第22話 目が覚めると、俺の取り合いが始まってた件
「ここは……?」
目を覚ますと、そこは見慣れた寝所ではなかった。
広いベッドに高そうな調度品。まるで高級ホテルのような寝室だ。
ぼんやりと辺りを見回していると、早乙女が勢いよく立ち上がった。
「リリアナが目ぇ覚ましたで!」
部屋に控えていた侍女たちが、慌ただしく動き始める。
だが、早乙女はそれを制止すると、ベッド脇の椅子にどっかと腰を下ろした。
「あんた、三日三晩眠り続けてたんやで」
「三日も……眠っていたのか」
最後に放った特大の治癒魔法で、魔力欠乏症に陥った俺。
そのまま三日間、意識を取り戻さなかったらしい。
そのおかげで、あの場にいた全員の怪我は治り、若者たちはそれぞれ家へ帰っていったそうだ。
ただ、娘たちは帰宅を望まず、みんな修道女になる道を選んだらしい。
一方、王都には戒厳令が敷かれ、あの日スラムにいなかった残党どもを狩り出している最中だという。
「そうか……みんな修道女になったのか」
「……そや」
珍しく神妙な顔で、早乙女がうつむいた。
「ウチには、みんなの気持ちがよう分かる。そういうことは好きな男とやないとな」
そう呟くと、早乙女は胸の前で両手を組み、遠くを見つめた。
「黒崎……ウチ、あんたの――」
「ストーーーップ!」
思わず言葉を遮った。
「それ以上は絶対に口にするな!」
「そやった! ついうっかり、好きな人の顔を思い浮かべてもうたわ。えへ」
「えへ、じゃねえっ!」
頬を赤らめ、照れ笑いを浮かべる早乙女。
その姿を見ていると、俺の心臓がドクドクと激しく脈打った。
「なんで早乙女なんかに……くそおおっ!」
◇
「ちょっと待て。大事なことを忘れてた!」
ベッドから身体を起こすと、早乙女が不思議そうに尋ねた。
「大事なことって、なんやったっけ?」
「俺たちはそもそも、スラム街を壊滅させるために修道院に入ったんじゃねえ! 邪神教徒の捜査が目的だったじゃねえか! 早く枢機卿のところへ行ってエルナが犯人だったって伝えないと!」
「それやったら、もう済んだで」
「え……?」
「リリアナが寝とる間に、ウチが枢機卿と話をつけといた」
「本当か! それでどうなった?」
だが、早乙女は小さくため息をついた。
「結論から言うと、エルナは邪神教徒とちゃうかったわ」
「そんなバカな……」
「確かにあの怪しい魔法陣を描いたんはエルナやった。でも、誰かに頼まれて図書館で調べてたらしくてな。懺悔室がその受け渡し場所やったんや」
「つまり、外部の人間に魔法陣を渡そうとしていた……」
「そういうこっちゃ。あれからエルナは異端審問にかけられて、知っとることは全部しゃべったそうやからな」
「異端審問……何だそれ!?」
何をされるのかよく分からん。
だが、その言葉を聞いただけで背筋がゾッとした。
「ほんで、エルナにそうさせたんは、聖女院に入り込んだ邪神教徒らしいねん」
「つまり、聖女見習いの中に犯人がいたってことか!」
「そや」
「それで犯人は誰だ!」
「それがまだ見つかってないねん。そいつがエルナに呪いをかけたらしくて、名前を言おうとすると口が動かんようになるんやって」
「呪い! さっきから話が恐いんだけど…」
邪神教徒は、俺が思っていた以上に厄介な相手なのかもしれない。
「そういうことやから、エルナは洗礼を受けた信者やいうことが分かって、お咎めなしになったそうや」
「そうか……それはよかった。だが、俺たちのクエストはどうなるんだ?」
「完全クリアとはいかんかったけど、途中まではようやったいうことで、報酬は半分もらえることになった」
「半分かぁ……。でも、もらえるだけありがたいな」
「そやろ? ウチが粘ったおかげやで!」
「マジか! やるじゃん、早乙女!」
俺が褒めると、早乙女は得意げに胸を張った。
「それで、この後どうするんだ? 俺たちでその邪神教徒を探すのか?」
「後は修道院が探すって。聖女見習いを一人残らず異端審問にかけて、邪神教徒を見つけたら火あぶりにして殺すらしいで」
「火あぶり! さっきから話が恐えぇよ!」
「せやから、ウチらの出番はもうあれへん。報酬ももらえることになったし、さっさと次の街に向かうで!」
「だな。こんなおっかねえ所、さっさとオサラバして次だ、次っ!」
セラフィーナや聖堂騎士団の連中とも仲良くなれたが、いつまでもこの街にいるわけにもいかない。
アルトゥール王子の国に行って、日本に帰る方法を探さなければならないし、あわよくば男に戻る方法も見つけたいところだ。
ベッドから飛び起き、早乙女に着替えさせてもらって部屋を出ようとした――その時だった。
ガチャッ。
突然、見知らぬオッサンたちがゾロゾロと部屋の中に入ってきた。
「よかった! 聖女リリアナが目を覚ましたと聞いて、飛んで来ました!」
「お、おう……。ていうか、どちら様?」
