第3話 爆笑! 早乙女レイカの秘密
王子に助け出され、茨から解放された早乙女レイカ。
「おおきに。ほんま助かったわ。でもここどこなん? ほんで、アンタら何者なん?」
そう言ってその場に腰を下ろしたスケバンに、王子は簡単な自己紹介と、ここへ来るまでの経緯を話した。
最初は「ふーん」と聞いていた早乙女だったが、やがて目を大きく見開いた。
「ウソ……やろ。今の話、眠り姫の童話そのまんまやんか!」
「眠り姫だぁ? お前、そんな童話の話なんか覚えてるのか」
「当たり前やん。こんな有名な話を知らんアホは、世界中探しても黒崎しかおらへんで」
「んだとコラァ! もういっぺん言ってみろ早乙女ェ!」
「はあ? なんで、姫さんが怒るんや」
「おっと、そうだった。俺は黒崎じゃなく、姫! 分かったか!」
「そんなん、見たら分かるやん」
あっぶねえ……! 危うく正体がバレるところだった。
しっかし、眠り姫の童話かあ……。
ガキの頃に絵本で読んだ気はするが、興味なさすぎて、すっかり忘れちまったぜ。
「つまり王子はんは、見聞を広げるために諸国漫遊の旅をしてて、そっちの姫さんが茨の眠り姫。ほんでキスして目ぇ覚まさせたと。おとぎ話とまったく同じやんか!」
「僕の国にそのようなおとぎ話はありませんが、僕にとってこれは王位を継ぐための試練なのです。そして呪いの謎を解き明かし、愛の力で姫を眠りから目覚めさせたのです」
「つまりハッピーエンドちゅうことやな!」
「はい!」
二人が楽しそうに笑っているが、それを尻目に俺は必死に考える。
(こんな変な場所に早乙女まで来ちまった。早く男に戻らねぇと、いつか早乙女にバレちまう……)
「でも、ホンマにあるんやなぁ。そんなマンガみたいなコッテコテの話」
俺の気も知らずに早乙女は楽しそうだが、そこでふと気づいちまった。
(……ちょっと待て! 何でコイツは姫じゃなく、元の姿のままここにいるんだ?)
そんな俺の疑問は、想像のはるか斜め上をいく早乙女の次の行動で、跡形もなく吹き飛んでしまった。
「ウチ、ほんまもんの王子はんと姫さんと会えて、夢みたいやわ!」
楽しそうに話す早乙女は、いつもの殺気立った眼光が消え、瞳をキラキラさせている。
そして懐から一冊のマンガを取り出した。
「お前それ、少女マンガじゃねぇのか?」
マンガの表紙には、デカい瞳をキラキラさせた王子と姫が見つめ合っていて、砂糖みてぇに甘ったるいタイトルがデカデカと書かれている。
それを見せながら恥ずかしそうに、
「みんなには内緒にしとったけど、ウチ、こういうマンガ結構好きやねん」
「マジかよ……お前。最強スケバンの早乙女様にこんな趣味があったとはな! 爆笑だぜ、うひゃひゃひゃ!」
「あぁ? なんやとコラァ!!」
俺が腹を抱えて笑うと、早乙女がいつもの殺気で睨みつけてきた。
「……こ、これは失礼しました。とてもいいお趣味をお持ちで、おほほほほ!」
慌てて女言葉で取り繕う俺。
(あっぶねぇ! もう少しで俺が黒崎だってバレるとこだったぜ……)
とっさに姫らしく振る舞ったおかげで、早乙女から殺気がスーッと消えた。
「まあええわ。それよりアルトゥールはん」
「何でしょう、レイカ?」
「ウチも一緒に連れてってくれへん?」
早乙女は真っ直ぐ王子を見つめる。
「腕っぷしには自信があるし、足手まといにはならへんから」
そして得意げに胸を張る。
「こう見えて、男には絶対負けへんし。黒崎なんか、いっつも吠え面かいとったで」
「んだとコラァ! もういっぺん言ってみろ、早乙女っ!」
「だから、なんで姫さんがキレんねん」
「テメェがウソばっかつくからだろうが!」
「ウソちゃうもん。アイツ、いっつも悔しそうに『ぐぬぬぬ』言うとったし」
「ぐぬぬぬ……じゃねぇ! 上等だ……今日こそケリをつけてやる!」
「いや、だからなんでウチが姫さんとケリをつけなあかんねん」
