第25話 妃候補になった上に、女二人に言い寄られた件
国王陛下の許しを得て正式に迎え入れられた俺たちには、広い客間が用意された。
「でけぇ! なんて広さだ!」
「ホンマや! 部屋もいっぱいあるし、リビングもメッチャ広い。高級ホテルのスイートルームでも、こんな広ないで!」
「おそらく城で最も格式の高い客間かと存じますわ。つまりリリアナ様は、妃候補として正式にお認めいただいたということです」
「……全然うれしくねえぜ。それより早乙女の策を聞かせてくれ。これからどう動くつもりなんだ?」
「そんなん、リリアナの姫教育に決まってるやん。ほんで、アルトゥールはんと結婚してめでたしめでたしや。ウチがばっちり協力したるからな」
「てめえの策って、それかよ! はあ……こんなバカの作戦に乗るんじゃなかったぜ」
「はああああ!? アホはアンタやん! せっかく妃になれるっちゅうのに、なんでその話をドブに捨てようとするねん!」
「じゃあ、お前が王子と結婚しろよ!」
「それはアカン。ウチ、黒崎と結婚するし」
「おま、おま、おま、おま……!」
こいつ……本気で言ってやがる。
「そやから、ウチはここで日本に帰る方法も探そうと思う」
「日本に帰る方法……か」
最初に王子と出会った時もそんな話をしてたし、日本に帰ることができれば俺も元の身体に戻れるかもしれない。
「……そうだな。一緒に調べようぜ」
「いや、アンタは姫教育に専念しいや。今のままやったら妃になられへんで」
「だ・か・ら! 王子と結婚するぐらいなら早乙女の方が百倍マシって言ってんだよ!」
「え……ウチと?」
早乙女が、ぽかんと目を見開く。
「ちがっ! か、勘違いするなよ。男と結婚するぐらいなら女の方がまだマシだって意味で、別に早乙女のことを好きになってしまったとか、そういう意味じゃねえからなっ!」
「ウチのことが好きって……え、リリアナ?」
「いや、だからそれは勘違いで……畜生おおおおっ!」
ただの言い間違いだっていうのに、早乙女は顔を真っ赤にしてモジモジしている。
しかも上目遣いで俺の顔を見てきやがる。
そんなとんでもない空気の中、セラフィーナが口を挟んできた。
「正直に申し上げますと、わたくしが家門を追放されたのもそれが理由でした」
「え……それが理由って?」
「わたくし、殿方には一切興味がなく、取り巻きのご令嬢とただならぬ関係になってしまったことが家族に知られてしまい……」
「お前まさか……女同士で?」
「……はい」
セラフィーナも早乙女と同じように、顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「いやお前ら……え、本気か?」
「実は、最初にリリアナ様にお会いしたときから密かにお慕い申し上げておりました」
「それって、お前を張り倒した時のこと?」
「はい……♡」
「あわわわわ」
「家門を追放され、修道院すら出てしまった今なら、気兼ねなく愛をささやくことができます……♡」
「ひいいいいっ!」
「ちょっと待ちいなセラフィーナ。女同士でそんなんしたらアカンやろ!」
「そういうレイカ様も、先ほどリリアナ様をそういう目で見ていらしたではないですか」
「ちゃうねん! ウチはただ、リリアナのハッピーエンドが見たいだけで……」
「では、想像してみてください。アルトゥール王子と結ばれるリリアナ様のお姿を」
「そりゃ、めでたしめでたしって……」
そこで、早乙女の言葉が止まった。
「あれ……?」
さっきまでの勢いが嘘のように、早乙女の顔から血の気が引いていく。
王子と結婚した俺が、アルトゥールの隣で幸せそうに笑っている。
そんな光景を想像しているのだろう。
「そういうことです、レイカ様。ご自分の本当のお気持ちに、お気づきになられましたね」
「あれ? なんや、この気持ち……」
早乙女は胸元を押さえ、戸惑ったように俺を見る。
「ウチは黒崎が好きやのに……なんで、リリアナが王子と結婚するんが、こんなに辛いんや……?」
「でも、ご安心ください。リリアナ様が王子とご結婚された後も、わたくしたちは専属侍女としてお傍に置いていただけばよいのですから。そうすればリリアナ様と……♡」
「離れなくて済む……!」
早乙女の顔が、ぱっと明るくなる。
「そうすれば、リリアナのハッピーエンドも見届けられるし、リリアナと離れ離れにならんで済むんやな!」
「ええ。ですので、こういうのはいかがでしょうか」
セラフィーナが、にっこりと微笑む。
「元王族であるわたくしが、リリアナ様の教育係兼専属侍女。そしてレイカ様は、リリアナ様の専属護衛騎士です」
「専属護衛騎士…それはそれでありやな!」
