第23話 消えた邪神教徒
冒険者で賑わうギルド酒場へ向かった俺と早乙女。そこでアルトゥール王子と合流。
久しぶりに会う王子は、俺を見ると嬉しそうに立ち上がった。
「やっと意識を取り戻せたんですねリリアナ! 本当に良かった……」
そう言って、心から安堵したようにホッと息を吐いた。
「どうやら心配かけてたみてぇだな」
王子の向かいに腰を下ろす。
「それはもう、とても……」
王子は苦笑しながら、安堵のため息を吐いて席についた。
「聖堂騎士団が突然スラム街で市街戦を始めるし、その先頭にリリアナが立ってるなんて、想像もしてませんでしたよ」
「だよな。隠密捜査をしてたつもりなのに、なんでそうなったんだろうな?」
今思い返してもサッパリ意味が分からないが、そんな俺に王子はプッと吹き出した。
「まあ、リリアナらしいと言えばらしいですけどね……ククク」
「まあ、細かいことはどうでもいいか」
「それにしてもリリアナが最後に放った治癒魔法……あれは本当に凄まじかった」
「あれはヤケクソで、魔力のありったけを使い切ったら、ぶっ倒れちまった」
「ヤケクソ……それもリリアナらしい。あの時ボクは宿屋の窓から見ていたのですが、南の夜空に突然、巨大な魔法陣が浮かび上がったんです」
王子は両手を広げて、いかに凄かったかを熱弁する。
「おそらく王都のどこからでも見ることができたでしょう。それほど巨大な魔法陣も、そしてレイカから聞いた治癒魔法の効果も、見たことも聞いたこともありません」
「ちょっとやり過ぎちまったかな……」
バツが悪くて、頭をかく俺。
「そうですね。あの後リリアナの意識が戻らないと聞いた時は、背筋が凍る思いでした。もう二度と目が覚めないのではと」
「二度と目が覚めない……なんで?」
「だってリリアナは、何百年もの眠りに就いていた『眠り姫』。再び永い眠りに就いても何の不思議もありません。でもこうして無事に目覚めてくれて本当に良かった」
「……そんなこと考えもしなかった! あわわわわ……」
思わぬ可能性に顔を真っ青にする俺。
「ところでレイカ。僕が渡した魔術具で帰って来たようですが、どうして?」
すると早乙女が思い出したように焦った。
「そやった。ウチら逃げて来たんやった!」
「逃げて来た?」
「リリアナ争奪戦が始まってもうたんや!」
「やはりか……あれだけの治癒魔法を見てしまったら、教会は意地でもリリアナを取り込もうとするでしょうね」
「それだけやないんや! この国の王国騎士団長と王家の侍従長まで出て来て、リリアナを手に入れようと騒ぎになってもうてん!」
「騎士団はともかく、侍従長ってまさか!」
「そやねん。リリアナを王様のお妾さんにしたいって言い出しおってん」
「それはかなりマズいですね……」
「そやろ! 眠り姫は王子とハッピーエンドにならなあかん! 王様のお妾さんなんか、最悪のバッドエンドや!」
「レイカのおとぎ話は知りませんが、僕の祖国アルヴェルト王国とサマトリア王国は隣国同士。つまり長年の間争ってきたライバル国なんです」
「同じことを騎士団長も言うとったな。アルヴェルト王国にリリアナを攻め込ませて侵略させようちゅう魂胆や」
「そんな国にリリアナを取られたら大変なことになります!」
「そっちの心配もせなあかんなんて、この世界、ただのおとぎ話とちゃうみたいやなあ」
「しかしマズいな……リリアナの存在をサマトリア王家に気づかれてしまったのは迂闊でひた。彼らに見つからないうちに早く国境を越えてしまわなければ……」
そう言って、王子は頭を抱えた。
「受付嬢さんから報酬もろたけど、やっぱり半分しかなかったわ」
早乙女がテーブルに金貨を並べ、王子も数を数えるとまた一つため息を吐いた。
「国境の町まで跳躍するにはもう一度クエストを受ける必要があります。ただし今度は、王家の追手を逃れながら秘密裏にです。そんなことが可能なのだろうか……」
「王家だけやないで。教会もリリアナを捕まえて修道女全員『純潔の乙女』に戻させようと企んでるし、王国騎士団も先に見つけて魔導騎士団に入隊させようと必死やし」
「そうでした。しかもリリアナは見た目が見た目で、どうしても目立つんです。できるクエストは限定されますし、どうしたものか」
どうやら八方塞がりらしく、王子にすら解決策が見つからないようだ。
「でしたら、このわたくしが協力してあげてもよろしくってよ」
「「「え……?」」」
振り返ると、そこに居たのはセラフィーナだった。
「セラフィーナ! ……お前、なぜここに。まさか枢機卿に頼まれて俺を連れ戻そうと」
「枢機卿? はて、何のことでしょうか」
「違うのか? なら、どうしてここへ」
