第26話 王城での日々
アルヴェルト王国でしばらくが経った。
俺は毎日のように侍女長にしごかれ、礼儀作法をみっちり叩き込まれている。
最初は一緒にいてくれた早乙女とセラフィーナも、いつの間にか姿を消した。
俺の周りにいるのは、今では城の侍女たちばかりだ。
その早乙女はというと、すっかり護衛騎士に収まっている。今日も王国騎士団の訓練に参加しているらしい。
「……頼む、メリザンド。少しでいいから、俺も騎士団の訓練に参加させてくれ」
「『俺』とはなんですか! もっと女性らしい言葉遣いを心掛けてください!」
「そんなことどうでもいいよ……もう息が詰まりそうなんだ」
「ですがリリアナ様……」
メリザンドは一歩も引かない。
この忠実な侍女長、俺に王女としての礼儀作法を叩き込むことに並々ならぬ情熱を燃やしているのだ。
そんな状況を見かねたのか、アルトゥール王子が助け舟を出してくれた。
「リリアナは身体が弱く、魔力でどうにか動いているような状態だろ? だったら騎士団の訓練を受けさせたほうが身体を鍛えられていいんじゃないかな」
「なるほど……」
メリザンドが顎に手を当てる。
「身体が弱いままでは、お世継ぎを望むのも難しいかもしれませんね」
「いや、俺は子供なんか産まねえぞ」
即座に否定する。
「それに、訓練次第ではリリアナの魔力をさらに伸ばすこともできると思うんだ」
「まあ!」
メリザンドの目が輝いた。
「それはぜひともお願いしたいところです! 妃に最も必要な資質は魔力。それ以外は二の次と言っても過言ではございません」
「え? なんで魔力が必要なんだ?」
「強い子を望むなら、母となる方にもそれだけの力が求められます。リリアナ様にはもっと魔力を伸ばしていただかなくては」
「だから、子供は産まねえからな!」
「いいえ。必ず産んでいただきます」
「話を聞け!」
メリザンドは俺の叫びなど気にも留めず、淡々と話を続ける。
「では午前は礼儀作法、午後は騎士団の訓練ということで、今後は進めてまいりましょう」
「……納得はいかないが、まあいいか」
こうして俺は、念願の騎士団の訓練を受けることになった。
◇
さらにしばらくが経ち、午前は王宮侍女による礼儀作法、午後は王国騎士団の訓練。そんな生活がすっかり日課になっていた。
騎士団に入って最初に叩き込まれたのは、基礎体力作りだった。
魔力は一切使わず、長距離の走り込みに腕立て伏せ、腹筋、スクワット。重い鉄製の盾を持って歩いたり、坂道を駆け上がったりと、とにかく身体を苛め抜く。
筋力が全然ないこの身体にはかなりきつかったが、それでも礼儀作法の訓練よりは遥かに楽しかった。
汗を流して身体を動かす。
たったそれだけのことが、今の俺にはたまらなく心地いい。
体力作りの後は、戦闘訓練。
木剣を使った素振りや足運び、攻撃と防御の基本。
槍の突きや払い、間合いの取り方。そして盾を使った防御や、二人一組での模擬戦。
冒険者とは違い、騎士団では一人で強くなるだけでは足りない。
隊列を組み、仲間と動きを合わせる。
「前進!」
号令に合わせて盾を構えた前衛が進み、その後ろから槍を持った騎士が続く。
「停止!」
全員が一斉に足を止める。
「右へ!」
隊列を崩さず全員が方向を変える。
何度も何度も繰り返しているうちに、身体が勝手に動くようになっていく。
そして最後に待っているのが、魔力を使った身体強化訓練だ。
身体の中心で魔力を練り上げ、それを腕や脚へと流していく。
以前、王子から教わった方法だ。
けれど毎日繰り返しているうちに、魔力を練り上げる感覚がどんどん鮮明になってきた。
「分かる……。少しずつ魔力の総量が増えているぞ!」
しかも、同じ量の魔力を流しても、以前より身体強化の効率が明らかに良くなっている。
基礎体力も魔力も、少しずつではあるが確実に強くなっている。それを自分自身で実感できるのが嬉しかった。
そして何より楽しかったのが、早乙女との連携訓練だ。
「右から来るで!」
「分かってる!」
俺が正面の敵役を引きつけ、その隙に早乙女が横から斬り込む。
逆に早乙女が攻撃を受けそうになれば、俺がすかさず割って入る。
もともと息の合っていた俺たちだ。
それが騎士としての訓練を重ねるうちに、さらに磨きがかかっていった。
目を合わせなくても、相手が次にどう動くのか分かる。
――こいつなら、ここに来る。
そう思った時には既に身体が動いている。
「やっぱ、こういうのは楽しいな!」
「せやな!」
こういう訓練なら、いつまでやっていても飽きなかった。
そんな俺にも苦手な訓練があった。
それが――魔法の勉強だ。
「リリアナ様、魔力の鍛錬は終わりにして、そろそろ魔法の勉強もなさってください」
