第29話 疑惑
「なあ、早乙女」
「なんや?」
「セラフィーナって、なんか怪しくねぇか」
午後の騎士団訓練の最中、俺はふと早乙女に尋ねた。
「別に?」
早乙女は女の勘が鋭いし、セラフィーナを怪しんでいるかと思ったが、特にそういうのはないらしい。
「アイツ昼間見ないし、何してんだろ」
「午前の礼儀作法の時間はおるんやろ?」
「いねえ。王宮侍女に任せっきりで、アイツは顔を出さねえんだ」
「へぇ……そうなんや」
「てかお前、セラフィーナから何も聞いてないのか?」
「ウチら別にそんな仲良ないし。そう言われれば変やなあ。専属侍女は普通、ご主人様の後ろをくっついて歩くもんやで」
そう言って早乙女は、いつものマンガを広げてみせる。そこにはリリエールの後を列をなして歩く侍女たちの姿があった。
そう、セラフィーナは俺の専属侍女だから他の王宮侍女のように別の仕事を抱えているわけでもないし、俺の傍にいるのが仕事だ。
最初は彼女もそうしてたが、『鬱陶しいからどこかに行け』と言ったら、それっきり来なくなった。
「アンタが邪険にしたから、拗ねてるんちゃうの?」
「うーん、そういうんじゃなく、アイツは怪しいというか……そう、これは男の勘だ!」
「アンタ女やん!」
「そうだった……」
「じゃあ、本人に聞いてみたらええやん」
「そうだな……」
俺は少し考えた。
――いや、ダメだ。
魔石の中のアルフォンスが言っていた。
魔女はすぐ近くにいる、と。
別にセラフィーナを疑いたいわけじゃないが、可能性がゼロだとも言い切れない。
仮にアイツが魔女だったら、その瞬間ゲームセットだ。
「聞いたらやぶ蛇な気がする」
「なんやそれ。最近のリリアナは『ビビリ』の上に『気にしい』やん」
「うるせえっ!」
「ほんだら、ウチが尾行したろか?」
「尾行……お前がか?」
「偵察も護衛騎士の仕事のうちや。午前の訓練でやり方を教えてもろたし、早速試してみるのもオモロそうやん」
「そんな訓練まで……でも危険だぞ」
「なんでやねん。たかがセラフィーナやん」
「……いや、男の勘が告げている。アイツはかなりヤベェ」
「そやから、アンタ女やん!」
「とにかく気をつけろ! 絶対に気づかれるんじゃねぇぞ」
「そこまで言うんやったら、気いつけるわ。絶対バレへんようにするから任しとき!」
早乙女は胸をドンと叩いた。
そんな早乙女が、妙に頼もしい。
「くれぐれも気をつけるんだぞ」
◇
次の日の夜。
城中が寝静まった深夜、俺の部屋の扉がそっと開いた。
「……リリアナ、起きとる?」
「早乙女か……」
忍び足で入ってきた早乙女が、俺の耳元に顔を寄せる。
「えらいもん、見てもうたわ!」
「セラフィーナか?」
「そや! でもここでは説明できへん。今からウチについて来て」
言うなり、早乙女は俺の手を引っぱった。
「分かったから、そんなに急がせるな」
気づかれないようそっと客間を出た俺たちは、誰にも見られないよう城の地下へと降りていった。
いくつもの隠し通路を通り抜け、その先にあった扉の前で早乙女が足を止める。
「ここや」
静かに扉を開ける。
その先に広がっていたのは、真っ暗な地下室だった。
明かり一つなく、中に入ると俺の足音が遠くの壁に反響する。
「めちゃくちゃ広くねぇか? ここ」
「灯りつけるから、ちょっと待ってな」
そう言って懐から魔術具を取り出した早乙女が魔力を込めると、いくつもの光の玉がふわりと浮かび上がり、暗闇を照らし出した。
「蛍みてぇだな」
「そんなことより、床を見てみい」
「……どれどれ?」
足元に目を落とす。
そこには、複雑な紋様が床一面に刻み込まれていた。
「これは……魔法陣か!」
「そや」
早乙女がいつになく深刻な表情を作る。
「しかも、ただの魔法陣とちゃうで」
「というと?」
「エルナが懺悔室に隠してた、あの気色悪い魔法陣や」
「何だとっ!」
俺は思わず声を上げる。
あのとき見た、禍々しい魔法陣。
邪神教徒に命じられたエルナが、教会の図書館に忍び込んで書き写したという、あれと同じだというのか。
「……セラフィーナを尾行したら、ここにたどり着いたんや」
「じゃあ……アイツがこれを描いたのか」
頭の中に、アルフォンスの言葉が蘇る。
――魔女はすぐ近くにいる。
誰が味方で、誰が敵か。
俺は拳を握りしめる。
早乙女が低い声で呟いた。
「もしかしたら、セラフィーナが邪神教徒やったんかもな……」
その翌日。
セラフィーナへの疑念を確信に変えるために、日課になった図書館での調べ物を今日も続けていた。
魔女に関する情報、そしてエルヴァリア王国についての手掛かりがないか、歴史書を片っ端から漁っていく。
だが、今日も成果はなかった。