「だってわたくし、リリアナ様のお世話係ですもの」
「はあ?」
「リリアナ様が修道院に戻っていただけるならそれに越したことはございませんが、先ほどから話を聞いている限り、もう戻るつもりはなさそうですね」
「俺たちの話を聞いていたのか……」
「ほんの少しですが、つい……」
セラフィーナは申し訳なさそうな顔をすると、深々と頭を下げた。
「でしたらどうか、わたくしも連れて行っていただけないでしょうか」
「マジで言ってんの、それ?」
「もちろん足手まといにはなりませんし、多少のお金なら持ち合わせております」
「金だとっ!」
「はい。国境の街への転移費用くらいなら、わたくしが支払えます」
「本当ですか!」
それに食いついたのはアルトゥール王子だった。
「お金は必ず返します! 是非僕たちと一緒に来てください!」
「即決かよ!」
「それだけマズい状況なんです!」
ここまで焦る王子を見たことないが、想像以上にマズい状況らしい。
「アルトゥールはん。王子たるもの金に目が眩んだらろくなことないで」
「もう何とでも言ってください! とにかく、一刻も早く国境を出なければ!」
「まあ、王子には色々と迷惑をかけたし、俺は従うよ。じゃあセラフィーナも一緒について来てくれ」
「ありがとうございます、リリアナ様!」
俺がそう言うと、セラフィーナが嬉しそうに笑った。
そして王子がセラフィーナに向き直る。
「では改めて自己紹介を。僕はアルヴェルト王国の第一王子、アルトゥールです」
「アルヴェルト王国の……第一王子?」
セラフィーナの表情が一瞬固まるが、王子がいつもの笑みを向けると、彼女は何事もなかったように羽根扇を広げた。
「まさか隣国の王子が、このようなむさ苦しい酒場にいるとは、正直驚きましたわ」
「放浪の旅の途中でしてね。ところで貴女のお名前をいただいても?」
「そうでしたわ。わたくし、セラフィーナ・ディ・ローゼンベルク。レッサニア王家に連なるローゼンベルク公爵家の血筋にして聖女院の薔薇派筆頭を務めておりましたの」
「レッサニア王国……」
今度は王子の表情が一瞬固まるが、すぐにいつもの笑みに戻る。
「それはまた遠いところから」
「……ええ。文字通り島流しですわね」
互いに笑みを絶やさないが、二人の間に微妙な空気が流れる。
「コホン……念のために聞きますが、セラフィーナは修道院を出るということで間違いないでしょうか?」
「あそこには身の安全のために入っていただけです。出るのは自由ですし、すべては神の思し召しかと」
「……なるほど、分かりました」
そう言うと、王子は立ち上がってセラフィーナに片膝をついた。
「それではセラフィーナ姫、僕の国に歓迎いたします」
「ありがと、アルトゥール王子」
そう言ってセラフィーナが羽根扇を優雅に開いた。
「では、国境の街に急ぎましょう!」
「お、おう……」
「そやな、はよ行こか!」
こうしてセラフィーナを仲間に加え、俺たちは次の街へ出発した。
◇
ルーメン大聖堂、枢機卿執務室。
修道女長の報告に納得いかなかった枢機卿は、不満そうに彼女を問いただした。
「邪神教徒がいなかっただと?」
「……はい」
修道女長は緊張した面持ちで答える。
「魔術具を使って一人ひとり調べましたが、全員が正真正銘、神の信徒でした」
「それでは、エルナが言っていたことがウソになるではないか! 異端審問までして特別な魔術具を使ったのだぞ!」
「ですがこちらも魔術具で確認しております。エルナの証言がウソだったとも考えにくいのですが……」
枢機卿は腕を組み、深く考え込む。
「いいや、聖女院の中に邪神教徒が潜んでいるのは間違いない。引き続き探せ!」
「ですが、リリアナとレイカ以外は全員調べましたし、二人は枢機卿がお雇いになられた冒険者ですので調査の対象外です」
「まだ調べてない者が必ずいるはず……あるいは魔術具の誤動作か……」
未だ納得いかない枢機卿に、修道女長が思い出したように付け加えた。
「そういえば、腑に落ちない点が一つございました」
「何だ、言ってみろ!」
「薔薇派の寝所に、空きベッドが二つございました」
「それがどうした」
「薔薇派筆頭のエレノアに確認しましたが、一つはリリアナのもので間違いないのですがその隣に寝ていたのが誰なのか思い出せないのだそうです」
「思い出せない……だと?」
枢機卿の表情に困惑の色が深まっていく。
薔薇派寝所の二つの空きベッド。
消えた邪神教徒。
「聖女見習いを全員、もう一度魔術具にかけて徹底的に調べ尽くせ! 私は、聖女リリアナを見つけ出して教会にお戻りいただく!」
「し、承知しました!」




