第20話 聖女たちの神罰
スラム街は、俺の想像をはるかに超える広さだった。
迷路のように入り組んだ路地は見通しが悪く、廃墟や崩れかけた建物の陰にはならず者どもが息を潜めている。
一人倒したと思えば、別の路地からまた一人。次から次へと、まるで湧き出してくるように敵が現れた。
こちらは聖女見習いが15名。それを護衛する聖堂騎士団も15名。
たった30名の俺たちは、いつしか敵の大群に取り囲まれ、泥沼のような戦いへと引きずり込まれていた。
個人の強さなら、俺たちの方が遥かに上。
それでも数が違いすぎる。
一人倒せば二人。
二人倒せば、今度は三人。
いくら倒しても敵の数が減った気がせず、休む暇など一瞬も与えてくれなかった。
「はぁ……はぁ……これじゃキリがねえな」
「はぁ……はぁ……ほんまや。これはさすがにキツいで……」
荒い息を吐く。
腕は重く、足も鉛のようだ。
その時――俺たちの頭上に、純白の魔法陣が幾重にも花開いた。
「これは……!」
次の瞬間、魔法陣から柔らかな光が降り注ぎ、俺たちの身体を包み込んだ。
セラフィーナたちが放った支援魔法だ。
「やっと来たで! あの魔法を思いっきり吸い込むんや!」
「ヒールだったな、あの栄養補給魔法!」
「滋養強壮に疲労回復、おまけに傷まで治るらしいで!」
光に包まれた途端、あれほど重かった身体がふっと軽くなり、身体のあちこちにできた傷の痛みも引いていった。
「おおお……!」
思わず声が漏れる。
そこで隊長が俺たちの腰を指差した。
「今のうちにマジックポーションを。魔力を回復しましょう」
「そやった! ほな、早速……」
早乙女が瓶を手にして、迷うことなく一気に煽る。
「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……」
そして――
「まっずぅ!」
顔をくしゃくしゃにしかめた。
「どれどれ……」
俺も瓶を手に取り、恐る恐る口をつけた。
「ゴクッ、ゴクッ……」
途端に舌へ広がる、猛烈な苦味。
「苦っが……青汁かよ、これ!」
ところが――次の瞬間。
身体の奥底から、じわじわと力が湧き上がってきた。
失われていた魔力が戻ってくる。
「……すげぇ」
まだ戦える。
そう思った、その直後だった。
「二人とも、伏せて!」
「「おわああっ!」」
隊長に頭を押さえつけられ、地面にしゃがんだ瞬間、
――ヒュンッ!
鋭い風切り音が、頭上を駆け抜けた。
「なっ!」
さらにその後を、無数の氷の槍が次々と頭上を飛び越えていった。
ヒュヒュヒュヒュッ!
氷の槍は突如軌道を変え、ならず者たちの身体を貫いた。
ドシュッ!
「ぎゃあああっ!」
まるで肉食獣のようにならず者を狩り取る氷の槍。次々と悲鳴が上がり、俺たちを取り囲んでいた敵の群れが、一気に数を減らしていった。
「……どこまでも追いかける氷の槍か。ありゃあ、命はねえな」
俺が呟くと、隊長は淡々と答えた。
「あの者たちは、全員その場で処刑されるほどの罪人です」
「その場で……処刑……だと?」
「ええ。それを理解しているからこそ、彼らも死に物狂いで抵抗しているのでしょう」
隊長は一切の迷いを見せなかった。
「ゆえに、生け捕りにこだわる必要はありません。抵抗する者は、その場で討ち取って構わないのです。このことは、他の聖女見習いたちにも伝えてあります」
「つまり殺せと」
俺は後ろを振り返る。
騎士たちの後方では、セラフィーナたちが魔法の杖を天に掲げていた。
その表情に一切の戸惑いはなかった。
全員が真剣な顔で詠唱を続けている。
やがて――空気そのものが震え始めた。
「見ろ、早乙女!」
俺は頭上を指差した。
「いろんな色の魔法陣が……!」
「……ほんまや」
早乙女も息を呑む。
路地の隙間から僅かに覗いていた青空に、巨大な魔法陣が次々と浮かび上がっていた。
一つ。
二つ。
三つ。
その数は、瞬く間に増えていく。
やがて13個の魔法陣がスラムの上空を覆い尽くした。
「この世界で生きていくには……それだけの覚悟が必要ってことか」
俺は拳を握り締める。
「……そやな」
早乙女も静かに頷く。
「ここからは、手加減抜きやで」
「……ああ。俺たちも覚悟を決めるか」
その時だった。
「リリアナ。空、見てみい」
「来るぞ!」
魔法陣が、一斉にまばゆい光を放った。
光が複雑に混ざり合い――空そのものが七色に染まっていく。
次の瞬間。
――ゴッ!!
