第28話 夢
それからまた、しばらくが経った。
俺は相変わらず、午前は礼儀作法の訓練、午後は王国騎士団の訓練という毎日を暮らしている。
ただ以前と違うのは、その合間を縫って城の図書館に籠もることが増えたことだ。
早乙女は元々、日本へ帰る方法を探していたが、俺も図書館でエルヴァリア王国について調べるようになった。
かつて栄華を誇ったエルヴァリア王国。
魔石から聞こえたアルフォンスを名乗る男は、自らをその国の第一王子だと言い、俺を第二王女リリアナ・ディ・エルヴァリアだと言いきった。
その話が本当かを確かめるために、エルヴァリア王国について何か記録が残ってないか知りたかったのだ。
だから図書館にある歴史書や地理書を片っ端から調べてみたが――、
「……ねえな」
何冊目かの本を閉じる。
エルヴァリア王国。
エルヴァリア王朝。
エルヴァリアという地名。
どれだけ探しても、それらしい名前は一向に出てこなかった。
「なに、熱心に調べてるん?」
「おわああっ! 急に話しかけるなよ……」
背後から突然声をかけられ、慌てて本を閉じる。
「最近ビビりになってもうたな、アンタ」
「うるせえ!」
早乙女なら、さすがに信じてもいいと思うのだが、アルフォンスからは誰にも話すなと言われている。
──魔女はすぐ近くにいる。
その言葉がどうしても頭から離れない。
だから俺は、エルヴァリア王国だけでなく魔女についても調べた。
だが、こちらもなかなか手掛かりが見つからなかった。
そもそも、俺は勉強が大の苦手だ。
難しい歴史書なんか読んでいると、数ページもしないうちに眠くなってくる。
「……くそっ。もっと簡単に書いてある本はねえのかよ」
誰かに頼りたいところだが、アルトゥール王子に相談するわけにもいかないし、ましてや国王陛下に、
『実は俺、エルヴァリア王国の第二王女らしいんです。ホントかなあ?』
なんて聞けるはずもない。
結局、自分一人で調べるしかなく、それから何日も図書館に通い続けた。
「仕方がない。また魔石に聞いてみるか」
◇
その夜。
部屋の明かりをすべて落とし、周囲に誰もいないことを確認する。
そして、あの魔石にそっと魔力を込めた。
すると――。
『……リリアナか』
魔石から、兄を名乗る男の声が響いた。
「そうだ。ちょっと聞きたいことがある」
『何でも聞いてくれ』
それから俺は、アルフォンスにいろいろなことを尋ねた。
エルヴァリア王国はどんな国だったのか。
王城はどんな場所だったのか。
父王レオニードはどんな人物だったのか。
母のエレオノーラは、
姉セレスティア、弟ルシアン、妹マリアベルはどんな人間だったのか。
王都にはどんな街並みが広がり、どんな人々が暮らしていたのか。
俺が質問するたびに、アルフォンスは懐かしそうに答えてくれた。
時には笑いながら。
時には、寂しそうに。
まるで昨日のことのように、昔の記憶を語ってくれた。
けれど――。
「……やっぱり、何も思い出せねえ」
どれだけ話を聞いても、俺の中に「懐かしい」という感情は一切湧いてこなかった。
何を聞いても頭には何も浮かばず、知らない場所と知らない人間の話を聞いてるだけ。
「この身体の持ち主──リリアナ王女はまだ眠ったままなのか?」
ベッドに横になって、手の中の魔石を見つめる。
「この前少し懐かしい気がしたのは、リリアナの記憶が俺に伝わったからだろう」
俺は魔石に向かって呟いた。
「なあ、本物のリリアナ。早く目を覚ましてくれよ。そして俺に教えてくれ。一体誰が魔女なんだ?」
もちろん返事が返ってくることはなく、アルフォンスも黙り込んでしまった。
やがて寂しそうに、
『それでも私はお前を妹だと疑っていない』
「だからなんでそこまで言い切れるんだよ」
『魂の波長だ』
即答だった。
『たとえ姿が変わっていても、たとえ記憶が失われても、魂に刻まれた魔力だけは変わらない。そして私は、幼い頃からお前の魔力を感じている』
