第1話 なんで俺が姫になってんだよォ!
夕焼けに燃える河川敷。
風がゴクリと息を呑み、カラスすら鳴くのをやめて草むらに身を伏せている。
それほどの殺気を放つ女が、セーラー服の長いスカートを引きずり、堂々と俺の前にやって来た。
「今日こそケリつけたるでぇ、黒崎ぃ!」
早乙女レイカ(17)。
近隣3県すべての女子高をシメたと噂される、伝説のスケバンだ。
拳には、鈍く光るメリケンサック。
顔には、デケぇマスク。
女のくせに180センチに迫ろうかという巨体の持ち主。
眼光鋭く、目が合っただけで街の不良どもがビビり散らかし、交番まで遠回りして家に帰ると評判の、イカれた女だ。
だが俺――黒崎鉄也(17)は、ゴキゴキと首を鳴らして、一歩も引かなかった。
「遅えぞ早乙女! ビビって逃げたのかと思ったぜ!」
喧嘩上等。
山椒は小粒でピリリと辛い。小兵ながらたった2年で、近隣学校をすべて制圧した俺。
学ランにバンカラ帽をかぶり、下駄を履いた『昭和スタイル』の総番長だ。
大の女嫌いで、曲がったことが大嫌い。
男と中の男。正義の番長とは俺のことだ!
──だが、最強は日本に二人もいらねえ。
俺と早乙女はこれまで何度も拳を交え、だが未だに決着がついていない。
「男の中の男っ! 総番長・黒崎鉄也っ! 女なんざに負けてたまるか!」
「女の中の女っ! スケバン総長・早乙女レイカっ! 男なんかに負けへんでぇ!」
夕日が燃える。
河川敷が燃える。
俺たちの闘志が燃え上がる。
(今日こそ終わらせる!)
(今日こそ決着つけたる!)
拳を握る手が汗でにじむ。
一歩、また一歩と近づく。
互いの間合いに土足で踏み入れた瞬間。
「うおおおおおおっ!!」
「おりゃああああっ!!」
同時に大地を蹴り、互いの拳が一直線に相手の顔面へ炸裂する。
――その刹那!
パアアアアアアアアアアアン!!
けたたましいクラクションが河川敷を切り裂いた。
「「なにっ!」」
振り返ると、土手の上から大型トラックが突っ込んで来た。
「何が起きた!」
「何が起きたんや!」
咄嗟に避けようとする俺たち。
だが間に合わない。
「「うわああああああああっ!!」」
衝撃と共に、世界は真っ白に砕け散った。
◇
──俺の唇に、何かが触った。
温かく柔らかい感触が、妙にこそばゆい。
(いや、ちょっと待て!)
数秒遅れて、脳みそが理解する。
(もしかしてこれ、接吻じゃねぇのか?)
とんでもねぇ事実に思い当たるが、同時に甘ったるい男の声が俺の耳元でささやいた。
「姫……どうか目を覚ましてください」
(姫だぁ? この俺から離れろやコラァ!)
男を突飛ばそうとする……が、動けねぇ!
目も空けられねぇし、まるで金縛りだ。
(うぐぐぐぐ……クソおっ! だ、ダメだ。動けん……)
男はそんな俺の耳元で、甘くささやく。
「もしかすると、僕に愛が足りないのかも知れない。この呪いを解くには姫を妻に迎えることが必須。ならば愛をこめて……!」
チュッ。
(やっぱり接吻じゃねぇか! この俺様に何してくれとんじゃあ、ワレェェェッ!)
ブチッ!