「では、決まりですね!」
「おい、勝手に決めるな……」
俺の抗議など完全に無視して、二人はガッチリと握手を交わした。
どうせこいつらに何を言っても、もう聞く耳なんて持たないだろう。
「はあぁ……もう勝手にしろ」
そのとき、客間付きの侍女がアルトゥール王子の来訪を告げた。
「アルトゥール王子がお見えになりました」
「入ってもらってくれ」
ほどなくして、旅装束から正装へと着替えたアルトゥールが姿を現した。
いつもの気さくな青年とは違い、今はまさに王子そのもの。仕立ての良い衣装に身を包み、堂々とした振る舞いを見せている。
「今夜は、リリアナのお披露目のための舞踏会が開かれます」
「武闘会か! 腕が鳴るな!」
「ですので今からドレスを選びを」
「はあ? なんで武闘会にドレスを?」
「アホやなあリリアナは。どこの世界に武闘会にドレス着ていくヤツがおるねん。舞踏会や、舞・踏・会!」
「舞踏会? 何それ?」
早乙女が、いつものマンガを取り出した。
ページを開くと、そこには華やかなドレスを身にまとった女たちが、タキシード姿の男たちと優雅に踊っている姿が描かれていた。
「……ちょっと待て」
俺はマンガのページを凝視する。
「まさか……俺がこれをやるのか?」
「あたりまえやん。王子と結婚するっちゅうことは、貴婦人やご令嬢とも社交せなあかんし、こうやってダンスも踊らなあかんねん」
「普通に嫌に決まってるだろ!」
「リリアナに選択肢はあらへん。ほんなら、まずはドレスを選ばんとな」
「ええ。今から城の宝物庫へ参りましょう。そこには先祖代々の姫君たちが身につけたドレスが保管されています。そこからリリアナのサイズに合うものを探しましょう」
「嫌だああああ!」
俺の悲痛な叫びもむなしく、三人がかりで説得され――いや、ほとんど引きずられるように、俺は地下の宝物庫へ連行された。
◇
城の地下深く。
重厚な鉄扉を抜けた先には、まるで巨大な倉庫のような空間が広がっていた。
壁には無数の燭台が並び、魔法の光を放つ水晶が天井から吊るされている。
そして――そこには、何百着ものドレスがずらりと並んでいた。
純白のウェディングドレス。
深紅のドレス。
青や緑、紫に金糸をあしらった豪華なものまである。
「これ、全部ドレスなのか?」
「はい。歴代の王妃や王女たちが着用されたものです」
王子が得意げに胸を張る。
「中には数百年前のものもありますが、魔法による保存処理が施されていますので、すぐにでも着用できます」
「数百年前の服を普通に着るのかよ……」
「由緒正しいドレスを着ることこそ、王族の証です」
「俺は王族じゃねえ!」
「ここにあるドレスはどれを着ても構いません。好きなものを適当に選んでください」
「ドレスなんか興味ねえよ!」
「では、レイカとセラフィーナで適当に見繕ってください」
「任せといて!」
「承知いたしましたわ」
そう言うと、俺を置いて二人が駆けだして行った。
「なあ王子」
「なんでしょうか」
「この宝物庫には、冒険者用の装備とかないのか?」
「そういったものはありませんが、王族が戦場で着用した甲冑ならあります」
「それが見たい!」
「ですが、舞踏会にそのような服装は」
「別に今日着るわけじゃないし、どんな装備があるか興味があるだけで……」
「……では、彼女たちが選んでいる間、宝物庫の中をザッと案内しましょう。鍵も渡しておきますので、後日ゆっくり見て回るといいですよ」
「気が利くじゃん!」
一通り宝物庫を見て回ると、早乙女たちは既にドレスを持って待ち構えていた。
さらに、侍女が何人も勢ぞろいしていて、立ち鏡やらなんやらをセットしている。
「用意周到だな……」
そんな侍女の中に、少し年配の侍女がいるのに気づいた。
「あのオバサンは?」
「彼女は侍女長のメリザンド。僕の乳母もしてくれた方です」
彼女の方も俺に気づき、恭しく挨拶する。
「お初にお目にかかりますリリアナ様。わたくし侍女長のメリザンドと申します。陛下よりリリアナ様の教育係を仰せつかりました」
「教育係……だと?」
「姫様は長い眠りの中で記憶をすべて失われ、王族としての立ち居振る舞いや礼儀作法を忘れられたと聞きました。ですのでその辺りのことをみっちりと」
「ひいいいいっ!」
「まずは、今夜の晩餐会で実地訓練と行きましょう。レイカさんとセラフィーナさん、あなたたちもしっかりとお役目を果たすのですよ」
「任せといて!」
「承知いたしましたわ」
侍女長メリザンドの両隣に並び立つ早乙女とセラフィーナ。どうやらマジで俺を妃にしようと動き出したようだ。
(ヤベェ……どうにかして王子との結婚を阻止しないと、男としてのプライドが!)