「……やっぱり、どこにもねえな」
半ば諦めかけた、その時だった。
どこにあったのか、埃をかぶった古い書物が一冊、ぽろりと落ちてきた。
「なんだ、これ?」
拾い上げてみる。
表紙には、タイトルすらない。
何となくページをめくっていくと――。
「あっ!」
ある一節に、目が釘付けになった。
『一夜にして滅びたエルヴァリア王国の謎』
「やはり……実在したんだ」
それは、ある学者が残した研究書だった。
大陸中央に見つかった巨大な遺跡。
そこはかつてエルヴァリア王国と呼ばれた国の王都があった場所だった。
伝承にしか存在しない、かつて栄華を極めた大国がなぜ一夜にして滅亡したのか。
そしてなぜ、その存在までもが歴史から消え去ったのか。
学者は各地の遺跡を巡り、古い文献や伝承を集めながらその謎を追っていた。
「……これは!」
ページを読み進めるほど、驚きが増していく。そこに書かれていた内容の多くが、アルフォンスから聞いた話と一致していたのだ。
王城を襲った謎の魔女。
魔石に変えられた王侯貴族。
そして――メディオーラの森にまつわる伝承まで。
「アルフォンスの話は……本当だったんだ」
「リリアナ様、ここで何かお探しですか?」
「おわあああっ!」
突然、背後から声をかけられ、俺は飛び上がった。
慌てて振り返る。
「お、お前っ!」
そこに立っていたのは、セラフィーナだった。咄嗟に本を閉じた俺は、背中へ隠す。
だが――遅かった。
「……エルヴァリア王国」
「これは、その……」
セラフィーナが俺を見つめている。
心の奥を見透かそうとする、そんな瞳を俺に向けている。
――コイツは邪神教徒。
頭に浮かぶのは、昨夜見た地下の魔法陣。
教会で見たのと同じ、禍々しいやつだ。
それをセラフィーナが床に刻み込んでいたという事実。
本を握る手に、自然と力が入る。
「エルヴァリア王国の場所なら、わたくし存じておりますが?」
「何だとっ!」
思わず聞き返した。
なぜ、そんなことを言った?
もしコイツが魔女なら、わざわざそんな情報を教えて何の得がある?
俺をからかっているのか?
それとも試しているのか? 何を?
セラフィーナの真意がまるで読めない。
「……リリアナ様は、もしや――」
「いや違っ!」
ダメだ……何を言ってもボロが出そうだ。
俺は慌てて口をつぐむ。
だが、セラフィーナもそれ以上は俺を追及してこなかった。
「……もしよろしければ、そこにお連れしましょうか?」
「え……?」
「かつてのエルヴァリア王国、その王都があった場所に」
「お前……何で?」
「ただし、誰にも知られぬようこっそりと」
俺は息を呑んだ。
コイツに乗るべきか、提案を蹴るべきか。
どうする俺!
「……ど、どこにあるんだ?」
男は度胸、出たとこ勝負っ!
「サマトリア王国」
「そんな近くにっ……!」
思わず声が大きくなる。
サマトリア王国。
アルトゥール王子が警戒していた国。
「……でも、今そこへ戻るのはマズいんじゃないのか?」
「捕まれば大変なことになるでしょうね」
「だよな……」
サマトリア王国とアルヴェルト王国は隣接する大国同士。
両国は長年対立しており、いつ戦争になってもおかしくない。
そんな場所へ勝手に戻って、もし捕まってしまえば外交問題に発展しかねない。
それでも――。
「……どうしても行きたい。王子に許可をもらおう!」
「なりません!」
セラフィーナは即座に首を横に振った。
「許可が出ないどころか、王城から出ることすら許されないでしょう」
「……だよなあ」
アルトゥール王子なら、絶対に止める。
しかも理由が、「エルヴァリア王国について調べたいから」なんて言える訳がない。
アルフォンスのことも魔女のことも話せない以上、まともに説得できる気がしない。
「ですが……」
セラフィーナが声を落とす。
「わたくし一人では、リリアナ様を連れ出すことができません」
「……確かに心細いよな」
「ですので、レイカ様に事情をお話しして護衛をお願いすれば……あるいは」
「早乙女を連れて行くのか……」
魔石のアルフォンスは言っていた。
誰が味方で、誰が敵かは分からない。
だから俺の正体を誰にも話すな、と。
エルヴァリア王国の存在が本当に確認できた今、アルフォンスの言葉が正しかったことも分かっている。
早乙女を信じるか、疑うか……。
「そうだな、セラフィーナ」
早乙女だけは、信じられる。
あいつは俺と同じ日本人。
何より――アイツは俺のライバル。
あいつだけは俺を裏切らない。
仮に、魔女が早乙女の姿に化けていたとしても――俺なら、絶対に偽物だと見抜ける。
俺は覚悟を決めた。
「アイツを連れて、王城を出よう!」




