第21話 聖女リリアナの奇跡
支援魔法の効果は絶大だった。
幾重にも重ね掛けされた強化魔法が、俺たちの身体能力を限界まで引き上げた。
その勢いのまま、ならず者の大軍を一気に突破。行く手を遮るマジックバリアも、聖堂騎士団の突撃の前では意味をなさなかった。
結界が次々と砕け散り、俺たちはついに敵アジト本部へとたどり着く。
「行くぞっ!」
俺は渾身の力で扉を蹴り飛ばした。
バギャァァンッ!!
重厚な扉が木片をまき散らしながら吹き飛び、その向こうに潜んでいた幹部たちが一斉に武器を抜く。
「賊が侵入したぞ! 野郎ども、かかれ!」
「どっちが賊だ、この人さらいどもが!」
何十人もの幹部が一斉に俺に襲いかかり、無数のナイフが四方八方から俺へと突きつけられた。
さすがは幹部だけあって男たちはいずれも強者ぞろい。その攻撃のすべてをかわし切ることができず、鋭い刃が腕を裂き、肩を貫き、腹をえぐった。
「やったぞ! これでこのクソ女の身体に毒が回って……何だとっ!」
だが――胸元のロザリオが光を放つと、身体に刺さったナイフはすべて床に落ちた。
カラン……カラン……。
同時に傷口が塞がり、毒が消え、流れた血さえ跡形もなく消えた。
「お前らには悪いが、今の俺はナイフ程度じゃ殺せねえ。本気で倒したけりゃ大砲でも持ってきやがれ!」
「リリアナが大砲やったら、ウチは戦車でも持って来な倒されへんで!」
そんな俺たちに、隊長が苦笑する。
「さすがは聖女様だ。これほど見事な『オートキュア』は見たことがない」
「まさに不死身の聖女、リリアナ様!」
「桁外れの戦闘力に、不死身の肉体。我が騎士団のエースとしてお迎えしたいぜ!」
「エースどころか、あっという間に騎士団長閣下だ。……おっと、今の話は現団長には内緒にしてくれよ」
「「「はははははっ!」」」
死地のど真ん中だというのに、騎士たちは豪快に笑い飛ばす。
誰一人として恐怖に怯える者はいない。
背中を預けられる仲間がいる。
だからこそ、誰もが勝利を信じて疑わなかった。
ならず者を倒しながら、俺たちはアジトの奥へ、一歩、また一歩と進んでいく。
やがて地上を制圧した俺たちは、地下への階段を降り、廊下の先にある重厚な扉の前で足を止めた。
俺は迷わず扉を蹴破る。
バギャァンッ!
轟音とともに扉が吹き飛んだ。
その向こうでは、一人の大男がベッドからゆっくりと立ち上がった。
その背後には、若い娘たちが怯えた表情でうずくまっている。
「リリアナ様、あれが頭目です」
「さすがにデカいな……」
男は身の丈二メートルを優に超える巨体を揺らし、巨大な棍棒を肩に担いだ。
「貴様ら全員、ミンチにしてやる!」
豚のように醜い顔。
緑色の皮膚。
コイツは人間ではない。
隊長から聞かされていた通り、この男こそ『オーク』だった。
隊長が俺にサーベルを託す。
それを静かに構え、オークを見据える。
「悪いが、お前に付き合ってる暇はねえ」
――次の瞬間。
俺は、オークの懐に潜り込んでいた。
「なっ――!」
慌てたオークが、棍棒を振り下ろそうと力を入れる。
「遅いっ!」
俺のサーベルが閃くと、
ズバァンッ!
棍棒を握った右腕が、宙を舞った。
「ぎゃああああっ!」
絶叫が地下室に響き渡る。
だが、俺の剣は止まらなかった。
返す刀で――首筋を薙ぎ払った。
ザシュッ!
首が宙を舞い、男の巨体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
大量の血が首から噴き出し、ベッドを赤く染める。
一瞬、部屋が静寂に包まれるが、
「「「きゃああああっ!」」」
娘たちが一斉に悲鳴を上げた。
恐怖に顔を引きつらせる彼女たちは、だが俺の胸元のロザリオを見つけ、その表情が変わった。
「た、助けに来てくれたの……?」
「ああ。遅くなって悪かったな」
「「「ああああああああ……」」」
娘たちは一斉に涙を流した。
その中の一人が、震える手で部屋の奥にある扉を指差す。
「……この先に、みんながいます。どうか……助けてあげて……」
「分かった」
俺はサーベルに付いた血を振り払うと、
「行くぞ、早乙女!」
「今度はウチが行く。リリアナは討ち漏らした連中の始末を頼むで!」
「任せろ!」
俺が頷くより早く、早乙女が奥の扉へ駆け出し、扉を蹴破った。
ドギャアアアンッ!