「………………」
『お前はリリアナ。私の大切な妹だ』
「そう言われてもなあ……」
俺にはやっぱり実感がない。
俺は男の中の男。硬派番長の黒崎鉄也だ。
それでも、その言葉を完全に否定する気にはなれなかった。
もしかしたら、本当に俺はリリアナなのかもしれない。そう思えるほどアルフォンスの言葉は真っ直ぐだった。
◇
その夜、俺は夢を見た。
初めて見る城。
なのに、なぜか懐かしい。
広い大広間で、俺は大勢の人々に囲まれていた。
優しく微笑む父。
穏やかな眼差しを向ける母。
そして――、
「リリアナは、私の誇りだ」
この声は知っている。
目の前にいるのは、兄アルフォンス。
いつも魔石から聞こえてくる声が、今は目の前の男から聞こえてくる。
アルフォンスは、俺に優しく語りかけた。
「王家を継いで、立派な女王となるのだぞ」
「いいえ、お兄様」
俺――いや。
『わたくし』は、静かに首を横に振った。
「お兄様が戴冠なさってください。わたくしは生涯お兄様を支えますので」
「それはダメだ!」
アルフォンス兄様が珍しく声を荒らげる。
「そなたが戴冠するのだ。そして子を産み、育て、王家の繁栄に尽くさねばならん!」
「ですが、お兄様!」
「このことは皆も了承している。そうですよね、父上」
「そうだ。次の王はリリアナ、そなたじゃ」
父の声。
初めて聞くはずなのに――、
なぜか胸の奥が締めつけられるように切ない。そして涙がこぼれそうになる。
母が優しく微笑む。
姉が両手でわたくしの手を包みこむ。
弟と妹が、楽しそうに笑っている。
――温かい。
ここにいることが、当たり前だった。
この人たちと家族であることが、何よりも幸せだった。
なのに――、
胸の奥で、何かが叫んでいた。
この幸せは、長くは続かないと。
「……はっ!」
――その瞬間。
俺はベッドから飛び起きた。
「今のは……夢?」
息を整え、ぼんやりと部屋を見回す。
見慣れた城の客間。
さっきまでの光景はどこにもない。
手には、あの魔石を握りしめている。
窓から朝日が差し込んでいる。
「魔石に話を聞きながら眠っちまったのか。だからあんな夢を……」
だが、夢にしてはあまりにも鮮明だった。
知らない城。
知らない人々。
そして、兄を名乗るアルフォンス。
どれも俺が知るはずのないものばかりなのに――、
「……なんだ、この感じ」
胸が痛い。
夢に出てきた、リリアナの父と母。
兄と姉、弟と妹。
顔を見るのは初めてなのに、なぜか確信できる。
――この人たちは、自分の家族だ。
そう理解した瞬間、
胸の奥から、懐かしさと切なさと、ありとあらゆる感情が一気に込み上げてきた。
「……あれ?」
頬を何かが伝う。
「涙……?」
指で拭ってみる。
間違いない。
俺は、泣いていた。
「なんでだよ……」
慌てて何度も涙を拭う。
「男の中の男、黒崎鉄也ともあろう者が、なんで泣いてるんだっ!」
拭っても拭っても、だが、次から次へと涙が溢れてくる。
「くそっ! なんなんだよ、これ……」
しばらくうつむいていたが、涙は一向に収まらない。
「おい、俺の中のリリアナ! いい加減に泣くのはやめろ!」
もちろん返事はない。
「泣いてる暇があったら、魔女が誰なのかとっとと教えやがれ!」
魔石を握りしめて、歯を食いしばる。
「いつまでウジウジしてんだ、俺っ!」
ベッドから飛び起き、タンスのタオルで顔をゴシゴシ拭いた。
「おい、セラフィーナ! 着替えるから手伝ってくれ!」
ほどなくして、侍女を引き連れたセラフィーナが入ってくる。
「おはようございます、リリアナ様」
「おう! まずは目隠しだ!」
「承知しました」
俺の目に目隠しが被せられる。
これでよし、と。
男たるもの――女の裸を見てはいけない。
しかもこの身体には、本来の持ち主であるリリアナの魂が眠っている。
だったらなおさらだ。
俺は俺の流儀を貫く。
――硬派番長としての男の意地を!