火、水、風、土、雷、光、闇。
七つの属性魔法が、圧倒的な破壊力を携え地上へと降り注いだ。
炎が荒れ狂い、氷の槍が雨のように降りそそぎ、暴風が逃げ惑うならず者たちを宙へ巻き上げる。
巨大な岩石が建物を叩き潰し、大地が激しく揺れて地面に亀裂が走り、雷撃が次々と叩き落とされる。
路地は瓦礫で埋まり、逃げ場を失ったならず者たちが光と闇の奔流に呑み込まれる。
ほんの少し前まで、人の住む街の形を辛うじて保っていたスラム街の一部は、見る間に瓦礫の山へと姿を変えた。
「これが――魔法の力!」
アルトゥール王子が魔獣に放つ魔法は何度も目にしていたが、セラフィーナたちが使った魔法はケタ違いの破壊力を持っていた。
「人間業とは思えねえ……」
騎士団が保有する兵器としての攻撃魔法。
騎士団が認める、大魔力を誇る聖女たち。
そんな彼女たちが放った『神罰』。
それはまさしく、地獄への招待状だった。
戦いが始まってから、半日が過ぎていた。
空は夕焼けに染まり、王都は夜を迎えようとしている。
それでもまだ決着はついていなかった。
ならず者たちは最後まで抵抗を続け、さらわれた若者たちは、いまだ一人も救い出せていない。
事態を重く見た隊長は救援を要請。
ほどなくしてルーメン聖堂騎士団本隊が到着。そこには騎士団長の姿まであった。
当初とは比べものにならないほどの戦力が投入され、これにはさすがの王国騎士団も無視できなかった。
今では王国騎士団までもが俺たちと肩を並べて戦い、スラム街の周囲を完全に包囲してしまった。
逃走経路はすべて封鎖。
ネズミ一匹逃さない態勢。
それでも最前線では、俺と早乙女が相変わらず拳を振るい続けていた。
「メガトンパァァンチ!」
「ラブリープリンセス・ナックル!」
「ぐおおおおっ!」
「ぎゃああああっ!」
俺たちの拳を食らったならず者が、次々と宙に舞い上がる。
そこへ隊長が駆け寄ってきた。
「リリアナ様! 連れ去られた若者たちの居場所が判明しました!」
「本当か!」
俺が振り返る。
隊長が視線を向けた先には、数人の男たちが縛られていた。
敵の幹部らしき連中。
身体を拘束され、拷問で受けた傷を気にしながら悔しそうにうつむいている。
「ようやく口を割りました。若者たちはあの建物の地下に監禁されています」
隊長が指差す。
そこには、スラム街の中でもひときわ大きな石造りの建物がそびえ立っていた。
「罠の可能性もあります。しかし、建物の周囲には強力な結界が張られており、重要拠点であることは間違いありません」
「よし……」
俺は拳を握り締めた。
「ここで一気に決めるぞ!」
「承知しました!」
隊長が力強く頷く。
気づけば俺たちは、互いに背中を預け合う戦友になっていた。
最初は聖女見習いを守るただの護衛だったが、今では共に戦場を駆け抜け、共に戦う同志だ。
セラフィーナたちもすっかり戦いに慣れたらしく、今では最前線まで出て来て俺と肩を並べている。
そんな彼女たちが魔法の杖を掲げた。
「今から支援魔法をかけます。効果は十分。その間に決着をつけてください!」
「十分あれば十分だ!」
「なんやリリアナ、こんな時に駄洒落か?」
「やかましいわ、早乙女!」
思わずツッコミを入れつつ、俺は拳を高々と掲げた。
「支援魔法と同時に突撃する!」
後ろを振り返り、仲間たちを見渡す。
ルーメン聖堂騎士団。
サマトリア王国騎士団。
そして、聖女見習いたち。
その誰もが俺の言葉を待っていた。
「総員――俺に続けっ!」
「「「おおおおおっ!」」」
大地を揺るがす雄叫びが夕暮れのスラム街に轟き、敵本陣への突撃を開始した。