俺が仁王立ちになると、王子が慌てて俺をかばった。そして申し訳なさそうに早乙女に頭を下げる。
「姫は眠りから目覚めたばかりで、まだ頭が混乱してるんです」
「やっぱそうなんか。さっきから変なことばかり言うとったし、おかしいと思ったわ」
「それにもしよければ、ぜひキミの力を貸してほしい!」
「ほんまか!」
「キミも普通の人間ではないようですし、姫の護衛を手伝ってほしいのです」
「よっしゃ任しとき! ウチ、メッチャ強いから護衛にピッタリやで!」
早乙女はパッと顔を輝かせた。
「それにウチ、ずっと憧れとってん!」
「憧れ……ですか?」
「そや。王子と姫のハッピーエンド。その一部始終をこの目でしっかり見届けることや」
そう言うと早乙女は、少女マンガをぎゅっと胸に抱きしめた。
「ところで姫さん。アンタ名前なんなん?」
「え……俺の名前?」
すると王子が、
「名前は確かクロサ……」
「わあ! わあ! わああああ!」
慌てて俺は、適当な名前を口にした。
「リリアナだ」
「へえ……リリアナかあ。ええ名前やな」
「そ、そうか?」
とっさに浮かんだのは近所のイヌの名前。
キャンキャン吠えるメス犬だが、アイツの名前をしばらく借りてやることにした。
◇
その後も王子が茨を焼き払って進み、ようやく茨地獄を抜け出した。だが、その先にも鬱蒼とした森がどこまでも広がっている。
「なあ、アルトゥールはん。アンタの城までどれぐらいかかるんや?」
「そうですね……僕一人なら三日ほどで着きますが、この森には魔物が出ます。リリアナを守りながらだと、もう少しかかるでしょう」
「魔物が出るんか! 腕が鳴るなぁ〜」
早乙女が嬉しそうに指をボキボキ鳴らす。
しっかしコイツ、いつの間にか王子を名前呼びしやがって。本当に図々しい女だ。
でも、
「魔物が出るのか。たしかに腕が鳴るな!」
俺もつられて指を鳴らそうとした、その時だった。
ブルルッ……!
「まずいっ!」
魔物より先に、猛烈な尿意に襲われてしまった。
「すまんが先に行っててくれ。俺はちょっと立ちションしてくる」
そう言って茂みへ向かおうとすると、
「すまない、レイカ。リリアナのお花摘みに付き合ってくれないか」
「お花摘みって……ひょっとしてあの!」
早乙女の声がやけに弾む。
「いや、俺は花なんか摘まねぇし、ちょっとションベンをだな――」
「ホンマに『お花摘み』言うんや……マンガの通りやんか!」
早乙女の瞳がキラキラと輝く。
「……どういう意味だ、早乙女」
「なんやリリアナ、アンタ姫さんのくせに知らへんのか?」
早乙女は得意げに腕を組む。
「姫さんや貴族のご令嬢がオシッコすることを『お花摘み』言うんや。マンガでぎょうさん出てくるでぇ」
「やけに詳しいなお前……」
「そりゃ、メッチャ勉強しとるからな!」
そう言って懐から少女マンガを取り出す早乙女。
『初恋プリンセス 王子様に愛され過ぎて困ってます♡』
タイトルからして甘ったるい。
「……それ、お前の愛読書なのか?」
「ウチのバイブルや!」
「お、おう……」
「もし黒崎にバレたら、恥ずかしゅうて切腹もんやけど、アイツはここにおらへんし言うても大丈夫やろ」
「いや、全然大丈夫じゃないぞ、お前」
「そや! あとでリリアナにもこの本読ませたるわ!」
「興味ねぇよそんな本! そんなことより、ションベン、ションベン……」
本当なら今すぐ早乙女をバカにしてやりたいところだが、今はそれどころではない。
膀胱は既に限界。
俺は慌てて茂みに飛び込むと、寝間着の裾をたくし上げた。
そして――固まる。
「おわあああああっ!?」
そこにあったのは、いつものボクサーパンツではなく、女物のパンツ。
しかも、無駄に高級そうなやつだ。
「しししし、失礼しましたあああっ!」
俺はパンツに謝罪すると、慌てて裾を下ろした。




