第2話 宿敵スケバンまで来やがった!
「この俺が……姫……」
全身の力が抜けた俺は、その場にへたり込み、呆然とした。
(俺は女嫌いの硬派番長。売られたケンカは全部買う、男の中の男のはず)
(ついさっきまで河原で早乙女とタイマンを張っていた。そこまでは覚えている)
(だが、その後の記憶がない。気づけば俺は姫になっていた)
いくら考えても答えは出ない。俺は目の前の男をにらみつけた。
「テメェ、誰だ?」
すると男は片膝をつき、恭しく名乗った。
「申し遅れました。僕はアルトゥール・ド・アルヴェルト。アルヴェルト王国の第一王子です」
「王子だとぉ!」
「はい」
薄汚れたマントをまとったこの男、ぱっと見はただの旅人。だが、その端正な顔立ちは確かに王子と言われれば納得できる。
「それは分かったが、アルヴェルト王国ってどこにあるんだ?」
「はい?」
「聞いたことねぇんだけど」
「聞いたことがない? 我が国は古くから栄える大国です。姫はやはり頭が混乱して……」
「混乱なんかしてねぇ!」
俺は王子へ指を突きつけた。
「ここは日本だ!」
「ニホン……ですか? 申し訳ありませんがそのような国は聞いたことがありません」
「聞いたことねぇだと!?」
「はい」
「じゃあ、ここはどこだ!」
「隣国サマトリア王国の辺境、『魔境メディオーラの森』の最奥にある古城です」
「また知らねえ国。それに魔境って何だ?」
「魔素が濃すぎて人が近づけない場所です」
「魔素……?」
「魔法の素となる粒子です」
「…………」
「…………」
「魔法……?」
「はい」
「あるのか?」
「あります」
「いや、ねぇだろ」
「あります」
「ふざけてんのか!」
「でしたら、お見せします」
すると王子は、どこからともなく杖を取り出した。
「ちょっと待て! 今、どこから出した?」
だが王子は俺を無視し、聞き慣れない呪文を唱え始める。
「おい、待てよ、おい!」
やがて赤い模様が空中に浮かび上がり、その輝きが強くなった瞬間、王子が叫んだ。
【火属性魔法・ファイアー】
ボウッ!
模様の先に真っ赤な炎が現れ、ものすごい勢いで石壁へと飛んでいった。
ドゴォッ!!
「おわあああっ!?」
蔦に炎が燃え移り、熱気が俺の頬をひりつかせる。
「熱い……! 本当に火じゃないか!」
「これが魔法です」
「……マジかよ」
「今のは火属性魔法の初歩的なもので、他に水、風、土、雷、光、闇と、合わせて全部で七属性あります」
「どうなってんだ、一体……」
「まさか姫の国には魔法がないのですか?」
「ある訳ねぇだろ! あと姫じゃねぇし!」
「いいえ、姫です」
「お前、そこだけは譲らねぇな……」
「もしよろしければ、僕が姫の祖国までお送りしましょうか?」
「本当かっ!」
「はい。ただ、ニホンという地名に心当たりがありません。王城へ戻って場所を調べる必要があります」
「お前の城か。分かった、俺を連れていけ」
「承知しました」
こうして俺は、アルトゥール王子とともに王城へ向かうこととなった。
◇
俺がいたのは塔のてっぺんだったらしい。
ふらつく足で長いらせん階段を降り、ようやく城の外へ出ることができた。
「はぁ……はぁ……やっと外か」
足元には雑草が生い茂り、城を取り囲むように茨が伸びている。
「棘だらけだ……触ったら痛そうだな」
だが、気になるのはそこじゃなかった。
辺り一面に、おびただしい数の蛍のような光がふわふわと漂っていた。
「蛍がウジャウジャいるぞ。ここまで多いと気持ち悪いな」
だが王子は首を横に振った。
「これは蛍ではなく魔素です。このおかげで、普通の人間は近づくことすらできません」
「これが魔素……つまり俺は普通の人間じゃないと」
「はい。姫であることの何よりの証です」
「だから姫じゃねぇって! 俺は総番長だから普通じゃねぇんだ。分かったか!」
王子と話していると、どうも調子が狂う。
さっさとここを出ようと茨へ近づいた途端、足がぴたりと止まった。
「はぁ……はぁ……はぁ……身体が重てぇ。これが魔素の影響なのか……」
「いいえ。魔素に身体を蝕まれれば、その程度では済みません。普通の人間ならとっくに命はないでしょう」
「死ぬのかよ! じゃあ俺は何で……?」
「姫の場合、ただの体力不足かと」
「アホかーっ! 俺の身体はそんなにヤワじゃねぇ!」
そう言って一歩踏み出した瞬間、足がもつれた。
「おーっと、とと……」
その瞬間、身体がふわりと浮き上がる。
「どわあああっ!?」
気づけば王子の顔が目の前にあった。
コイツ、こともあろうに番長の俺様をお姫様だっこしやがったのだ!
「下ろせや、コラァ!!」
「いいえ。姫はまだ目覚めたばかり。しばらくは僕が運んで差し上げます」
「や、やめろおおおっ……!」
「ですが、妻を守るのは夫の務めです」
「妻……だと?」
「はい。姫の呪いを解くには愛の力が必要。こうして姫が目覚めたのは、僕の愛が神に認められた何よりの証です」
「アホかーっ! 男同士で結婚なんかできるかーっ!」
「姫はやはり頭が混乱しているようです。でも焦ることはありません。時間が経てばやがて記憶も戻るでしょう」
「まったく話が通じねえ!」
必死にもがくも力が入らず、王子の腕から抜け出せねえ。
「畜生おおおーーっ!」
その時、茨の中から助けを求める声が聞こえた。姿は見えないが、身体が茨に絡まり、身動きが取れないらしい。
「おい王子、誰かいるぞ」
「そうですね……ですが、こんな場所に人間がいるなんて、ちょっと考えられません」
「でもいるだろ。しかも女の声だ」
「ええ、確かに助けを求めています。急ぎましょう!」
王子は壊れ物を扱うように俺をそっと地面に降ろすと、次の瞬間には長い剣を手にしていた。
「だから、どっから出したんだよ、それ!」
だが王子はまた俺を無視すると、聞き慣れない呪文を唱え始めた。
そして剣はたちまち炎に包まれる。
「すげぇ! 炎のつるぎかよ……」
「これで茨を焼き切ります」
王子が剣をひと振りすると、茨はいとも簡単に切り落とされ、そのまま燃え上がって灰になった。
「何でもありだな……お前」
王子が道を切り開き、そのすぐ後ろを俺がついて行く。
やがて茨の奥で動けなくなっていた女の元へとたどり着くと、王子は身体に絡みついた茨をすべて切り落とした。
「大丈夫ですか?」
「おおきに。ほんま助かったで」
「その声はっ!」
王子の後ろに隠れていた俺に気づき、女がゆっくりと前に出た。
セーラー服に長いスカート。
指にはメリケンサック。顔にはデカいマスク。そして相変わらずの鋭い目つき。
「貴様は、早乙女っ!」
「……あぁ?」
不倶戴天の宿敵が、そこにいた。
「誰やアンタ。ウチのこと知ってるん?」
「何言ってやがる! 俺はテメェのライバルの黒……いいいい、いや何でもねぇ!」
(やっべぇぇぇぇ!)
今の俺は、見た目が姫。
こんなみっともねぇ姿で『俺は黒崎鉄也だ』なんて名乗れるはずがねえ!
バレたら、それこそ末代までの恥。
切腹不可避っ!
絶対にバレるわけにはいかねぇ。
――よりによって、コイツにだけは。