「ウチらの依頼主の枢機卿はんや」
「このオッサンが枢機卿か……」
言われてみれば、いかにも立派な神官服を着て偉そうな雰囲気を漂わせている。
しかも、他のオッサンたちも揃いも揃って偉そうな服を着ていた。
「この娘が、盗賊団『ブラック・スケルトン』の頭目ギガスを一刀両断にした女傑リリアナだと! どんな大女かと思ったら、見目麗しい姫君じゃないか……まったく信じられん」
「騎士団長閣下。彼女は我がルーメン大聖堂が誇る聖女リリアナ。『女傑』などという失礼極まりない肩書で呼ばないでいただきたい」
「え? 騎士団長って?」
俺が尋ねると、男は胸を張った。
「申し遅れた。私はサマトリア王国騎士団長、ローズベルク伯爵だ」
「本物の騎士団長かっ!」
聞けば確かに、この引き締まった身体つきに精悍な顔立ち。
いかにも騎士団長といった風格だ。
「風格からして違うな。さすが男の中の男」
「お褒めに預かり光栄です。実はリリアナ姫を我が魔導騎士団へお迎えいたしたく、スカウトに馳せ参じました」
「俺を騎士団に入れてくれるのか!」
思わぬ申し出に、俺は目を輝かせた。
ところが――。
「勝手に話を進めないでくれ。リリアナ姫には、我が王家へお輿入れいただくのだから」
「はあ? ……っていうか、あんた誰?」
今度は別の男が一歩前に出た。
「申し遅れましたが、私は侍従長のカールトン伯爵です」
カールトンは恭しく頭を下げる。
「その膨大な魔力は、我が王家にこそふさわしい。ぜひ国王陛下の妾に――」
「この俺が妾だと? ふざけるなっ!」
硬派番長のこの俺に、なんて言い草だ!
「いや、失礼。正確には第三側妃でして、王族に準じる待遇を」
「どっちでも同じだ!」
「いやいや、二人とも待ってください」
そこへ枢機卿が割って入った。
「聖女リリアナは、我が教会にとってかけがえのない存在なのです!」
枢機卿は興奮気味に両手を広げる。
「彼女の治癒魔法は、あの場にいた全員の傷を瞬時に癒しただけではありません! なんと、娘たちの純潔まで取り戻したのです!」
「え……どういうこと?」
「魔術具で調べたので間違いありません! 娘たちは全員、ならず者にさらわれる前の状態まで癒されたのです! これが奇跡でなくて何だというのですか! おお、神よっ!」
「お、おう……そりゃ良かったな」
だが、枢機卿の話はまだ終わらなかった。
「しかもですよ! 娘たちの救護に向かった年配の修道女や女騎士を含め、あの場にいたすべての女性が純潔を取り戻し、さらには持病まで良くなったのです!」
「持病が良くなったのはよかったけど、純潔なんかどうでもいいんじゃないのか?」
「とんでもない! 純潔かどうかで修道女としての格が変わるのです! 何より使える魔法の威力が変わります!」
「純潔だと魔力が上がるのか……?」
「教会の神具は乙女を祝福するのです! 聖女リリアナには、ぜひこの調子ですべての修道女を癒していただきたく――」
「ちょっと待て! それ何人いるんだ!」
「サマトリア王国だけでも大小さまざまな教会がありますし、世界中には無数の教会が」
「いやだよ! 無理に決まってるだろ!」
聖女なんかにされちまったら、死ぬまでこき使われる!
「いいや! 女傑リリアナには魔導騎士団に入っていただき、我がサマトリア王国の軍事の要を担っていただく!」
「軍事の要?」
「そして宿敵アルヴェルト王国を侵略し、世界に覇を唱える――その栄光の第一歩を!」
「戦争をおっ始める気かよ!」
「リリアナ姫を使い捨ての駒にする気か! そんな使い方より、王の子を産み育てることこそ我が王家の繁栄につながり、ひいては王国の利益となるのだ!」
「俺は妾になんかならねえぞ!」
だが、俺の言葉など誰も聞いちゃいない。
「聖女リリアナは教会のもの!」
「いいや、我が騎士団の未来のエース!」
「国王陛下の妾だ!」
三人は俺の意見そっちのけで、醜い争いを始めた。
「……おい早乙女。今のうちに逃げるぞ」
「そやな。実はアルトゥールはんから魔術具を預かってんねん。それで脱出するで」
「……頼む。やってくれ」
早乙女が小さな黒い水晶玉を取り出し、それに魔力を込める。
すると、目の前に黒い球体が浮かび上がって、俺たちを丸ごと吸い込んでいく。
「おわあああああ!」
「ひいいいいっ!」
あのジェットコースターのような感覚が襲ってきたかと思うと――
突然、景色が変わった。
「あれ? ここって、冒険者ギルドの転移室じゃねえか?」
「この魔術具、ここに繋がっとったんや」
部屋では、突然起動した転移陣に受付嬢が驚いた顔をしている。
だが、俺たちと分かるとにっこり笑った。
「お疲れさま、二人とも。枢機卿から報酬を預かってるわ。これでクエスト完了よ!」
「やった! これで二つ目!」
「この調子で、Bランク冒険者を目指すで!」