「来るなっ!」
その先では、武器を構えた幹部連中が娘たちに刃を突きつけ、人質にしていた。
「動くとこいつらがどうなっても――」
男が言い終えるより先に早乙女が消えた。
「なっ……!?」
次の瞬間。
ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!
男たちの腕が、次々と宙を舞った。
「ぎゃああああっ!」
「ぐあああっ!」
「ひいいいっ!」
男たちの見苦しい悲鳴が上がるが、俺は顔色一つ変えず、サーベルを構えた。
そして残った連中を見据える。
「――次は、お前らがあの世に行く番だ」
◇
戦いは終わった。
外はすでに真っ暗で、廃墟と化したスラム街には、ならず者たちの死体が月明かりを浴びて怪しく浮かび上がっている。
だが、男たちの断末魔が未だ途切れることはなかった。
そう。生き残った者たちが、順番に首を斬り落とされているのだ。
スラム街は血に染まり、ここを支配していた悪は、この日をもって消滅した。
「これは見せしめです」
血に濡れた剣をひと振りしてから、隊長が鞘に納める。
「こうすることで、悪党どもに警告を与えるのです。次はお前たちの番だとね」
「そうか……」
日本ではあり得ない。
だが、この世界ではこれが普通。
犯罪を裁くのは、法ではない。
暴力によって、社会の秩序を守るのだ。
もちろん、俺に異を唱えるつもりはない。
若者たちの多くは救い出されたものの、そのほとんどはならず者どもの慰み者にされていたからだ。
鞭で打たれ、傷だらけの青年たち。
服を剥ぎ取られ、絶望に震える娘たち。
彼らからすべてを奪った悪党どもに反吐が出るほどムカついたが、それでも、小さなリナは無事だった。
「助けてくれてありがとう、聖女様」
涙を浮かべて、それでも必死に笑顔を見せる少女。
俺はリナの頭を、そっと撫でた。
「もう大丈夫だ。おばあちゃんのところに帰ろうな」
「うん!」
リナが笑った。
その光景を見届けるように、セラフィーナが修道女たちを連れて俺の元に戻ってきた。
「後は彼女たちにお任せください」
傷ついた青年たちを担架に乗せて騎士たちが運び出す一方、泣きじゃくる娘たちにマントを与え、修道女たちが優しく声をかける。
「……娘たちをどこに連れて行くんだ?」
俺が尋ねると、修道女の一人が答えた。
「彼女たちは修道院で保護します。そしてもし望むのであれば、彼女たちを修道女として迎え入れることになるでしょう」
「そうか……」
この世界では、純潔を失った女性が普通の人生を歩むのは難しいという。
その現実が、重く胸にのしかかった。
「……胸糞悪ぃ世界だな」
俺は怒りに任せて、地面を殴りつけた。
ドゴォォンッ!
拳が砕け、鮮血が飛び散る。
だが――胸のロザリオが輝くと、その傷は一瞬で癒えた。
俺はロザリオを強く握り締める。
――そうだ。
まだ俺にできることがあった。
「最後に……ありったけの魔力を使い切ってやる!」
ロザリオへ魔力を注ぎ込む。
キィィィィィィィン……!
一筋の光が夜空を貫いた。
オオオオオオオオオオオオオン……
澄み切った鐘の音が王都中に響き渡る。
リンゴォォォォォン……
リンゴォォォォォン……
リンゴォォォォォン……
眩い光球がロザリオから浮かび上がり、天高く舞い上がっていった。
そして夜空で大輪の花のように弾け、上空を埋め尽くすかのような巨大な魔法陣が広がった。
みんなが息を呑み、夜空を見上げた次の瞬間――神が降臨したかのような温かな光が、スラム街一帯に降り注いだ。
「神の奇跡だ……」
そう誰かがつぶやいた。
「……傷が治っていく」
それは拷問を受けて傷つけられた、青年の声だった。
深い裂傷も。
折れた骨も。
流れた血さえも。
光を浴びたすべての者は、まるで最初から怪我なんかしていなかったかのように、跡形もなく怪我が完治していった。
泣き続けていた人々の表情にも、少しずつ笑顔が戻っていく。
「聖女様……!」
誰かが、震える声で呟いた。
「……神よ、聖女様をお遣わしになられたことを感謝いたします!」
スラム街に歓喜の声が広がっていく。その光景を見つめながら、俺はやっとのことで言葉を紡いだ。
「これで……完全にガス欠だな……」
張り詰めていた糸がぷつりと切れ、俺は意識を手放した。




