセラフィーナだし全部任せる」
「信用していただき、ありがとう存じます」
こうして俺たちは、息を潜めるように旅を続けた。
◇
それから、さらに数日。
俺たちはついに、王国北部の街ノルディアに到着。ここで旅に必要な装備を整え、翌朝には街を出発した。
しばらく進んだところで、セラフィーナが地図を広げる。
「ここから街道を外れ、森に入ります」
「いよいよ……か」
「森の中は魔素が濃くなっています。魔獣化した獣が跋扈してますので注意してください」
「そんなん、ウチらの敵やないやろ」
早乙女がニヤリと笑う。
「不意討ちさえ避けられれば、そこは心配してません。それに森の魔素に紛れるので、多少魔法を使っても感知されないでしょう」
「よし! やっと俺の全力が出せるぜ!」
「全力はおやめください!」
セラフィーナが即座に釘を刺した。
「多少の魔力なら隠せるというだけで、大規模な魔力を放てば森の中でも感知される恐れがあります」
「お、おう……」
「それに、そんなことをせずともリリアナ様なら魔獣を圧倒できます」
セラフィーナが真顔で俺を諌める。
まあ確かに、ここでハリキリ過ぎて追手に見つかったら元も子もない。
それに、騎士団での訓練を実戦で試すいい機会かもしれない。
鍛え抜いたこの肉体。
強化された魔力。
そして、早乙女との連携攻撃。
それを魔物相手に試してみる。
「魔力を極限までケチって敵を倒す! なんか楽しみになってきたな」
「ウチもや!」
早乙女がニヤリと笑った。
俺たちは森の奥へと足を踏み入れた。
◇
それから、さらに二日。
次々と襲いかかる魔物を倒しながら、鬱蒼とした森を進んでいく。
アルトゥール王子と旅をしていた頃とは明らかに違う。俺も早乙女も、あの頃よりずっと強くなっていた。準備運動にすらならないほどだ。
「それにしても、こんな深い森の中にエルヴァリア王国なんか本当にあるのか?」
思わず呟くと、前を進んでいたセラフィーナが振り返った。
「この森を抜ければ、すぐそこです」
「森を抜ければ……か」
けもの道すらない鬱蒼とした森。
それなのにセラフィーナは、迷うことなく馬を進める。
(本当はコイツ……何者なんだ?)
ここまで一緒に旅をしてきて、敵でないことはハッキリした。
だが、ただの貴族令嬢とは到底思えないし、邪神教徒であることは確実。
しかも、地図もないこの森を迷わず進めること自体がおかしい。
答えの出ないまま進んでいると、突然視界が広がった。
「……なんだ、ここは!」
森を抜けた瞬間、俺は言葉を失った。
目の前に広がっていたのは、荒れ果てた大地。
岩が転がる荒野に――巨大な遺跡がそびえ立っていた。
崩れ落ちた城壁。
瓦礫と化した街並み。
その中心にそびえる巨大な王城跡。
かつて人々で賑わっていた街は、長い年月ですっかり朽ち果てていた。
だがその時、目の前の光景に、別の景色が重なった。
堅牢な城壁。
大勢の人々が行き交う街並み。
王城の門が開き、騎士団を従えて出発する王の姿。
「あれは……お父様!」
胸が、キュッと締めつけられる。
懐かしくもあり――切なかった。
「……エルヴァリア王国……わたくしの国」
思わず口を出た言葉に、俺自身が驚く。
「では、参りましょう」
そしてどこか意味ありげな響きを声に含ませ、セラフィーナは馬を走らせた。