俺の中で何かが切れた。
「テメェェ! この俺に何しやがったっ!」
勢いよく目を開くと、目の前にはやたらと顔のいい外国人がいた。
金髪に青い瞳。
彫刻みたいに整った顔。
「は……ハリウッドスターだと?」
だが俺の怒声と反対に、男は明るい笑顔を見せた。
「よかった……! 目を覚ましていただけたのですね、姫!」
「誰が姫じゃ、コラァ!」
怒鳴った……つもりだった。
「あれ?」
だが、声が裏返って迫力がでない。
「コホン……」
咳払いをしてもう一度。
「あ・あ・あ」
まだ裏返ってやがる。
「ああ~、ああ~、ああ~」
これでも高い……おかしい。
だが男は、俺を見て胸をなで下ろした。
「どうやら大丈夫のようですね」
「全然大丈夫じゃねぇ! それよりテメェ、この俺に何しやがった!」
「口づけを……」
「やっぱり接吻か! お前、何してくれとんじゃコラァ!!」
「非礼をしたことはこのとおりお詫びいたします。ですが、呪いを解くためには仕方がなかったのです」
「呪い……だと?」
「はい。邪悪な魔女の呪いで、姫は長い眠りについていました」
「……だから接吻したってのか?」
「はい」
「はい、じゃねぇ!!」
「失礼は承知してますが、『眠り姫』を目覚めさせるには他に方法が……」
「だから、誰が『眠り姫』じゃコラァ!」
男に掴みかかろうと、俺は勢いよく身体を起こした──はずだった。
「……あれ? 身体が重い」
まったく力が入らず、起き上がるだけで体力を使い、めまいまでしてきた。
「どうなってんだ……俺」
そこでようやく、周りの景色がおかしいことに気づいた。
「どこだ……ここは?」
少なくとも、河川敷ではない。
崩れかけた石造りの部屋。
瓦礫だらけの床。
窓にガラスがなく、開けっ放し。
外から入り込んだ蔦が、壁一面に絡みついている。
窓の外は、どんよりした曇り空。紫がかった雲が不気味な雰囲気を漂わせている。
「え……? ここ、どこ?」
「ここはメディオーラの森。その最奥にある古城です」
思わず口から出た言葉に、男は穏やかな笑みを浮かべてそう答えた。
「古城って……ここ城なのか?」
「はい。これはあくまで噂ですが、邪悪な魔女の呪いのせいで、あなたは数百年間この城で眠らされていたのです」
「魔女って、おとぎ話に出て来るあの?」
「はい」
「……いや、待て待て待て!」
まったく頭が追いつかない。
魔女だの呪いだの、ウソに決まってる。
だがその時、自分の手が目に入った。
「……あ、あれ?」
白くて細い、真っすぐに伸びた指だ。
「俺の指じゃねぇ……何だこれ?」
嫌な予感がした俺は、ゆっくりと視線を下に落とした。
「…………」
そこには大きな膨らみがあった。
「…………」
もう一度見る。やっぱりあった。
「…………」
おそるおそる触る……やわらけぇ。
「…………」
もう一度触るが、やっぱりやわらけぇ。
俺は男に尋ねる。
「なあ、俺って何に見える?」
すると男は、迷わず言った。
「長い眠りから目覚めた、美しい姫です」
「……お前、マジで言ってる?」
「もちろん真面目です」
俺は深呼吸した。
「落ち着け、黒崎鉄也」
自分に言い聞かせる。
「俺は男の中の男。曲がったことが大嫌いな正義の男。姫とは真逆の硬派番長」
「いいえ、姫です」
「お前に聞いてねえ!」
「失礼しました。ですが、呪いのせいで頭がまだ混乱しているのかもしれません」
「混乱なんかしてねぇ!」
「でしたら、これをご覧ください」
差し出されたのは、小さな手鏡だった。
「鏡……だと……」
猛烈に嫌な予感がした。
だが、男は度胸。
思い切って鏡を覗き込んだ。
「……こ、これは」
そこに映っていたのは――見たことのねぇ外人の女だった。
金色の長い髪。
雪みてぇに真っ白な肌。
宝石みてぇに青く輝く瞳。
絵画から抜け出たような、すげぇ美女だ。
「…………」
右の頬をつねる。
鏡の中の女もつねってやがる。
立ち上がって、全身を確かめる。
細くくびれた腰に、無駄にデカい胸と尻。
頭には、デカい宝石をちりばめた王冠。
シルクのような純白の寝間着に、胸元や腕、足にも豪華な宝飾品。
どこからどう見ても姫だった……。
「なんで俺が姫になってんだよォォォ!!」
そんな絶叫が、静かな古城にこだました。