ついには、騎士団付きの魔術師から苦言を呈される始末である。
魔法を使うには呪文を覚えなければならないが、俺は昔から勉強が大の苦手なのだ。
長ったらしい呪文なんてそもそも暗記できないし、ならばとメモを読み上げてみても、途中でどこまで読んだか分からなくなる。
「……次、なんだっけ?」
当然、魔法は発動しない。
早乙女も似たようなもので、二人そろっていつまで経っても魔法を覚えられなかった。
そこで俺たちは早々に諦め、頼ることになったのが、魔力を込めるだけで魔法を発動できる魔術具だ。
呪文を覚えれば、魔法の杖一本でさまざまな魔法を使い分けられる。一方、魔術具は基本的に一つの魔法しか使えない。
それでも、何も使えないよりはマシ。
幸い、王家の宝物庫にある魔術具なら好きなものを使っていいという許可まで下りた。
というわけで――。
俺は今、早乙女と二人で王家の宝物庫に来ている……はずだった。
「なんでセラフィーナまでいるんだ?」
「面白そうな話をしていたので、つい」
「いっつもおらんくせに、どこから聞きつけたんや……アンタ」
なぜかセラフィーナまで加わり、三人で魔術具選びをすることになった。
◇
ドレスが保管されている部屋の奥。
そこは以前アルトゥール王子と見て回った王族の装備や魔術具が保管されている部屋だった。
扉を開けた瞬間、思わず息を呑む。
広々とした宝物庫には、無数の魔術具が所狭しと並んでいた。
魔剣、魔杖、指輪、首飾り、腕輪、仮面。
果ては、何に使うのかさっぱり分からない奇妙な道具まである。
「これ、全部魔術具なんか?」
早乙女も目を丸くしている。
「そのようですね。アルヴェルト王家に代々伝わる品から歴代の国王陛下へ献上された珍品まで、実に様々なものがございます」
そう答えたセラフィーナは、棚に並ぶ魔術具を眺めながら歩を進める。
「こちらは火属性魔力の増幅器。そちらは結界を張るための魔導結晶。あちらの銀色の魔杖は確か風属性の――」
「……お前、詳しすぎないか?」
俺が突っ込むと、セラフィーナの足がぴたりと止まった。
「そ、それは……わ、我が公爵家にも同じような魔術具がございましたし、この程度の知識は貴族のたしなみですわ!」
「そういうものか?」
「そういうものです!」
妙に力強く言い切った。
「セラフィーナは魔術具に詳しいんやな。来てもらってホンマ助かったわ。ウチらに合いそうなもん、いくつか探してくれへん?」
「お安い御用です。では、失礼」
そう言うなり、セラフィーナは宝物庫の奥へと足早に消えていった。
「……逃げたな」
「気のせいやろ」
早乙女は何食わぬ顔で棚を眺める。
「ほんだらウチらは、魔剣でも探そか」
「だな」
俺たちはさっそく、魔剣が並ぶ一角へ向かった。
「これ、使えそうやな」
「おう。魔剣は魔力を注ぎ込むだけで強くなる。俺たちにピッタリの武器だな」
「属性に合った魔剣やったら、効果も増すって聞いたで」
「そういえば、俺たちの属性って何だろ?」
「うーん……リリアナは光魔法が得意そうやけど、ウチは何やろな?」
「さあな。考えても分からんし、いろいろ試してしっくりくるやつでいいんじゃねえか」
「そやな」
それから俺たちは片っ端から魔剣を握り、魔力を流して反応を確かめていった。
そして――。
「俺はこいつに決めた!」
俺が手にしたのは、淡い青色の魔剣。
軽く一閃すると――
ゴオオオッ!
「うわあっ! ちょっとリリアナ、やめて! 風が強すぎていろんな物が落ちてきたで!」
「なるほど、風の魔剣か。で、お前はそれでいいのか?」
早乙女の手には、金色に輝く魔剣が握られていた。
こちらも軽く振ると――
バチッ!
刀身から鋭い稲妻が走った。
「これが一番しっくりくるねん。ウチ、雷属性なんかもな」
「よし、魔剣はこれで決まりだ。あとは魔術具を探さないとな」
「せやな。ところでセラフィーナは?」
「まだ探してるのか。ずいぶん時間がかかってるな」
「ほんだら、見に行ってみる?」
「いや、そのうち戻ってくるだろ。ここで待ってようぜ」
疲れた俺は、その場に腰を下ろした。
すると――。
コロン……。
「ん……何だこれ?」
何かが指先に触れた。拾い上げてみると、それは小さな黒い魔石だった。
拾い上げて目の前にかざすと、魔石の内部で赤い光が脈打っているのが見えた。
――ドクン。
「おわあああっ!?」
突然、魔力がごっそり吸い出される。
それと同時に、黒かった魔石が赤く輝き始めた。
そして――、
『この魔力は……まさか』
「誰だっ!」
男の声。
俺は立ち上がって辺りを見回す。
だが誰もいない。
「気のせいか……」
『そなた……リリアナなのか?』
「だから、誰だっ!」




